【バカンス編】真夏の楽園に、世界で一番甘い休日を
翌朝、白亜の屋敷を包んだのは、南国特有の気怠くも眩しい朝の陽光だった。
アルヴィーノは鏡の前で、漆黒の軍服に袖を通す。
さすがに王宮にいた冬の厳めしい冬用ではなく、通気性の良い薄手の生地で作られた夏用の軍服だが、それでも首元までしっかりとボタンが留められた、隙のない洗練された佇まいは変わらない。
軍師としての威厳と「魔王」の冷徹さを誇示するかのような完璧な着こなしだった。
対照的に、ベッドから起き出してきたルミの格好は、見る者すべての心を洗うほどに涼やかだった。
風を孕んでふわりと広がる、軽い素材でできた白いノースリーブのワンピース。
腰まである水色の長い髪はゆるく編み込まれ、その頭には、大輪のひまわりがあしらわれた麦わら帽子がちょこんと乗っている。
「アルヴィーノ、おはよ。……えへへ、どうかな? こっちのお洋服も、マルタが用意してくれたんだ」
麦わら帽子の庇(ひさし)の下から、透き通るような水色の瞳が嬉しそうに見上げてくる。
その姿は、南国の強い陽射しの中に咲いた一輪の清らかな花のようだった。
その瞬間、アルヴィーノの手元で、軍帽を整えていた動きが完全に凍りついた。
切れ長の紫の瞳が大きく見開かれ、内側から激しい葛藤の熱がせり上がってくる。
(……職務など、知ったことか。今すぐこの場ですべての予定を白紙に戻し、この可憐な天使をベッドに囲い込んで、夜が明けるまで愛で尽くすべきではないのか……?)
本気で「演習の中止」と「軍の解散」を脳内で決定しかけたアルヴィーノだったが、袖をルミの小さな手にぎゅっと引かれて、辛うじて理性の糸を繋ぎ止めた。
「アルヴィーノ? お顔が怖いよ。やっぱりお仕事、行きたくない?」
「……行きたくありません。冗談抜きで、今すぐこの王宮の『刃』としての役目を叩き割ってしまいたいほどに、今の貴方は破壊的に愛らしい。……ですが、一応は国家間の体裁というものがあります。ここで私が暴れてルセリアの軍を消滅させては、兄上の胃が本当に破裂してしまいますからね」
「あはは、アルフレッド様をいじめちゃダメだよ? 俺、お部屋で大人しくお留守番してるから、頑張ってきてね」
ルミが背伸びをして、アルヴィーノの端正な頬に「行ってらっしゃい」のキスを贈る。
魔王はさらにその唇を深く塞ぎ、ひとしきり「お仕事前の補給」を済ませると、極上の笑みを浮かべてマントを翻した。
「午前中……いえ、一時間で片付けて戻ります。待っていてください、私のルミ」
そう言い残して演習へ向かった軍師が、現地でどれほど冷酷非情な効率主義でルセリアの将兵たちを恐怖のどん底に叩き落とし、凄まじい速度で軍務を終わらせたかは、言うまでもなかった。
---
そして約束通り、太陽が南の空へ昇りきった午後。
二人は待ちに待った海へと足を運んでいた。
午前中の厳格な軍服姿から一転して、今のアルヴィーノは驚くほどラフな軽装に身を包んでいる。
仕立て屋に急ぎで用意させた白の上質なリネンシャツは、胸元のボタンがいくつか寛げられており、大人の男の色気が肌の白さを引き立てていた。漆黒の髪を潮風に遊ばせながら歩く姿は、まるで異国の若き貴公子のようだ。
その隣を、白いワンピースにひまわりの麦わら帽子をかぶったルミが、一歩一歩、確かめるように歩いていく。
「わぁ……! すごい、アルヴィーノ、見て! 足の裏が、あったかくて、すっごくサラサラする……!」
波が届かない乾いた砂浜に足を踏み入れたルミは、嬉しそうに声をあげた。
砂を踏み締めるたびに、白いワンピースの裾が風に揺れ、水色の長い髪が光を浴びてキラキラと輝く。
王宮の暗い影も、研究所の忌まわしい過去も、ここには一切存在しない。
ただ、どこまでも続く青い世界と、二人の足跡だけが砂浜に残されていく。
「お気に召しましたか、ルミ」
「うん! すっごく楽しい! 空も海も、全部が青くて広くて……俺、なんだか夢を見てるみたい」
ルミは振り返り、アルヴィーノを見上げて無邪気に笑った。
その幸福に満ちた笑顔を見た瞬間、アルヴィーノの胸の奥に、言葉にできないほどの愛おしさが込み上げる。
彼は一歩歩み寄り、ルミの華奢な手をそっと、しかし離さないように強く握り締めた。
「夢ではありませんよ。これが貴方の望んだ世界です。……これからは、貴方が見たいと言った景色を、私がすべてこの手で用意して差し上げます」
「ありがとう、アルヴィーノ。……ねぇ、あそこ! 波がパシャパシャしてるところまで行ってみよう?」
手を引かれたアルヴィーノは、ただ従順に、愛しい伴侶の導くままに歩みを進める。
外の世界では「魔王」と恐れられる男が、南国の柔らかな光の中で、ただ一人、水色の天使のためだけに優しく微笑んでいた。
