【バカンス編】真夏の楽園に、世界で一番甘い休日を

演習場に立ち込めていた殺伐とした空気はどこへやら、白亜の屋敷の私室へと戻った二人の間には、再び甘やかな時間が流れていた。
午後になり、南国の太陽がいよいよその輝きを増す頃、ルミは楽しみにしていた海へ向かうべく、トランクから一着の水着を選び出して着替えを始めた。
アルヴィーノが「国庫請求」という名の特権をフル活用して買い揃えた最高級品の中からルミが選んだのは、胸元と腰回りにふんだんな白いフリルがあしらわれた、この上なく可憐な水着だった。
腰まである水色の長い髪をふわりと揺らし、ルミは少し照れくさそうに、しかし嬉しそうにアルヴィーノを振り返る。

「……アルヴィーノ、どうかな? ちゃんと似合ってる?」

その瞬間、部屋の隅のチェアーに腰掛けていたアルヴィーノは、息をすることすら忘れてその姿に釘付けになった。
まだ軍服のジャケットこそ脱いだものの、かっちりとしたスラックス姿のままだった彼は、紫の瞳にどろりとした濃密な熱を湛え、ゆっくりと立ち上がる。

「……神に感謝を。これほど純白のフリルが似合う天使が、私の伴侶として存在してくれている奇跡に。ルミ、貴方は自分がどれほど罪深い可愛らしさを誇っているか、自覚がないでしょう。今すぐその薄い布地をすべて剥ぎ取って、私の印で満たしてしまいたい……」
「わわ、アルヴィーノの目がまた本気になってる! ダメだよ、今は海に行くんだから!」

オブラート皆無の激重な言葉をぶつけられ、ルミは真っ赤になって一歩後ろに下がった。
そして、部屋着のままのアルヴィーノの腕を、小さな手でぎゅっと引っ張る。

「ほら、アルヴィーノも早く水着に着替えて! 昨日、お揃いのやつ作ってもらったでしょ? 一緒に行こ!」

潤んだ水色の瞳で真っ直ぐにおねだりされれば、魔王に拒否権などあるはずもない。
アルヴィーノは愛おしそうに小さくため息をつくと、「貴方の仰る通りに」と、仕立て屋に緊急で作らせた水着へと着替えを済ませた。
彼のために用意されたのは、ルミの純白のフリルに合わせ、リゾート感漂う上質な白いハーフパンツの水着だった。
普段の漆黒の軍服姿からは想像もつかないほどにラフで、しかし引き締まったしなやかな筋肉と、男らしい広い肩幅が露わになっており、今度はルミの方がその完璧なプロポーションにぽっと頬を染める番だった。

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太陽の光を浴びてキラキラと輝く砂浜に到着すると、そこには地元の人々や旅人など、たくさんの海水浴客で賑わっていた。

「うわぁ……! 冷たくて気持ちいい!」

波打ち際に駆け寄ったルミは、足元を洗う透明な海水に声を弾ませた。
きらめく青い海を背景に、白いフリルの水着を揺らしてはしゃぐルミの姿は、まるで波間から現れた水の妖精のようだ。

「ルミ、あまり遠くへ行ってはいけませんよ」
「大丈夫だよ! アルヴィーノ、ほら、それ――っ!」

ルミは悪戯っぽく笑うと、小さな手のひらで海水をすくい、アルヴィーノに向けてパシャリと撥ね掛けた。
冷たい水滴がアルヴィーノの白いシャツや胸元に当たって弾ける。
普段の王宮であれば、軍師に不敬を働いた者はその場で更地送りにされるような大罪だが、仕掛けたのが最愛のルミとなれば話は完全に別だった。

