【バカンス編】真夏の楽園に、世界で一番甘い休日を
南方へと向かう長い旅路の果て、馬車がなだらかな丘を越えた瞬間、ルミの視界は圧倒的な「青」に染め上げられた。
見渡す限りの水平線。
太陽の光を浴びて、まるで砕いた宝石を敷き詰めたようにきらきらと輝く海。
波が砂浜を洗う白い泡と、王宮のものとは全く違う、どこか甘く、そして潮の香りを孕んだ暖かい風が、二人の到着を歓迎していた。
あてがわれたのは、海岸線を見下ろす高台に佇む、白亜の壁が美しい広大な屋敷だった。
ルミたちのために用意された最上階の私室の窓を開け放つと、心地よい波の音が部屋いっぱいに響き渡る。
「うわぁ……! すごいよアルヴィーノ、本当に海が目の前にある……!」
ルミは白いロリータ服の裾を翻し、テラスへと飛び出して水色の瞳を輝かせた。
その純粋なはしゃぎっぷりに、室内で演習の報告書に目を倒していたアルヴィーノの唇が、自然と甘く綻ぶ。
「気に入っていただけて何よりです、ルミ。これからは誰の目も気にせず、この景色を独占できますよ。……一応、明日から形だけの軍事演習がありますが、適当に無能どもを動かして午前中には終わらせます。残りの時間はすべて、貴方のために使いましょう」
「えへへ、お仕事も無理しないでね? ……よし、じゃあ俺、さっそくお荷物のお片付けしちゃうね!」
ルミは部屋に運び込まれた大きなトランクの前にしゃがみ込み、無邪気に鼻歌を歌いながら荷解きを始めた。
「海に行ったらね、まずは砂浜を裸足で歩いてみたいんだ。それから、マルタが言ってた『綺麗な貝殻』をたくさん集めて、アルヴィーノと一緒にお部屋に飾りたいな。あ、お魚が泳いでるのも見えるかなぁ?」
あれもしたい、これもしたいと楽しそうに喋るルミの声を、アルヴィーノは至上の音楽を聴くかのように耳に傾けていた。
時折「ええ」「貴方の望む通りに」と、大層な書類をめくりながら極上の敬語で相槌を打つ。
トランクからは、アルヴィーノが「国庫請求」で買い揃えた、ルミ用の可愛い水着が次々と出てきた。
フリルがたくさんついた白いもの、水色の髪によく映える淡いピンクのもの、透け感のあるレースがあしらわれたもの。
どれもルミの可憐さをこれでもかと引き立てる最高級品ばかりだ。
「わ、これ、アルフレッド様のところで見たカタログのやつだ……。アルヴィーノ、本当にたくさん買ってくれたんだね。どれから着ようか迷っちゃうな」
嬉しそうに水着をベッドに並べていたルミだったが、ふと、トランクの底が見えてきたところで手を止めた。
水色の眉を小さくひそめ、トランクの中と、ベッドの上を交互に見つめる。
「……あれ? おかしいな……」
「どうしました、ルミ。足りないもの、あるいは気に入らないものでもありましたか? 必要なら今すぐこの国の商人をすべて集めさせますが」
ルミの微かな変化も見逃さない魔王が、書類から鋭い視線を上げる。
しかし、ルミが振り返って口にしたのは、全く予想外の言葉だった。
「ううん、俺のはいっぱいあるの。……でもね、アルヴィーノの水着が、どこにも入ってないんだよ?」
「私の、ですか?」
アルヴィーノは不思議そうに瞬きをした。
ルミはトランクの隅々まで手を伸ばして探したが、入っているのはアルヴィーノの予備の漆黒の軍服や、仕立ての良い豪奢な部屋着ばかり。海で泳ぐための衣服など、影も形もない。
「うん。アルヴィーノの分が、一枚も入ってないの。……もしかして、別のお荷物に入ってるのかな?」
「いえ。私の水着など、最初から用意していませんが」
涼しい顔で、さも当然のように言い放ったアルヴィーノに、ルミはポカンと口を開けた。
「えっ……? 用意してないって……じゃあ、アルヴィーノは海に入らないの? 一緒に泳いだり、お水パシャパシャして遊んだりしないの?」
捨てられた仔犬のように、潤んだ水色の瞳でまっすぐに見つめられ、アルヴィーノは一瞬だけ息を詰まらせた。
彼はチェス盤の王の如く、自身の完璧な論理を優雅に語り始める。
「ルミ、誤解しないでいただきたい。私は貴方が、その愛らしい水着を身に纏い、太陽の下で無邪気に戯れる姿を『鑑賞し、記録し、愛でる』ためにここへ来たのです。つまり、私の役割は貴方の完全な守護者であり、観客。私が海に入る必要性などどこにもありません」