アルヴィーノは鏡の前で、漆黒の軍服に袖を通す。
さすがに王宮にいた冬の厳めしい冬用ではなく、通気性の良い薄手の生地で作られた夏用の軍服だが、それでも首元までしっかりとボタンが留められた、隙のない洗練された佇まいは変わらない。
軍師としての威厳と「魔王」の冷徹さを誇示するかのような完璧な着こなしだった。
対照的に、ベッドから起き出してきたルミの格好は、見る者すべての心を洗うほどに涼やかだった。
風を孕んでふわりと広がる、軽い素材でできた白いノースリーブのワンピース。
腰まである水色の長い髪はゆるく編み込まれ、その頭には、大輪のひまわりがあしらわれた麦わら帽子がちょこんと乗っている。
「アルヴィーノ、おはよ。……えへへ、どうかな? こっちのお洋服も、マルタが用意してくれたんだ」
麦わら帽子の庇(ひさし)の下から、透き通るような水色の瞳が嬉しそうに見上げてくる。
その姿は、南国の強い陽射しの中に咲いた一輪の清らかな花のようだった。
その瞬間、アルヴィーノの手元で、軍帽を整えていた動きが完全に凍りついた。
切れ長の紫の瞳が大きく見開かれ、内側から激しい葛藤の熱がせり上がってくる。
(……職務など、知ったことか。今すぐこの場ですべての予定を白紙に戻し、この可憐な天使をベッドに囲い込んで、夜が明けるまで愛で尽くすべきではないのか……?)
本気で「演習の中止」と「軍の解散」を脳内で決定しかけたアルヴィーノだったが、袖をルミの小さな手にぎゅっと引かれて、辛うじて理性の糸を繋ぎ止めた。
「アルヴィーノ? お顔が怖いよ。やっぱりお仕事、行きたくない?」
「……行きたくありません。冗談抜きで、今すぐこの王宮の『刃』としての役目を叩き割ってしまいたいほどに、今の貴方は破壊的に愛らしい。……ですが、一応は国家間の体裁というものがあります。ここで私が暴れてルセリアの軍を消滅させては、兄上の胃が本当に破裂してしまいますからね」
「あはは、アルフレッド様をいじめちゃダメだよ? 俺、お部屋で大人しくお留守番してるから、頑張ってきてね」
ルミが背伸びをして、アルヴィーノの端正な頬に「行ってらっしゃい」のキスを贈る。
魔王はさらにその唇を深く塞ぎ、ひとしきり「お仕事前の補給」を済ませると、極上の笑みを浮かべてマントを翻した。
「午前中……いえ、一時間で片付けて戻ります。待っていてください、私のルミ」
そう言い残して演習へ向かった軍師が、現地でどれほど冷酷非情な効率主義でルセリアの将兵たちを恐怖のどん底に叩き落とし、凄まじい速度で軍務を終わらせたかは、言うまでもなかった。
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そして約束通り、太陽が南の空へ昇りきった午後。
二人は待ちに待った海へと足を運んでいた。
午前中の厳格な軍服姿から一転して、今のアルヴィーノは驚くほどラフな軽装に身を包んでいる。
仕立て屋に急ぎで用意させた白の上質なリネンシャツは、胸元のボタンがいくつか寛げられており、大人の男の色気が肌の白さを引き立てていた。漆黒の髪を潮風に遊ばせながら歩く姿は、まるで異国の若き貴公子のようだ。
その隣を、白いワンピースにひまわりの麦わら帽子をかぶったルミが、一歩一歩、確かめるように歩いていく。
「わぁ……! すごい、アルヴィーノ、見て! 足の裏が、あったかくて、すっごくサラサラする……!」
波が届かない乾いた砂浜に足を踏み入れたルミは、嬉しそうに声をあげた。
砂を踏み締めるたびに、白いワンピースの裾が風に揺れ、水色の長い髪が光を浴びてキラキラと輝く。
王宮の暗い影も、研究所の忌まわしい過去も、ここには一切存在しない。
ただ、どこまでも続く青い世界と、二人の足跡だけが砂浜に残されていく。
「お気に召しましたか、ルミ」
「うん! すっごく楽しい! 空も海も、全部が青くて広くて……俺、なんだか夢を見てるみたい」
ルミは振り返り、アルヴィーノを見上げて無邪気に笑った。
その幸福に満ちた笑顔を見た瞬間、アルヴィーノの胸の奥に、言葉にできないほどの愛おしさが込み上げる。
彼は一歩歩み寄り、ルミの華奢な手をそっと、しかし離さないように強く握り締めた。
「夢ではありませんよ。これが貴方の望んだ世界です。……これからは、貴方が見たいと言った景色を、私がすべてこの手で用意して差し上げます」
「ありがとう、アルヴィーノ。……ねぇ、あそこ! 波がパシャパシャしてるところまで行ってみよう?」
手を引かれたアルヴィーノは、ただ従順に、愛しい伴侶の導くままに歩みを進める。
外の世界では「魔王」と恐れられる男が、南国の柔らかな光の中で、ただ一人、水色の天使のためだけに優しく微笑んでいた。