【代理国王編】王の不在に、世界で一番冷たい采配を

その後の数日間、レイストール王宮はまさに「魔王の庭」と化していた。

白亜の城内に、冷徹な漆黒の軍服が翻るたび、すれ違う文官や貴族たちは一様に肩を震わせ、道を譲る。アルフレッド王が統治していた頃の、あの朗らかで温厚な空気はどこにもない。あるのは、一瞬の油断も、一切の無能も許されない、極限まで張り詰めた緊張感だけだった。

「……本日付けで、財務部の第三書記官、およびその実家である伯爵家を更迭します。直ちに身ぐるみを剥いで王都から追放しなさい」

凍てつくような紫の瞳が、冷然と書類を見下ろす。代理国王の席に就いたアルヴィーノは、感情を一切排した声で事務的に告げた。

「な、お待ちください、アルヴィーノ殿下! 彼は由緒ある名門の出で、これまでの慣例に従って仕事をしていただけにございます! それを、僅かな帳簿の不一致だけで家ごと取り潰すなど――!」

直訴に及んだ年老いた侯爵が、必死の形相で声を荒らげる。だが、アルヴィーノは頬杖をついたまま、切れ長の目を細めることすらしない。

「僅か、ですか。その『僅かな不一致』の裏で、どれほどの国費が彼らの私腹に消えていたか、貴方には理解できないのですか? 慣例という名の怠惰で職務を怠り、国を蝕むシロアリなど、我が兄のチェス盤には必要ない。使えない駒は、その場で間引く。それが私のルールだと言ったはずですが」

「冷酷すぎる……! これではあんまりだ! 貴族を何だと思われている!」

ここ数日、アルヴィーノが下した決断はどれも迅速かつ苛烈極まりなかった。
不正を働く者は容赦なく切り捨て、能力のない者はその日のうちに役職を剥奪する。あまりにも容赦のない『間引き』の連続に、特権に甘んじていた王都の貴族たちの恐怖は、ついに限界を超えて怒りへと変わっていった。

「これほどの暴政、納得がいかん! 我らは物言わぬ駒ではない! アルフレッド王なら、こんな非道なことは絶対にされないッ! 陛下であれば、我らの言葉に耳を傾け、慈悲深く対話の場を設けてくださったはずだ!」

一人の貴族が、縋るように、そしてアルヴィーノを糾弾するように叫んだ。
「アルフレッド王なら、こんなことはしない」
その言葉は、集まった貴族たちの間で小さな波紋のように広がり、確かな反発の声を形作っていく。そうだ、新王は優しく、対話を重んじる御方だ。こんな魔王のような男のやり方を、お認めになるはずがない――と。

その喧騒を、アルヴィーノはただ冷ややかに見つめていた。
そして、ゆっくりと玉座から立ち上がる。

その瞬間、室内の空気が一変した。
全属性の魔法に長け、禁術すら操る彼の体から、底知れない魔力のプレッシャーが音もなく溢れ出たのだ。空間そのものが歪むような圧倒的な威圧感に、先ほどまで息巻いていた貴族たちは一瞬で声を失い、その場に縫い付けられたように硬直した。

アルヴィーノは軍服の襟元を僅かに正し、冷徹な微笑を浮かべる。

「――その通りですよ」

低く、心地よいほどに澄んだ声が、静まり返った室内に響き渡る。

「兄上は善性100%の優しい御方だ。争いを嫌い、無能な貴方たちの言い訳にすら耳を傾け、対話で救おうとなさる。……ですが、勘違いをしてはいけない」

アルヴィーノはゆっくりと階段を降り、怯える貴族たちの前へと歩み寄った。深い紫の瞳には、一切の慈悲など存在しない。

「光が強く輝くためには、その足元にある影が、誰よりも深く、冷たく昏くなければならない。……兄上は新王となり、優しさだけでは解決できない現実を知った。だからこそ、私を自身の『隠し刃』とされたのです。貴方たちが今、こうして生きて私の前に立てているのはなぜか、分かりますか?」

一歩、アルヴィーノが足を踏み出すたび、床から凍りつくような冷気が這い上がってくる。

「私がここで貴方たちをどれほど切り捨てようと、兄上は戻られた後、困ったように笑いながら、それをすべて受け入れるでしょう。なぜなら、私という刃が、国の膿を完全に削ぎ落とした後の『綺麗な盤面』こそが、兄上の望む理想のレイストールだからです。私が血に汚れるほどに、王の白き衣は汚れずに済む」

アルヴィーノは、冷酷な軍師としての本質を隠そうともせず、貴族たちを冷然と見下ろした。

「兄上ならこんなことはしない? ――ええ、しないでしょう。ですから、兄上が新婚旅行から戻られるまでのあと数日、貴方たちは首を洗って待つといい。これ以上、私に無能を晒す者は、例外なく私の手で間引きます」

完璧な論理と、抗うことのできない絶対的な武力。
貴族たちは完全に圧倒され、もはや反論の声どころか、呼吸をすることすら忘れたように恐怖に震えるしかなかった。

「……下がリなさい。これ以上、私の時間を無駄にさせるな」

その一言で、貴族たちは命からがら執務室から退散していった。

扉が重々しく閉まり、再び静寂が戻る。
アルヴィーノはふぅ、と小さく息を吐き、まとっていた禍々しい魔力のプレッシャーを霧散させた。そして、玉座に戻るのではなく、部屋の隅にあるパーテーションの裏へと視線を向ける。

「……驚かせてしまいましたか、ルミ」

そこには、白い従者服を着たルミが、水色の大きな瞳を丸くして立っていた。お茶のトレイを胸に抱えたまま、じっとアルヴィーノを見つめている。

アルヴィーノは、先ほどまでの冷酷さが嘘のように、眉を下げて柔らかく微笑んだ。
「醜いものを見せました。貴方の清らかな耳に、あのような無能どもの声を入れさせたくはなかったのですが……」

「ううん、違うよ、アルヴィーノ」

ルミはトコトコと足早にアルヴィーノへ駆け寄ると、トレイを机に置き、そのままアルヴィーノの漆黒の軍服の袖をぎゅっと掴んだ。

「俺、びっくりしたけど……アルヴィーノ、すっごく格好よかった。アルフレッド様のために、悪者になってお仕事してるんだよね。誰も言えない悪いことを、全部代わりにやってあげてるんだよね。……アルヴィーノは、やっぱり凄いお兄ちゃんだし、すっごく優しい人だよ」

無邪気で、けれど本質を見抜いたルミの言葉。
周囲から「魔王」と恐れられ、冷酷非情と罵られる我が身を、この世界でただ一人、この少年だけが「優しい」と言って微笑みかける。

アルヴィーノの胸の奥に、言葉にならないほどの激しい愛おしさが込み上げた。

「……ああ、やはり貴方は、私の天使だ」

アルヴィーノはルミの細い体を壊れ物を扱うように抱きしめ、その水色の長い髪に何度も口づけを落とした。オブラートに包むことのない、重すぎるほどの愛の熱が、ルミの体を包み込んでいく。

「ルミ、貴方がそう言ってくれるなら、私はいくらでも悪魔になりましょう。この手がどれほど血に染まろうと、貴方と兄上の立つ光の舞台を守り抜く。……ですから、今夜は、私をたくさん癒やしてくださいね?」

耳元で囁かれた低く甘い声に、ルミは一瞬で顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうにアルヴィーノの首に手を回した。

「うん……! 俺、アルヴィーノのこと、いーっぱい甘やかしてあげる!」

王宮の緊迫した空気の裏側で、二人だけの甘く濃密な時間が、静かに流れていくのだった。
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