【バカンス編】真夏の楽園に、世界で一番甘い休日を
南国の眩しい太陽が照りつける、またある日の朝。
アルヴィーノは鏡の前で、夏用の漆黒の軍服の襟元を厳かに整えていた。
これからルセリア共和国の将兵たちを交えた、大規模な合同軍事演習へと向かうためだ。
その傍らで、ルミは今日のために選んだ新しい服に身を包んでいた。
裾に鮮やかなひまわりが描かれた、清涼感のある白いワンピース。
水色の長い髪をふわりと揺らしながら、ルミは軍帽を手にしたアルヴィーノの端正な横顔をじっと見つめていた。
「ねぇ、アルヴィーノ」
「なんですか、ルミ。そんなに愛しげに見つめられては、また職務を放り出したくなってしまいますが」
アルヴィーノが切れ長の紫の瞳を和らげ、極上の敬語で囁く。
しかし、ルミの口から飛び出したのは、予想外の「おねだり」だった。
「あのね、俺も今日の演習、ついていきたい!」
「……演習場に、ですか?」
アルヴィーノの眉が、微かにひそめられる。
ルミは彼の大きな手を両手でぎゅっと握りしめ、水色の瞳をきらきらと輝かせた。
「うん。アルヴィーノが遠征先でどんなふうにお仕事してるのか、気になっちゃって。それに……戦場を統治する軍師なアルヴィーノ、すっごく格好いいって聞いたから、俺、近くで見てみたいんだ」
最愛の伴侶からの「格好いい姿が見たい」という至高の懇願。
普通なら即座に理性が消し飛ぶところだが、アルヴィーノの表情は一転して、珍しく渋いものへと変わった。
「ルミ、お気持ちは大変嬉しいのですが……演習場は軍の公的な場です。貴方を連れていくとなれば、表向きは私の『従者』として扱わねばならなくなります」
「うん、それはわかってるよ?」
「私が嫌なのです」
アルヴィーノはルミの手首をそっと引き寄せ、その指先に深い口づけを落としながら、独占欲の塊のような本音を吐露した。
「公の場に出れば、私は貴方を『私の伴侶』として抱きしめることも、名前を呼び捨てることもできない。有象無象の兵士たちの前で、貴方に『アルヴィーノ様』などと、あの冷たい従者の仮面を被らせるなど……私の心が耐えきれそうにありません」
しかし、ルミの決意は固かった。
麦わら帽子の下から、確固たる光を宿した水色の瞳でアルヴィーノを見上げる。
「大丈夫だよ! 俺、ちゃんとお留守番のときみたいに、完璧に従者さん、やってみせるから。ね? お願い、アルヴィーノ。一緒に行かせて?」
潤んだ瞳で真っ直ぐに見つめられ、さらに「かっこいいアルヴィーノが見たい」と重ねてねだられては、魔王とて抗えるはずがなかった。
アルヴィーノは深くため息をつき、降伏を認めるようにルミの額に額を宛てがった。
「……貴方には、本当に勝てない。分かりました、ただし私の側から一歩も離れないと約束してください」
「うん! 約束する!」
---
ルセリア共和国の広大な臨海演習場。
ぎらぎらと照りつける太陽の下、大勢の兵士たちが整列し、張り詰めた空気が漂っていた。
そこへ、漆黒の軍服を纏ったアルヴィーノが姿を現した瞬間、演習場の温度が数度下がったかのような錯覚を周囲に抱かせた。
一切の妥協を許さない、冷徹極まる軍師の眼光。
戦場を統治する者としての圧倒的な威圧感が、その場にいる全員の背筋を正させる。
「これより演習を開始する。――全軍、配置へ」
アルヴィーノが低く、しかしよく通る声で告げると、凄まじい密度の魔力が演習場全体を支配した。
彼は自身の手を一切汚すことなく、卓上のチェスを動かすかのように、冷酷なまでの効率主義で兵たちに指示を出していく。
無駄のない的確な采配、戦況を完璧に掌握する鋭い頭脳。
まさに「慈悲なき軍師」の名に相応しい、圧倒的に冷徹で、そしてひたすらに美しい姿がそこにあった。
ルミはその斜め後ろに控え、一歩引いた位置からその姿を見つめていた。
(すごい……。やっぱり、お部屋にいるときとは全然違う。本当に、格好いいな……)
胸を高鳴らせながら、ルミは手元に控えた資料をアルヴィーノに差し出す。
「――アルヴィーノ様、次なる部隊の展開図です」
「……あぁ、苦労を」
冷たい声を装いながら資料を受け取るアルヴィーノ。
だが、その瞬間だけ、ルミにしか見えない角度で、紫の瞳に一瞬だけとろけるような甘い光が宿る。
そんな「二人だけの秘密」に、ルミは内心で小さく微笑んだ。
しかし、この殺伐とした演習場において、ルミの存在はあまりにも異質で、不釣り合いなほどに可憐だった。