「ほう……私に戦を挑むとは、良い度胸ですね、私の天使?」
「あはは! アルヴィーノ、お顔が笑ってて怖い!」

アルヴィーノは端正な顔に極上の笑みを浮かべ、長い腕で優雅に水をすくい、倍にして返し始める。
「冷たーい!」「容赦しませんよ」と声を掛け合いながら、二人はお互いに水を掛け合って、周囲の喧騒すら忘れて子供のように無邪気に遊び回った。
ルミが波に足をすくわれそうになれば、アルヴィーノがすかさずその細い腰を抱き寄せ、耳元で「捕まえました」と甘く囁く。
誰の目も、王宮の義務も気にしない、待ち望んでいた二人の甘い時間がそこにはあった。
しかし、そんな幸福な空間に、場違いな影が忍び寄る。

「……おい、あれ。やっぱり午前の演習に出てた、あの可愛い従者だろ……?」

砂浜の少し離れた場所から、じっとりと熱を帯びたいかがわしい視線がルミに注がれた。
そこにいたのは、私服に着替えて非番の海を楽しんでいた、午前中のルセリア共和国の兵士たちだった。
彼らは軍服を脱ぎ、白いフリルの水着姿になったルミの、あまりにも無防備で圧倒的な可憐さに、再び生唾を飲み込んでいた。

「私服だと一段とヤバいな……あの白い肌、マジでそそるぜ」
「魔王も一緒だけど、今は公務じゃないし、ちょっと声かけてみるか……?」

下俗な欲望に駆られた兵士たちが、ニヤニヤと笑いながらルミの方へ一歩を踏み出そうとした。

――その、刹那。

南国の抜けるような青空の下だというのに、突如として、太陽の光さえ遮るかのような【底なしの暗黒のプレッシャー】が砂浜全体を圧殺した。
海で遊んでいた他の観光客たちが「な、何だこの寒気は……!?」と一斉にガタガタと震え出し、ざわめきがピタリと止む。

原因は、他でもない。
さっきまでルミと笑顔で水を掛け合っていたはずの、アルヴィーノだった。

「……。午前中、あれほど『私の視界に入るな』と言ったはずですが。ルセリアの兵というのは、そこまで無能なんですか?」

ゆっくりと振り返ったアルヴィーノの紫の瞳には、一切の光が灯っていない。完全に「魔王」のそれだった。
彼が軽く指先を弾いた瞬間、周囲の大気がバチバチと音を立てて歪み、砂浜の海水が彼の背後で巨大な壁のように巻き上がった。
無詠唱で発動しかけている、文字通り天変地異級の極大魔法の予兆。

「ひっ、ひいいぃっ……!? 」
「失礼しましたぁぁぁっ!!」

自分たちがどれほど恐ろしい存在の逆鱗に触れたかを理解した兵士たちは、腰を抜かし、私服のまま砂浜を転がるようにして猛スピードで逃げ去っていった。

「まったく、不愉快な害虫どもだ。やはりあの部隊ごと、一度塵に還しておくべきでしたね」

冷酷に言い放ち、本当に魔法を放とうとするアルヴィーノの腕を、ルミは慌てて後ろからぎゅっと抱きしめた。

「アルヴィーノ、もうダメだってば! せっかくの海なんだから、怒らないで?」

背中に伝わるルミの水着越しの体温と、必死な可愛い声。
その瞬間、アルヴィーノの周囲に渦巻いていた凶悪な魔力は、嘘のように霧散した。
アルヴィーノはくるりと振り返ると、呆れ顔のルミを今度は独占欲を剥き出しにして、腕の中にすっぽりと閉じ込める。

「……ルミ。貴方が可愛すぎるのが悪いのです。これ以上、あの無能どもに貴方の水着姿を見せるわけにはいきません。……海遊びはここまでです。屋敷に帰りますよ」
「えぇー? まだ遊んだばかりなのに……」
「お部屋で、私『だけ』が貴方をたっぷりと可愛がる時間にするのです。異論は認めませんよ、私の天使」

「もう……」と零しながらも、ルミは嬉しそうに彼の胸に顔を埋めるのだった。
こうして、南国の午後は、再び二人だけの閉ざされた甘いお仕置きの時間へと戻っていくのだった。
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