【新婚旅行編】二人だけの旅路に、世界で一番甘い口づけを

アルヴィーノが王の執務室でアルフレッドと対峙しているその頃、第二王子の広大な私室では、ルミがパニックのどん底にいた。

​「どうしよう……っ、どうしよう……!!」

​ルミは水色の長い髪をくしゃくしゃにかきむしりながら、部屋の中を右往左往していた。
ベッドの上には、直轄領から持ち帰った荷物がまだ半分ほど残されたままだが、とても荷解きに集中できる状態ではない。
​大廊下で、あろうことか周囲に将兵がたくさんいる前で、大好きな彼を呼び捨てにしてしまった。
あの瞬間の、周囲の時が止まったかのような静寂と、将兵たちの驚愕の表情が脳裏に焼き付いて離れない。

​(俺のせいで、アルヴィーノが『不敬な従者をのさばらせている』って言われちゃうかもしれない……! お兄様にだって、迷惑をかけちゃったかも……っ)

​王都に戻ったら完璧な主従を演じる。
そう二人で約束したはずなのに、直轄領での甘く幸せな二ヶ月間に慣れきってしまったせいで、一瞬の気の緩みが取り返しのつかない事態を招いてしまった。
ルミはベッドのフチに腰掛け、自身の白いロリータ服の裾をぎゅっと握りしめて、今にも泣き出しそうな顔でうつむいた。
​その時、カチャリと静かに鍵が開き、重厚な扉が開いた。

​「ただいま戻りました、ルミ」

​入ってきたのは、漆黒の豪華な軍服を纏ったアルヴィーノ。
ルミは弾かれたように立ち上がると、一目散に彼の元へと駆け寄り、その場で深く頭を下げた。

​「アルヴィーノ様……っ! ごめんなさい、ごめんなさい……っ! 俺、あんなところで、いつもの癖で、アルヴィーノって呼んじゃって……! 王子様の立場を悪くしちゃったよね……っ?」

​涙をボロボロと溢れさせながら必死に謝るルミ。
しかし、アルヴィーノはそんなルミの細い肩を優しく掴むと、それ以上の言葉を優しい口づけで制した。

​「んむ……っ、」

​突然重ねられた唇の温もりに、ルミの水色の瞳が丸くなる。
ゆっくりと唇を離したアルヴィーノは、困ったように、けれどこの上なく甘く目を細めて、ルミの涙を大きな親指でそっと拭った。

​「謝る必要などどこにもありませんよ、ルミ。……むしろ、私はとても嬉しかった」
​「え……? で、でも、みんなすごくびっくりしてたよ?」
​「気にする必要はありません。兄上も『長旅の疲れによる聞き間違いだ』と、完璧に周囲を黙らせてくれましたから。王宮の者たちも、表立って私に何かを言えるような命知らずはいません」

​アルヴィーノはルミの腰に腕を回し、そのまま軽々と抱き上げてベッドへと運んだ。シーツの上に水色の長い髪が広がり、アルヴィーノはその上に覆いかぶさるようにして、ルミを見つめる。

​「それよりも、王宮の真ん中で、貴方が私の名前を呼んでくれた。……その事実だけで、私はあのはびこる有象無象の貴族どもの相手を、いくらでも耐えられる気がするのです」
​「アルヴィーノ……」
​「さあ、ここからは二人だけの時間です。王都の『主従の仮面』など、脱ぎ捨ててしまいなさい。……もう一度、私の名前を」

​至近距離で見つめてくる深い紫の瞳。
その熱い独占欲に、ルミの胸の奥がキュンと甘く疼いた。
ルミは照れくさそうに頬を赤らめながらも、彼の首に細い腕を絡める。

​「……アルヴィーノ。大好き、アルヴィーノ……っ」
​「ええ、私も愛しています、ルミ」

​夜が更けるにつれ、二人の部屋は暖炉の炎と、お互いを求め合う熱気で満たされていった。
王都の喧騒も、昼間のハプニングも、すべては二人の深い愛のスパイスに過ぎない。
漆黒の軍服と白いロリータ服がシーツの上に重なり、幾度も幾度も、お互いが唯一無二の【伴侶】であることを確かめ合うように、甘い口づけと愛の言葉が交わされた。
​◇
​深夜。
激しい情熱の余韻が残るベッドの中で、ルミはアルヴィーノの逞しい胸元に心地よく身を預けていた。
アルヴィーノの長い指先が、ルミの水色の髪を愛おしそうに何度も梳いている。

​「ねぇ、アルヴィーノ」
​「何ですか、ルミ」
​「王都に帰ってきて、昼間はちょっと怖かったけど……でも、夜にこうやってアルヴィーノと一緒になれるなら、俺、明日からも完璧な従者さん、頑張れる気がする」

​ルミがふにゃりと無邪気な笑顔を浮かべると、アルヴィーノは愛おしさが限界を超えたように、その額に優しく口づけを落とした。

​「ええ。貴方がそう言ってくれるなら、私も『王の刃』として、どんな泥沼も完璧に切り裂いてみせましょう。……それに、兄上にはもう、次の遠征をなるべく早く用意するよう、強く釘を刺しておきましたから」
​「あはは! 本当に? アルフレッド様、また困っちゃうね」

クスクスと笑い合う二人の声が、静かな室内に溶けていく。
​たとえ昼間は【主従】という冷たい仮面を被らなければならなくても、夜の闇が訪れれば、二人は世界で一番深く結ばれた【伴侶】に戻る。
その揺るぎない真実がある限り、二人の幸福が脅かされることは決してない。

​「おやすみなさい、アルヴィーノ」
​「おやすみなさい、私の可愛いルミ」

​繋いだ手の温もりを確かめ合いながら、二人は深く、心地よい眠りへと落ちていった。
王都の夜の静寂の中、愛し合う二人の物語は、これからも永遠に、甘く温かく続いていく――。
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