裾にひまわりが揺れる白いワンピースに、華奢な身体。
腰まである美しい水色の髪が潮風にふわりと舞うたび、周囲にいるルセリアの兵士たちの視線が、どうしても釘付けになってしまう。
過酷な訓練に明け暮れる荒々しい男たちにとって、目の前で従順に魔王に仕える美少年は、まさに砂漠に咲いた奇跡のオアシスのようだった。
「おい、見ろよ……あの魔王の連れてる従者……」
「なんだあの可愛い生き物は……。男、なのか……?」
「めちゃくちゃに可憐だ。あの白い肌、触ったら折れちまいそうだぜ……」
じっとりと熱を帯びた、下俗な視線。何人かの兵士が、無意識に生唾を飲み込む音が静かな演習場に微かに響いた。
その瞬間、ピキ、と大気が完全に凍りついた。
「ひっ……!?」
先ほどまで完璧な行軍指揮を執っていたアルヴィーノの周囲から、突如として、先ほどの演習とは比較にならないほどの【凶悪な魔力】が膨れ上がったのだ。
その紫の瞳からは完全に光が消え、底なしの暗黒が広がっている。
全属性の極大魔法がいつでも無詠唱で発動できるほどの、密度の高い殺気が演習場全体を圧殺した。
「……私のルミに、その汚らわしい視線を向けたのは、どこの無能どもですか?」
文字通り「世界を滅ぼす魔王」の声音。
兵士たちは恐怖のあまりその場にへたり込み、ガタガタと震え出した。
「アルヴィーノ様……っ、ダメだよ、お仕事中!」
後ろからルミが焦って服の裾を引くと、アルヴィーノは一瞬で殺気を霧散させ、何事もなかったかのように完璧な笑みを浮かべて振り返った。
「おっと、失礼。少々、害虫が気になったもので。……これにて午前の演習は終了とします。全軍、私の視界に入らない場所へ即座に退散しなさい。さもなければ、次の瞬間には消塵と化しますよ」
「は、はいぃっ!」と悲鳴を上げて逃げ惑う兵士たち。
呆れるルミを他所に、アルヴィーノはすぐにルミの腰を引き寄せ、耳元で激重な独占欲を囁くのだった。
「やはり、連れてくるべきではなかった。……ルミ、屋敷に戻ったら、今の無能どもに見せつけた貴方の可愛い姿を、私の視線だけで上書きさせていただきすからね?」
「もう……アルヴィーノのバカ。でも、すっごく格好よかったよ?」
そう言ってはにかむ最愛の伴侶を前に、軍師の理性は早くも限界を迎えていた。
アルヴィーノは鏡の前で、夏用の漆黒の軍服の襟元を厳かに整えていた。
これからルセリア共和国の将兵たちを交えた、大規模な合同軍事演習へと向かうためだ。
その傍らで、ルミは今日のために選んだ新しい服に身を包んでいた。
裾に鮮やかなひまわりが描かれた、清涼感のある白いワンピース。
水色の長い髪をふわりと揺らしながら、ルミは軍帽を手にしたアルヴィーノの端正な横顔をじっと見つめていた。
「ねぇ、アルヴィーノ」
「なんですか、ルミ。そんなに愛しげに見つめられては、また職務を放り出したくなってしまいますが」
アルヴィーノが切れ長の紫の瞳を和らげ、極上の敬語で囁く。
しかし、ルミの口から飛び出したのは、予想外の「おねだり」だった。
「あのね、俺も今日の演習、ついていきたい!」
「……演習場に、ですか?」
アルヴィーノの眉が、微かにひそめられる。
ルミは彼の大きな手を両手でぎゅっと握りしめ、水色の瞳をきらきらと輝かせた。
「うん。アルヴィーノが遠征先でどんなふうにお仕事してるのか、気になっちゃって。それに……戦場を統治する軍師なアルヴィーノ、すっごく格好いいって聞いたから、俺、近くで見てみたいんだ」
最愛の伴侶からの「格好いい姿が見たい」という至高の懇願。
普通なら即座に理性が消し飛ぶところだが、アルヴィーノの表情は一転して、珍しく渋いものへと変わった。
「ルミ、お気持ちは大変嬉しいのですが……演習場は軍の公的な場です。貴方を連れていくとなれば、表向きは私の『従者』として扱わねばならなくなります」
「うん、それはわかってるよ?」
「私が嫌なのです」
アルヴィーノはルミの手首をそっと引き寄せ、その指先に深い口づけを落としながら、独占欲の塊のような本音を吐露した。
「公の場に出れば、私は貴方を『私の伴侶』として抱きしめることも、名前を呼び捨てることもできない。有象無象の兵士たちの前で、貴方に『アルヴィーノ様』などと、あの冷たい従者の仮面を被らせるなど……私の心が耐えきれそうにありません」
しかし、ルミの決意は固かった。
麦わら帽子の下から、確固たる光を宿した水色の瞳でアルヴィーノを見上げる。