「そんなのつまんないよ!」
ルミはベッドから立ち上がると、ぷくーっと頬を膨らませてアルヴィーノの元へトトトッと駆け寄った。
そして、書類を持つアルヴィーノの大きな手を、両手でぎゅっと握りしめる。
「俺ね、アルヴィーノに俺の水着姿を見てほしいのはもちろんだけど……それよりも、アルヴィーノと一緒に海に入りたいんだよ。二人で『冷たいね』って笑い合ったり、泳ぎ方教えてもらったりしたいの。……アルヴィーノは、俺と一緒に海に入りたくないの?」
上目遣いで、今にも泣き出しそうな「おねだり」の波状攻撃。
しかも、「激重感情」の塊であるアルヴィーノにとって、「ルミが自分と一緒に遊びたがっている」という事実は、何よりも強力な即死級の呪文だった。
「っ……、貴方という人は、本当にずるい……。そんな顔をされては、拒めるはずがないでしょう」
アルヴィーノは持っていた書類を机に放り出すと、ルミの細い腰を抱き寄せ、その愛らしいおねだり唇に深い口づけを落とした。
ルミが「ん……」と声を漏らし、真っ赤になって腕の中に収まると、アルヴィーノは深くため息をつきながら、自身の完璧だったはずの予定をあっさりと書き換える。
「分かりました。今すぐこの街で最高級の仕立て屋を呼びつけます。……せっかくですから、貴方の水着の色とお揃いのものを、数着作らせましょう」
「本当!? えへへ、やったぁ! アルヴィーノとお揃い、嬉しいな」
腕の中でひまわりが咲いたように笑うルミを見て、アルヴィーノは「やはり私の天使は世界一可愛い」と脳内で確信しながら、そっとその水色の髪を撫でた。
ふと、遠い王宮で今も胃を壊しながら働いているであろう兄の顔が脳裏をよぎったが、魔王の心は一ミリも痛まない。
「ルミ。仕立て屋が来る前に、まずは『よくできました』のご褒美を。……二週間分の不足、この南国の屋敷でもたっぷり支払っていただきますからね?」
「あ、待って、まだお片付けが――んむっ……」
波の音が心地よく響く南国の私室で、二人の甘い甘い「遠征旅行」が、本格的に幕を開けようとしていた。
見渡す限りの水平線。
太陽の光を浴びて、まるで砕いた宝石を敷き詰めたようにきらきらと輝く海。
波が砂浜を洗う白い泡と、王宮のものとは全く違う、どこか甘く、そして潮の香りを孕んだ暖かい風が、二人の到着を歓迎していた。
あてがわれたのは、海岸線を見下ろす高台に佇む、白亜の壁が美しい広大な屋敷だった。
ルミたちのために用意された最上階の私室の窓を開け放つと、心地よい波の音が部屋いっぱいに響き渡る。
「うわぁ……! すごいよアルヴィーノ、本当に海が目の前にある……!」
ルミは白いロリータ服の裾を翻し、テラスへと飛び出して水色の瞳を輝かせた。
その純粋なはしゃぎっぷりに、室内で演習の報告書に目を倒していたアルヴィーノの唇が、自然と甘く綻ぶ。
「気に入っていただけて何よりです、ルミ。これからは誰の目も気にせず、この景色を独占できますよ。……一応、明日から形だけの軍事演習がありますが、適当に無能どもを動かして午前中には終わらせます。残りの時間はすべて、貴方のために使いましょう」
「えへへ、お仕事も無理しないでね? ……よし、じゃあ俺、さっそくお荷物のお片付けしちゃうね!」
ルミは部屋に運び込まれた大きなトランクの前にしゃがみ込み、無邪気に鼻歌を歌いながら荷解きを始めた。
「海に行ったらね、まずは砂浜を裸足で歩いてみたいんだ。それから、マルタが言ってた『綺麗な貝殻』をたくさん集めて、アルヴィーノと一緒にお部屋に飾りたいな。あ、お魚が泳いでるのも見えるかなぁ?」
あれもしたい、これもしたいと楽しそうに喋るルミの声を、アルヴィーノは至上の音楽を聴くかのように耳に傾けていた。
時折「ええ」「貴方の望む通りに」と、大層な書類をめくりながら極上の敬語で相槌を打つ。
トランクからは、アルヴィーノが「国庫請求」で買い揃えた、ルミ用の可愛い水着が次々と出てきた。
フリルがたくさんついた白いもの、水色の髪によく映える淡いピンクのもの、透け感のあるレースがあしらわれたもの。
