凍てつく姫に、春を告ぐ-蒼き獅子の騎士譚-

賑やかな喧騒に包まれた城下町を、柔らかな昼下がりの陽光が黄金色に染め上げていた。
行き交う人々の活気ある声や馬車の轍の音が響く中、その一角だけを切り取ったかのように、絵画のように美しい二人の姿が人目を引いていた。
仕立ての良い上質な衣服を纏い、周囲を魅了するほどの苛烈な美少年に育った第一王子レオ。
その一歩先を、雪のように白くふわふわとしたロリータ服の裾を軽快に翻しながら歩くのは、水色の長い髪を揺らすルミだ。

「ええと、あとは小麦粉と……新鮮な卵だね! よし、これで材料は全部揃うね!」

腕に抱えた小さな買い物籠を覗き込みながら、ルミは弾んだ声をあげた。その水色の瞳は、まるで星を散りばめたようにきらきらと輝いている。

「今日はね、アルヴィーノ様にブルーベリータルトを作ってあげるんだ。この間、俺が作ったお菓子を美味しいって食べてくれたから……今度は、もっと上手に作って驚かせちゃおうと思って!」

ルミはそう言って、胸の前でぎゅっと拳を握りしめ、無邪気な笑顔を弾けさせた。
元研究所の実験体だった彼が、今では大切な人のために料理を作る喜びを知っている。
その純粋な幸福感が、ルミの全身から溢れ出ていた。

その少し斜め後ろを、レオは静かに並んで歩いていた。
現在のレオの身長は、すでにルミを完全に追い越している。
一見すれば、歳の離れた美しい兄が、年のいかない可憐な妹をエスコートしているかのような体格差だった。

「それは素敵な試みですね、ルミにぃ。叔父上もきっと、貴方の手作りなら大層喜ばれるでしょう」

レオはふっと、完璧に無害な、どこまでも優しい「弟」としての微笑みを浮かべた。
その声音には一点の濁りもなく、叔父への敵意も、ルミへの歪んだ独占欲も、すべては厚い仮面の裏側に完璧に推し隠されている。
父アルフレッドから「外側からじっくりと信頼を築くべきだ」と諭されて以来、レオは完璧なる「理想の弟」を徹底して演じ続けていた。
ルミの警戒心を解き、その退路をじわじわと塞ぐために。

「うん! アルヴィーノ様、普段はあんまり甘いもの食べないから、ちょっと甘さを控えめにして……あ、でもブルーベリーはたくさん乗せた方がいいよね?」

楽しそうにレシピを語るルミの横顔を見つめながら、レオの胸の奥に、ひとつの小さな疑問が浮かんだ。
ルミがブルーベリータルトを好むのは、以前から知っていた。
王宮の料理番にわざわざ作り方を教わり、熱心に練習するほど、ルミにとっては特別なお菓子だ。

「ルミにぃ。ふと思ったのですが……貴方はどうして、それほどブルーベリータルトがお好きなのですか?」

レオは歩調を緩めることなく、穏やかな声で尋ねた。

「えっ?」

不意の問いかけに、ルミはぴたりと足を止めた。
賑やかな市場の真ん中で、水色の髪を揺らして振り返ったルミは、レオの問いの意味を反芻するように瞬きをする。
それから、腕の買い物籠をきゅっと抱きしめるようにして、頬をぽっと薔薇色に染めた。
はにかむように視線を伏せ、けれど隠しきれない情愛を声に滲ませて、ルミは小さな声を零した。

「それはね……あの、大好きな人の、色だから……だよ」
「え……?」
「アルヴィーノ様の、綺麗な髪とか、瞳の……あの深い紫色に、すっごく似てるでしょ? だからね、ブルーベリーを見てると……なんだかアルヴィーノ様と一緒にいるみたいで、胸がすっごく温かくなるんだ。お菓子を作る時も、ずっとあの人のことを考えていられるから……だから、大好きなの」

ルミはそう言って、 自身の胸元に手を当て、世界で一番愛おしい宝物を語るように優しく笑った。
その顔は、レオがどれほど望んでも自分には決して向けてくれない、一人の男を狂おしいほどに愛する「伴侶」の顔そのものだった。
その瞬間、レオの胸の奥を、冷酷な刃で抉られるような激しい痛みが貫いた。

(――大好きな人の、色)

ごくり、と喉の奥で生唾を飲み込む。
脳裏が真っ白に染まり、次いでドス黒い「悔しさ」と「嫉妬」が、津波のように押し寄せて心の壁を内側から激しく叩き割ろうとする。
ルミがそのお菓子を好きな理由。
それは味や見た目の可愛らしさなどではなく、その根底にあるすべてが、叔父アルヴィーノへの絶対的な愛で満たされていたからだ。
お菓子を作る指先も、選ぶ果実の一粒さえも、すべてはあの漆黒の軍服を纏う男のために捧げられている。
どれほど自分が背を伸ばそうと、どれほど完璧な弟として隣を歩こうと、ルミの世界の中心には、いつもあの深い紫色の影が鎮座しているのだ。

「……そうですか。本当に、叔父上への愛に溢れた、素敵な理由ですね」

レオは、引き攣りそうになる唇を必死に抑え込み、 完璧な王子様の笑みを維持した。
新緑の瞳の奥に燃え盛る暗い焔を、 長い睫毛の影に隠しながら、そっと自分の手のひらを、 爪が皮膚に食い込むほどに強く、 強く握りしめる。

悔しくて、 狂ってしまいそうだった。
だが、今のレオは、 以前のように感情に任せて壁を殴るような子供ではなかった。
叔父の冷酷さを学び、 牙を隠すことを覚えた策士。

(叔父上の色、ですか……。いいでしょう。ならば私は、いつかその深い紫色を、私の新緑の色で完全に塗り潰して見せますよ。ルミにぃ)

「あ、レオ! 早く行かないと、お店が混んじゃうよ! ほら、急ごう!」

何も知らないルミは、赤くなった顔を誤魔化すように笑うと、再び楽しげに石畳を駆け出していった。

「ええ、今行きます、ルミにぃ」

レオは再び、完璧な「弟」の仮面を被り直し、その白い背中を追って歩みを進めた。
昼下がりの明るい陽光に照らされながらも、レオの落とす影は、底なしの深淵のように濃く、 どこまでも昏く伸びていた。
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