「大丈夫だよ! 俺、ちゃんとお留守番のときみたいに、完璧に従者さん、やってみせるから。ね? お願い、アルヴィーノ。一緒に行かせて?」
潤んだ瞳で真っ直ぐに見つめられ、さらに「かっこいいアルヴィーノが見たい」と重ねてねだられては、魔王とて抗えるはずがなかった。
アルヴィーノは深くため息をつき、降伏を認めるようにルミの額に額を宛てがった。
「……貴方には、本当に勝てない。分かりました、ただし私の側から一歩も離れないと約束してください」
「うん! 約束する!」
---
ルセリア共和国の広大な臨海演習場。
ぎらぎらと照りつける太陽の下、大勢の兵士たちが整列し、張り詰めた空気が漂っていた。
そこへ、漆黒の軍服を纏ったアルヴィーノが姿を現した瞬間、演習場の温度が数度下がったかのような錯覚を周囲に抱かせた。
一切の妥協を許さない、冷徹極まる軍師の眼光。
戦場を統治する者としての圧倒的な威圧感が、その場にいる全員の背筋を正させる。
「これより演習を開始する。――全軍、配置へ」
アルヴィーノが低く、しかしよく通る声で告げると、凄まじい密度の魔力が演習場全体を支配した。
彼は自身の手を一切汚すことなく、卓上のチェスを動かすかのように、冷酷なまでの効率主義で兵たちに指示を出していく。
無駄のない的確な采配、戦況を完璧に掌握する鋭い頭脳。
まさに「慈悲なき軍師」の名に相応しい、圧倒的に冷徹で、そしてひたすらに美しい姿がそこにあった。
ルミはその斜め後ろに控え、一歩引いた位置からその姿を見つめていた。
(すごい……。やっぱり、お部屋にいるときとは全然違う。本当に、格好いいな……)
胸を高鳴らせながら、ルミは手元に控えた資料をアルヴィーノに差し出す。
「――アルヴィーノ様、次なる部隊の展開図です」
「……あぁ、苦労を」
冷たい声を装いながら資料を受け取るアルヴィーノ。
だが、その瞬間だけ、ルミにしか見えない角度で、紫の瞳に一瞬だけとろけるような甘い光が宿る。
そんな「二人だけの秘密」に、ルミは内心で小さく微笑んだ。
しかし、この殺伐とした演習場において、ルミの存在はあまりにも異質で、不釣り合いなほどに可憐だった。
裾にひまわりが揺れる白いワンピースに、華奢な身体。
腰まである美しい水色の髪が潮風にふわりと舞うたび、周囲にいるルセリアの兵士たちの視線が、どうしても釘付けになってしまう。
過酷な訓練に明け暮れる荒々しい男たちにとって、目の前で従順に魔王に仕える美少年は、まさに砂漠に咲いた奇跡のオアシスのようだった。
「おい、見ろよ……あの魔王の連れてる従者……」
「なんだあの可愛い生き物は……。男、なのか……?」
「めちゃくちゃに可憐だ。あの白い肌、触ったら折れちまいそうだぜ……」
じっとりと熱を帯びた、下俗な視線。何人かの兵士が、無意識に生唾を飲み込む音が静かな演習場に微かに響いた。
その瞬間、ピキ、と大気が完全に凍りついた。
「ひっ……!?」
先ほどまで完璧な行軍指揮を執っていたアルヴィーノの周囲から、突如として、先ほどの演習とは比較にならないほどの【凶悪な魔力】が膨れ上がったのだ。
その紫の瞳からは完全に光が消え、底なしの暗黒が広がっている。
全属性の極大魔法がいつでも無詠唱で発動できるほどの、密度の高い殺気が演習場全体を圧殺した。
「……私のルミに、その汚らわしい視線を向けたのは、どこの無能どもですか?」
文字通り「世界を滅ぼす魔王」の声音。
兵士たちは恐怖のあまりその場にへたり込み、ガタガタと震え出した。
「アルヴィーノ様……っ、ダメだよ、お仕事中!」
後ろからルミが焦って服の裾を引くと、アルヴィーノは一瞬で殺気を霧散させ、何事もなかったかのように完璧な笑みを浮かべて振り返った。
「おっと、失礼。少々、害虫が気になったもので。……これにて午前の演習は終了とします。全軍、私の視界に入らない場所へ即座に退散しなさい。さもなければ、次の瞬間には消塵と化しますよ」
「は、はいぃっ!」と悲鳴を上げて逃げ惑う兵士たち。
呆れるルミを他所に、アルヴィーノはすぐにルミの腰を引き寄せ、耳元で激重な独占欲を囁くのだった。
「やはり、連れてくるべきではなかった。……ルミ、屋敷に戻ったら、今の無能どもに見せつけた貴方の可愛い姿を、私の視線だけで上書きさせていただきすからね?」
「もう……アルヴィーノのバカ。でも、すっごく格好よかったよ?」
そう言ってはにかむ最愛の伴侶を前に、軍師の理性は早くも限界を迎えていた。