【代理国王編】王の不在に、世界で一番冷たい采配を

王宮を追放され、あるいは資産を凍結されて路頭に迷いかけた貴族たちにとって、それは文字通り「命がけの戦い」だった。

王都の片隅、かつての華やかな邸宅とは比べものにならない質素な借家の一室で、数人の元貴族たちが集まり、血走った目で机に向かっていた。
部屋の中に響くのは、カリカリ、カリカリと、狂ったように紙を引っ掻く羽ペンの音だけ。

「……できた。これなら、これならアルフレッド陛下のお心に届くはずだ……!」

一人の男が、涙と寝不足のクマで爛れた顔を上げ、完成した書状を掲げた。それは、新王アルフレッドへ宛てた、涙ながらの「免罪と地位平復を求める嘆願書」だった。

彼らは知っていた。新王アルフレッドが善性100%の優しい御方であり、自分たちのような愚かな人間の言い訳にも耳を傾け、対話で救おうとしてくれる「光の王」であることを。
アルヴィーノという冷酷非情な魔王に一瞬で首を斬られ、絶望のどん底に叩き落とされた彼らにとって、アルフレッドの帰還は唯一の、そして最後の蜘蛛の糸だった。

「陛下なら、我らが泣きつけば必ず『可哀想に、これからは気をつけるんだよ』と許してくださる……! だが、問題は……」

一人の男が、恐怖にガタガタと歯を鳴らしながら呟く。

「あの魔(・)王(・)だ。万が一にでも、この嘆願書が陛下の元へ届く前にあの男の目に留まったら……我らは地位を戻されるどころか、今度こそこの世から『間引かれる』ぞ……!」

その言葉に、室内の空気が一瞬で凍りついた。
アルヴィーノに切られた貴族たちの脳裏に、あの冷徹な紫の瞳と、無詠唱で発動しかけていた極大魔法の禍々しいプレッシャーがありありと蘇る。

「だ、だからこそ、文面には細心の注意を払わねばならん! 決して、決して殿下のやり方を批判するような言葉を載せてはならない! 『すべては我が身の不徳の致すところ、殿下のご差配は誠に妥当ながら、何卒、何卒もう一度だけ陛下の慈悲の光を……』というニュアンスにするんだ!」

「文字のフォントはどうする!? 殿下は無能な文字の並びを嫌悪されるぞ! チェス盤のように美しく、完璧な書体でなければ、読まれずに燃やされる!」

「インクの質は!? 紙の厚さは!?」

彼らはもはや、嘆願書を書いているのか、魔王への供物を作っているのか分からなくなっていた。
少しでもアルヴィーノの逆鱗に触れれば、今度こそ一族もろとも闇魔法の塵にされる。彼らは生きた心地もしないまま、震える手で何度も、何度も書き直しを命じ合った。徹夜に次ぐ徹夜で、精神はとっくに限界を超えている。まさに、死ぬ思いで紡がれる嘆願書の山。

そうして、極限状態の中で完成した「完璧な美しさと、極上の平伏が込められた嘆願書」の束が、後日、アルフレッド王の元へと届けられることになった。

――数日後。

「……うん。文字も綺麗だし、内容もこれ以上ないほど僕を持ち上げて、アルヴィーノへの配慮も完璧だ。……本当に死に物狂いで書いたんだろうね、これ」

国王の執務室で、アルフレッドは届けられた嘆願書の山を見つめ、何とも言えない複雑な表情で頬を掻いていた。
そのあまりにも完璧で、かつ恐怖に満ち満ちた文面から、元貴族たちがどれほどアルヴィーノに怯えきっているかが痛いほど伝わってきたからだ。

「まぁ、本当に悪質な脱税をしていた奴らはそのままにするけれど……この辺りの、ただ無能で怠けていただけの者たちは、僕から厳重注意をして、領地での謹慎付きで地位を戻してあげようかな。可哀想に、文字が恐怖で少し震えているよ……」

アルフレッドがハァ、と胃を押さえながらペンを取ろうとした、その時。

「おや。兄上、まだそんなゴミの片付けをしているのですか」

音もなく扉が開き、漆黒の軍服を纏ったアルヴィーノが姿を現した。その後ろからは、白いロリータ服を着たルミが、アルヴィーノの手をぎゅっと握ってトコトコとついてくる。

「ひゃっ……! アルヴィーノ、急に入ってこないでおくれ、心臓に悪い!」
アルフレッドは本気でビクッと肩を震わせ、慌てて嘆願書の山を隠そうとした。

しかし、アルヴィーノの細く切れ長の深い紫色の瞳は、すでに机の上の書類を一瞥していた。冷徹極まりない、ゴミを見るような視線。

「ふん……。私に間引かれた有象無象どもが、性懲りもなく兄上の優しさに縋り付いているようですね。文字の並びだけはチェス盤のように整っていますが、中身はただの『命乞い』だ。読む価値もありません。兄上が署名する前に、私が今すぐ極大魔法で灰にして差し上げましょうか?」

「させないよ!? 君が灰にしたら、彼ら本当にショックで心臓が止まっちゃうからね!?」

アルフレッドが必死に書類を抱え込んで守る横で、ルミが水色の大きな瞳をぱちくりとさせながら、アルヴィーノの袖を引っぱった。

「アルヴィーノ、だめだよ。その紙、みんながいっしょ懸命書いたやつなんでしょ? 俺、王宮の廊下で、おじさんたちが『殿下に見つかったら殺される』って泣きながら紙を書いてるの見たよ?」

「ルミ、貴方はまたそんな醜いものを目にしたのですか」
アルヴィーノの瞳が一瞬でルミへの激甘な熱を帯び、その細い腰を抱き寄せる。
「あのような無能どもの涙など、貴方の清らかな視界に入れる必要はありません。さあ、私の天使、そんなことより私室へ戻りましょう。貴方が編んでくれたあの水色のマフラーを、早く私の首に巻いてほしいのです……」

オブラートなしの激重感情をぶつけながら、ルミを連れてさっさと退室しようとするアルヴィーノ。

「あはは、アルヴィーノ、まだお昼だよ? ……アルフレッド様、お仕事頑張ってねー!」
ルミが元気に手を振るのを見送りながら、アルフレッドは机に突っ伏した。

「……僕のハネムーンの思い出を返してほしい、本当に……」

魔王に怯えながら死ぬ気で嘆願書を書く貴族たちと、それをさらに上回る激務の中で彼らを救おうとする光の王。
そんな外の喧騒を一切無視して、今日も二人だけの甘い愛を確かめ合うアルヴィーノとルミの日常は、どこまでもマイペースに続いていくのだった。
7/8ページ
スキ