【新婚旅行編】二人だけの旅路に、世界で一番甘い口づけを
敵の脅威が完全に灰へと帰してからの直轄領の日々は、まるで遅れを取り戻すかのように、甘く、どこまでも濃厚な幸福に満たされていた。
アルヴィーノは約束通り、軍務以外の全ての時間をルミへと捧げた。
午前中に漆黒の軍服に身を包んで執務室へ向かう彼を、ルミは赤みの引いた綺麗な水色の瞳で見送る。
そして午後になれば、誰の目もない主寝室で、アルヴィーノは緩めた襟元にルミの細い身体を抱きすくめ、その甘い体温を飽きることなく確かめ合った。
時には、以前のように街へと繰り出し、素朴な露店で温かい菓子を買い食いしたり、誰の目も気にせず指を絡めて雪道を歩いたりもした。
何気ない、けれど世界で一番愛おしい、普通の恋人同士のような日常。
しかし、無情にも時間は過ぎ去っていく。
二ヶ月という任期の終わりは、もう、あと数日というところまで迫っていた。
「……これ、あともう少しで、終わっちゃうんだね」
ある日の夜、暖炉のそばのロッキングチェアに座り、膝の上に広げた水色の毛糸を見つめながら、ルミがぽつりと呟いた。
その手元にあるのは、あの日から一針一針、心を込めて編み進めてきたマフラー。
不格好だった編み目も、今では見事な模様を描き、もう間もなく完成を迎えようとしている。
書類の整理を終え、上着を脱いだシャツ姿でベッドに腰掛けていたアルヴィーノが、静かにルミへと視線を向けた。切れ長の深い紫の瞳に、寂しげな陰がよぎる。
「……ええ。王都からの迎えの馬車が、三日後にはここに到着します」
「王都に帰ったら……また、王子様と従者、だよね。みんなの前では、お話しするのも一歩下がって……」
ルミは毛糸をぎゅっと握りしめ、水色の長い髪を揺らして視線を落とした。
ここにいる間、主従の仮面を脱ぎ捨てて「アルヴィーノ」と名前を呼び、伴侶として愛される喜びを知ってしまったからこそ、王都のあの息詰まる偽りの生活に戻ることが、少しだけ怖かった。
アルヴィーノは立ち上がり、ルミの座る椅子の前で静かに膝をついた。そして、ルミの少し冷えた両手を、自身の大きな手で包み込む。
「……帰りたくありませんね」
低く、掠れた声音。
それは戦場を統べる軍師のものではなく、一人の男としての、本心の我が儘だった。
「兄上には申し訳ありませんが、このまま国境の防衛を理由に、任期を半年ほど引き延ばしてやろうかと本気で考えています。王都の喧騒も、貴族どもの視線も、今の私には酷く煩わしい」
「あはは……それはダメだよ。アルフレッド様、今頃王都で一生懸命お見合いのお話を断ってくれてるんだから、怒っちゃうよ」
ルミは無理に明るく笑ってみせたが、その水色の瞳には、アルヴィーノと同じ寂しさが滲んでいた。
アルヴィーノはそんなルミの手の甲に、切なげに唇を寄せる。
「分かっています。……ですがルミ、形の上がどうであれ、私の魂は貴方だけのものです。王都へ戻ろうと、誰が我々の間に入ろうと、この絆が揺らぐことは決してありません」
「うん……分かってる。アルヴィーノが俺だけを見てくれてること、もうちゃんと信じてるもん。だから……っ」
ルミは、そこで言葉を区切ると、手元に残った最後の毛糸に、ゆっくりと針を通した。
最後の一目を丁寧に引き抜き、形を整える。
「……できた。やっと、完成したよ、アルヴィーノ」
ルミは嬉しそうに、けれど少し照れくさそうに、完成したばかりの水色のマフラーを両手で掲げた。
何度も何度も編み直したため、少し不揃いなところもあるけれど、ルミの純粋な愛と温もりがこれ以上ないほど詰まった、世界に一つのマフラーだった。
「私のために……ここまで、編んでくれたのですね」
「うん。あの日、アルヴィーノがお仕事でずっと帰ってこなくて、すごく寂しかった時……俺、これにたくさん『大好き』って気持ちを込めて編んだんだ。あっちに着いたら寒いです、ってアルヴィーノが言ってたから、これを着て、少しでもあったかくなってほしくて」
ルミは椅子から立ち上がると、アルヴィーノの首元へ、その水色のマフラーを優しく巻きつけた。
ふわりと、ルミ自身の甘い香りと、暖炉の温もりがアルヴィーノの首元を包み込む。
アルヴィーノは、その柔らかなマフラーに顔を埋めるようにして、深く息を吸い込んだ。
胸の奥が、熱い何かで満たされていく。
冷酷非情と呼ばれた彼の心が、この不格好で愛おしい贈り物によって、完全に支配されていた。
「……暖かいですね。これ以上の宝物は、世界中のどこを探してもありません」
アルヴィーノはマフラー越しに、ルミの細い腰を強く引き寄せ、ベッドへと押し込むようにして抱きしめた。
水色の長い髪がシーツの上に鮮やかに広がる。
「アルヴィーノ……っ」
「王都へ帰るまでの残り三日、このマフラーの温もりと共に、お前を片時も離さず愛し抜きましょう。そして王都へ戻った後も、誰も入れない夜の闇の中だけは……私を、アルヴィーノと呼んでください」
「うん……っ。どこにいたって、俺たちの心は一緒だもんね。大好きだよ、アルヴィーノ……」
ルミはアルヴィーノの首に腕を絡め、幸せそうに微笑んだ。
窓の外では、北方の厳しい冬の終わりを告げるように、静かに雪が降り積もっている。
