【代理国王編】王の不在に、世界で一番冷たい采配を

「――だから、南部の利権に関しては、凍結ではなく一時的な『監査』という形に書き換えてくれ! 彼らにも言い分はあるはずだから、まずは僕が直接対話の場を設ける。それから東部の――」

「陛下! 中央の文官たちから、アルヴィーノ殿下の署名が入った更迭書の撤回を求める嘆願書が、さらにこれほど届いております!」

「ああもう、分かった、順番に見るからそこに置いておいて! ……それと、怯えて登城を拒否している侯爵家には、僕の親書を届けて。決して命までは取らないと、優しく伝えておくれ……!」

ハネムーンから帰還して以来、新王アルフレッド・レイストールの日常は、目が回るほどの激務と苦悩に塗り潰されていた。

白を基調とした王族服の袖を大きく捲り上げ、普段の朗らかな笑みなど完全に消え失せた顔で、アルフレッドは机の上にうずたかく積まれた書類の山と格闘している。

かつては「魔王」アルヴィーノの苛烈な恐怖政治によって、ネズミ一匹通らないほど静まり返っていた王宮。だが今は、新王の「対話と慈悲」による修復作業のため、書類を抱えた側近や、青い顔をした従者たちが廊下を右往左往し、別の意味で凄まじい賑わい(戦場のような騒がしさ)を見せていた。

「魔力も武力もチェスの腕もあいつには勝てないけれど……まさか、二週間でここまで完璧に、かつ容赦なく国を解体しかけるなんて……」

アルフレッドはペンを握ったまま、ガクリと机に突っ伏した。
弟が冷酷に切り捨てた貴族たちの罪状を精査し、本当に無能な悪党はそのままに、ただ怯えていただけの無害な貴族たちを呼び戻しては頭を下げる日々。せっかくのハネムーンの甘い余韻など、初日の数時間で綺麗さっぱり消し飛んでいた。

「治癒魔法は得意だけど……僕のこの精神的な疲労までは、さすがに治せないよ……」

光の新王がそんな血の滲むような後処理に追われ、王宮中が悲鳴を上げている、まさにその時。

城の最奥に位置する、完全に人目を遮断した二人だけの私室には、外の喧騒が嘘のような、甘く濃密な沈黙が流れていた。

「……ん、アルヴィーノ……、もう、くすぐったいよ」

柔らかなシーツの上、腰まである美しい水色の髪を散らせたルミが、ふにゃりと顔を綻ばせて声を漏らした。
公の場の従者服ではなく、ルミのお気に入りである、真っ白でフリルがたくさんあしらわれたロリータ服。その可憐な身体を、漆黒の軍服の上着を脱ぎ捨て、薄いシャツ一枚になったアルヴィーノがベッドの上で完全に組み伏せていた。

「いいえ、ルミ。これでもまだ足りない。あの二週間、代理国王などという退屈な椅子のせいで、私は貴方に触れる時間をどれほど奪われたか」

アルヴィーノの細く切れ長の深い紫色の瞳には、外で見せる冷酷非情な面影など微塵もない。そこにあるのは、ルミという存在への、底なしの独占欲と溺愛の熱だけだった。

アルヴィーノはルミの細い手首を優しく片手で捕らえ、手の甲、内側、そして吸い込まれそうなほど透き通るような水色の瞳の目元へと、熱い口づけを何度も、何度も落としていく。

オブラートに包むことのない、激重な感情が低い声となってルミの耳元を震わせた。

「貴方の声で名前を呼ばれ、貴方の温もりに触れる。……この時間だけが、私の世界のすべてだ。あの無能な貴族どもや、兄上の国など、本来はどうでもいい。私が守りたいのは、私の腕の中にいる貴方だけです」

「あ、アルヴィーノ……。俺も、アルヴィーノがずっとお仕事で遠くにいたから、すっごく寂しかったんだよ?」

ルミは顔を真っ赤に染めながらも、自由な方の手をアルヴィーノの首元に回し、その少し癖のある紫の髪に指を絡めた。
心を開いてからは喜怒哀楽がはっきりしているルミは、自らの恋心を隠そうともせず、アルヴィーノの広い胸にぎゅっと顔を埋める。

「だからね、今日は、いーっぱい俺のこと可愛がって? 誰も来ないもんね」

「――ええ、もちろん。貴方が望むなら、この身が果てるまで抱きしめ続けましょう」

ルミの無邪気で、けれど大胆な誘いに、アルヴィーノの理性が甘く弾けた。
ルミの細い腰を抱き寄せ、その柔らかい唇を深く、深く塞いでいく。重なり合う体温と、お互いを「伴侶」として確かめ合う濃密な愛の言葉が、部屋のなかに満ちていく。

ふと、窓の外から、遠くの方で「陛下! 東部の伯爵が直訴に――!」という文官の悲鳴のような声が風に乗って聞こえた気がしたが、二人がそれに耳を貸すことは万に一つもなかった。

「……アルフレッド様、お仕事いっぱいだけど、大丈夫かな?」
唇が離れた一瞬の隙に、ルミが少しだけ心配そうに水色の瞳を瞬かせた。

アルヴィーノはルミの愛らしい額に再び口づけを落とし、酷薄でありながらも、心底幸せそうな微笑みを浮かべる。

「問題ありませんよ。兄上は優しい『光の王』ですから、喜んであの羊たちの面倒を見るでしょう。……それに、私を玉座に縛り付けた代償です。あのくらいは、当然受けてもらわねば困る」

「あはは、アルヴィーノは本当にアルフレッド様に厳しいね」

「私は貴方以外には等しく冷酷です、私の天使」

そう言って、アルヴィーノは再びルミの服のフリルに手をかけ、愛おしそうにその身体を包み込んでいく。

外の世界では、光の新王が泥を泥とも思わず国を救うために駆けずり回り、その影では、世界を恐怖させた魔王が、世界で一番大切な伴侶と、二度と邪魔されない甘い新婚の時間を貪り尽くしているのだった。
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