どれもルミの可憐さをこれでもかと引き立てる最高級品ばかりだ。
「わ、これ、アルフレッド様のところで見たカタログのやつだ……。アルヴィーノ、本当にたくさん買ってくれたんだね。どれから着ようか迷っちゃうな」
嬉しそうに水着をベッドに並べていたルミだったが、ふと、トランクの底が見えてきたところで手を止めた。
水色の眉を小さくひそめ、トランクの中と、ベッドの上を交互に見つめる。
「……あれ? おかしいな……」
「どうしました、ルミ。足りないもの、あるいは気に入らないものでもありましたか? 必要なら今すぐこの国の商人をすべて集めさせますが」
ルミの微かな変化も見逃さない魔王が、書類から鋭い視線を上げる。
しかし、ルミが振り返って口にしたのは、全く予想外の言葉だった。
「ううん、俺のはいっぱいあるの。……でもね、アルヴィーノの水着が、どこにも入ってないんだよ?」
「私の、ですか?」
アルヴィーノは不思議そうに瞬きをした。
ルミはトランクの隅々まで手を伸ばして探したが、入っているのはアルヴィーノの予備の漆黒の軍服や、仕立ての良い豪奢な部屋着ばかり。海で泳ぐための衣服など、影も形もない。
「うん。アルヴィーノの分が、一枚も入ってないの。……もしかして、別のお荷物に入ってるのかな?」
「いえ。私の水着など、最初から用意していませんが」
涼しい顔で、さも当然のように言い放ったアルヴィーノに、ルミはポカンと口を開けた。
「えっ……? 用意してないって……じゃあ、アルヴィーノは海に入らないの? 一緒に泳いだり、お水パシャパシャして遊んだりしないの?」
捨てられた仔犬のように、潤んだ水色の瞳でまっすぐに見つめられ、アルヴィーノは一瞬だけ息を詰まらせた。
彼はチェス盤の王の如く、自身の完璧な論理を優雅に語り始める。
「ルミ、誤解しないでいただきたい。私は貴方が、その愛らしい水着を身に纏い、太陽の下で無邪気に戯れる姿を『鑑賞し、記録し、愛でる』ためにここへ来たのです。つまり、私の役割は貴方の完全な守護者であり、観客。私が海に入る必要性などどこにもありません」
「そんなのつまんないよ!」
ルミはベッドから立ち上がると、ぷくーっと頬を膨らませてアルヴィーノの元へトトトッと駆け寄った。
そして、書類を持つアルヴィーノの大きな手を、両手でぎゅっと握りしめる。
「俺ね、アルヴィーノに俺の水着姿を見てほしいのはもちろんだけど……それよりも、アルヴィーノと一緒に海に入りたいんだよ。二人で『冷たいね』って笑い合ったり、泳ぎ方教えてもらったりしたいの。……アルヴィーノは、俺と一緒に海に入りたくないの?」
上目遣いで、今にも泣き出しそうな「おねだり」の波状攻撃。
しかも、「激重感情」の塊であるアルヴィーノにとって、「ルミが自分と一緒に遊びたがっている」という事実は、何よりも強力な即死級の呪文だった。
「っ……、貴方という人は、本当にずるい……。そんな顔をされては、拒めるはずがないでしょう」
アルヴィーノは持っていた書類を机に放り出すと、ルミの細い腰を抱き寄せ、その愛らしいおねだり唇に深い口づけを落とした。
ルミが「ん……」と声を漏らし、真っ赤になって腕の中に収まると、アルヴィーノは深くため息をつきながら、自身の完璧だったはずの予定をあっさりと書き換える。
「分かりました。今すぐこの街で最高級の仕立て屋を呼びつけます。……せっかくですから、貴方の水着の色とお揃いのものを、数着作らせましょう」
「本当!? えへへ、やったぁ! アルヴィーノとお揃い、嬉しいな」
腕の中でひまわりが咲いたように笑うルミを見て、アルヴィーノは「やはり私の天使は世界一可愛い」と脳内で確信しながら、そっとその水色の髪を撫でた。
ふと、遠い王宮で今も胃を壊しながら働いているであろう兄の顔が脳裏をよぎったが、魔王の心は一ミリも痛まない。
「ルミ。仕立て屋が来る前に、まずは『よくできました』のご褒美を。……二週間分の不足、この南国の屋敷でもたっぷり支払っていただきますからね?」
「あ、待って、まだお片付けが――んむっ……」
波の音が心地よく響く南国の私室で、二人の甘い甘い「遠征旅行」が、本格的に幕を開けようとしていた。