けれど、マフラーを分け合うようにして重なり合う二人の間には、王都のどんな嵐にも負けない、絶対的な愛の熱が確かに灯っていた。
アルヴィーノは約束通り、軍務以外の全ての時間をルミへと捧げた。
午前中に漆黒の軍服に身を包んで執務室へ向かう彼を、ルミは赤みの引いた綺麗な水色の瞳で見送る。
そして午後になれば、誰の目もない主寝室で、アルヴィーノは緩めた襟元にルミの細い身体を抱きすくめ、その甘い体温を飽きることなく確かめ合った。
時には、以前のように街へと繰り出し、素朴な露店で温かい菓子を買い食いしたり、誰の目も気にせず指を絡めて雪道を歩いたりもした。
何気ない、けれど世界で一番愛おしい、普通の恋人同士のような日常。
しかし、無情にも時間は過ぎ去っていく。
二ヶ月という任期の終わりは、もう、あと数日というところまで迫っていた。
「……これ、あともう少しで、終わっちゃうんだね」
ある日の夜、暖炉のそばのロッキングチェアに座り、膝の上に広げた水色の毛糸を見つめながら、ルミがぽつりと呟いた。
その手元にあるのは、あの日から一針一針、心を込めて編み進めてきたマフラー。
不格好だった編み目も、今では見事な模様を描き、もう間もなく完成を迎えようとしている。
書類の整理を終え、上着を脱いだシャツ姿でベッドに腰掛けていたアルヴィーノが、静かにルミへと視線を向けた。切れ長の深い紫の瞳に、寂しげな陰がよぎる。
「……ええ。王都からの迎えの馬車が、三日後にはここに到着します」
「王都に帰ったら……また、王子様と従者、だよね。みんなの前では、お話しするのも一歩下がって……」
ルミは毛糸をぎゅっと握りしめ、水色の長い髪を揺らして視線を落とした。
ここにいる間、主従の仮面を脱ぎ捨てて「アルヴィーノ」と名前を呼び、伴侶として愛される喜びを知ってしまったからこそ、王都のあの息詰まる偽りの生活に戻ることが、少しだけ怖かった。
アルヴィーノは立ち上がり、ルミの座る椅子の前で静かに膝をついた。そして、ルミの少し冷えた両手を、自身の大きな手で包み込む。
「……帰りたくありませんね」
低く、掠れた声音。
それは戦場を統べる軍師のものではなく、一人の男としての、本心の我が儘だった。
「兄上には申し訳ありませんが、このまま国境の防衛を理由に、任期を半年ほど引き延ばしてやろうかと本気で考えています。王都の喧騒も、貴族どもの視線も、今の私には酷く煩わしい」
「あはは……それはダメだよ。アルフレッド様、今頃王都で一生懸命お見合いのお話を断ってくれてるんだから、怒っちゃうよ」
ルミは無理に明るく笑ってみせたが、その水色の瞳には、アルヴィーノと同じ寂しさが滲んでいた。
アルヴィーノはそんなルミの手の甲に、切なげに唇を寄せる。
「分かっています。……ですがルミ、形の上がどうであれ、私の魂は貴方だけのものです。王都へ戻ろうと、誰が我々の間に入ろうと、この絆が揺らぐことは決してありません」
「うん……分かってる。アルヴィーノが俺だけを見てくれてること、もうちゃんと信じてるもん。だから……っ」
ルミは、そこで言葉を区切ると、手元に残った最後の毛糸に、ゆっくりと針を通した。
最後の一目を丁寧に引き抜き、形を整える。
「……できた。やっと、完成したよ、アルヴィーノ」
ルミは嬉しそうに、けれど少し照れくさそうに、完成したばかりの水色のマフラーを両手で掲げた。
何度も何度も編み直したため、少し不揃いなところもあるけれど、ルミの純粋な愛と温もりがこれ以上ないほど詰まった、世界に一つのマフラーだった。
「私のために……ここまで、編んでくれたのですね」
「うん。あの日、アルヴィーノがお仕事でずっと帰ってこなくて、すごく寂しかった時……俺、これにたくさん『大好き』って気持ちを込めて編んだんだ。あっちに着いたら寒いです、ってアルヴィーノが言ってたから、これを着て、少しでもあったかくなってほしくて」
ルミは椅子から立ち上がると、アルヴィーノの首元へ、その水色のマフラーを優しく巻きつけた。
ふわりと、ルミ自身の甘い香りと、暖炉の温もりがアルヴィーノの首元を包み込む。
アルヴィーノは、その柔らかなマフラーに顔を埋めるようにして、深く息を吸い込んだ。
胸の奥が、熱い何かで満たされていく。
冷酷非情と呼ばれた彼の心が、この不格好で愛おしい贈り物によって、完全に支配されていた。
「……暖かいですね。これ以上の宝物は、世界中のどこを探してもありません」
アルヴィーノはマフラー越しに、ルミの細い腰を強く引き寄せ、ベッドへと押し込むようにして抱きしめた。
水色の長い髪がシーツの上に鮮やかに広がる。
「アルヴィーノ……っ」
「王都へ帰るまでの残り三日、このマフラーの温もりと共に、お前を片時も離さず愛し抜きましょう。そして王都へ戻った後も、誰も入れない夜の闇の中だけは……私を、アルヴィーノと呼んでください」
「うん……っ。どこにいたって、俺たちの心は一緒だもんね。大好きだよ、アルヴィーノ……」
ルミはアルヴィーノの首に腕を絡め、幸せそうに微笑んだ。
窓の外では、北方の厳しい冬の終わりを告げるように、静かに雪が降り積もっている。
けれど、マフラーを分け合うようにして重なり合う二人の間には、王都のどんな嵐にも負けない、絶対的な愛の熱が確かに灯っていた。