【代理国王編】王の不在に、世界で一番冷たい采配を

二週間の充実した「新婚旅行」を終え、よき理解者たる妃を伴って王宮へと帰還した新王アルフレッド・レイストールは、馬車を降りた瞬間から奇妙な違和感を覚えていた。

いつもなら活気に溢れ、自分の帰還を温かく迎えるはずの白亜の城が、まるで墓所のように静まり返っている。

(……静かすぎるな)

朗らかな笑みを僅かに曇らせ、白を基調とした王族服の袖を正しながら、アルフレッドは王宮の回廊を進んだ。
ふと見ると、柱の陰で直立不動のまま、ガタガタと全身を震わせている一人の兵士が目に留まる。

「やあ、留守の間、苦労をかけたね。……一体どうしたんだい? まるで幽霊でも見たような顔をして」

アルフレッドがいつものようにフランクに、優しく声をかけた。しかし、兵士は新王の顔を見た瞬間、救いを求めるような、それでいて極限の恐怖が染みついた目で涙を浮かべた。

「あ、ア、アルフレッド陛下……! お、お戻りで、ございますか……!」
「うん、ただいま。ところで、王宮の皆はどうしたんだい? なんだか酷く張り詰めた空気が漂っているけれど」
「それは……そ、それはその……あ、アルヴィーノ殿下が……ひっ!」

兵士は「アルヴィーノ」の名を口にしただけで、過呼吸を起こしそうなほどに怯えきり、それ以上は歯の根が合わずに言葉にならないようだった。

その様子を見た瞬間、アルフレッドはすべてを察した。
額を押さえ、深々と溜息を漏らす。

「……なるほどね。あ(・)い(・)つ(・)、本当にやりやがったな」

光の新王としての威厳をまとい直したアルフレッドは、足早に国王の執務室へと向かった。

――バァン! と、普段のアルフレッドらしからぬ勢いで重厚な扉が開け放たれる。

室内にいたのは、漆黒の軍服を完璧に着こなし、優雅にチェス盤の駒を動かしていたアルヴィーノだった。その足元には、すっかり体調も回復し、楽しそうにアルヴィーノの軍服の裾を掴んでいる水色の髪の少年――ルミの姿もある。

「やあ、おかえりなさい、兄上。いえ、陛下。新婚旅行は楽しめましたか?」

アルヴィーノは振り返り、細く切れ長の深い紫色の瞳を向けて、あっけらかんと、さも当然のような口調で挨拶をした。

「アルヴィーノ……! 君というやつは、僕がいない間の一体何をしたんだい!? 城内の兵も文官も、君の名を聞いただけで卒倒しそうなほど怯えきっているけれど!」

アルフレッドが詰め寄ると、アルヴィーノはふっと冷徹な軍師の笑みを浮かべ、淡々と事務的に報告を始めた。

「国務を完璧に処理しただけですよ。まず、ご自身の利権ばかりを主張していた南部の一派の資産をすべて凍結し、王都から追放しました。それから、過去の慣例にかこつけて脱税を行っていた東部および中央の貴族どもを、家ごとすべて『間引き』ました。無能な駒が盤面を汚していたので、綺麗に排除して差し上げたのです。おかげで、レイストールの財政は見違えるほど健全化しましたよ?」

誇る風でもなく、ただ「ゴミを掃除した」と言わんばかりの態度。
アルフレッドは絶句し、思わず頭を抱えた。

「やりすぎだ! いくら何でもやりすぎだよ、アルヴィーノ! 不正の摘発は素晴らしいけれど、一週間で主要な貴族の半分近くを更迭、追放するなんて暴挙、前代未聞だ! これじゃあ君、ただの『傍若無人な暴君』じゃないか!」

善性100%の兄の怒声。しかし、アルヴィーノは全く動じることなく、組み替えた脚の爪先を見つめながら、冷然と言い放った。

「――ですから、最初(・)に(・)言(・)っ(・)た(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)で(・)す(・)か(・)」

凍てつくような紫の瞳が、まっすぐにアルフレッドを射抜く。

「私には向いていない、と。私は貴方の影であり、使えない駒を躊躇なく切り捨てる冷酷な刃です。光の王宮で、無能どもの言い訳に付き合うような、そんな慈悲深い器ではない。それを、ルミとの時間を餌に無理やり玉座に座らせたのは……他ならぬ兄上、貴方ですよ」

完璧な正論。かつ、一切の悪びれもない態度に、アルフレッドはぐうの音も出ない。
アルヴィーノは、兄が自分の「冷酷非情な本質」を知っていながら代理を頼んだのだから、結果がこうなることは最初から分かっていたはずだ、と突きつけているのだ。

「うう……それは、そうだけれど……。まさかここまで徹底的にやるとは思わないじゃないか……」

ガックリと肩を落とすアルフレッドを見て、彼のことが「いいお兄ちゃん」として大好きなルミが、おずおずと一歩前に出た。

「あ、あの……アルフレッド様、おかえりなさい! アルヴィーノね、すっごく頑張ってお仕事してたんだよ? 俺が難しいお話で疲れちゃって寝込んじゃった時も、アルヴィーノ、俺のために悪い貴族たちをいーっぱい怒って、追い払ってくれたの!」

無邪気にアルヴィーノを庇うルミの言葉を聞いて、アルフレッドはさらに天を仰いだ。
(なるほど、ルミくんが絡んでいたから、余計に手加減がなくなったわけか……)と、弟の激重すぎる感情の暴走理由を完全に理解した。

アルヴィーノはルミの腰を優しく引き寄せ、その水色の髪に愛おしそうに触れながら、冷ややかに告げる。

「というわけです、陛下。我が最愛の伴侶を煩わせる障害物を排除したまで。……さて、約束の二週間は終わりました。私はこれにて『代理』を降ります。あとは、光の新王である貴方が、得意の『対話と慈悲』で、怯える羊たちを存分に宥めてあげることですね」

アルヴィーノはルミの手を取り、一礼することもなく、優雅な足取りで執務室を出て行こうとする。扉を出る間際、ルミが「アルフレッド様、お土産話、あとで聞かせてねー!」と元気に手を振るのを見て、アルフレッドは力なく手を振り返すしかなかった。

パタン、と重厚な扉が閉まり、静寂が戻る。

残されたアルフレッドは、机の上に山積みにされた「アルヴィーノによって解体された貴族家」の書類の山と、恐怖に震える国を立て直すための莫大な後処理のタスクを前に、深い、深すぎる溜息を吐いた。

「……ハネムーンの余韻が、一瞬で吹き飛んじゃったな」

光の新王としての威厳を取り戻しつつも、弟のやらかした完璧かつ苛烈な『盤面の整理』の後始末に追われる、アルフレッドの長くて過酷な一日が始まるのだった。
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