凍てつく姫に、春を告ぐ-蒼き獅子の騎士譚-

レイストール大軍議室。

天を突くような高い天井と、冷たい石壁に囲まれたその部屋は、数百人の精鋭騎士や将軍たちの放つ、張り詰めた熱気と鉄錆の匂いに満ちていた。
しかし、その中央に据えられた巨大な戦術地図の前に「彼ら」が現れた瞬間、喧騒は文字通り氷結した。

「――静粛に」

響いたのは、どこまでも低く、そして美しく統制された声音。
漆黒の豪華な軍服を纏い、この国の「影」を統治する軍師――アルヴィーノ一同を見渡した。
そして、集められた兵士たちが何よりも息を呑んだのは、そのアルヴィーノの僅か一歩後ろ、影のように付き従う小柄な人物の姿だった。

(……あれは、ルミ様、か……?)

騎士たちの間に、声にならない動揺が走る。
かつて城内で見かけることのあった、あの水色の長い髪を揺らし、白く愛らしいロリータ服を纏って無邪気に笑っていた少年。
王族たちに愛され、この冷酷な軍師が唯一、甘い声を向けて溺愛していたはずの存在。
だが、今そこに立つ彼は違っていた。
身に纏っているのは、色褪せた紺色の不穏な従者服。
その透き通るような水色の瞳からは、一切の喜怒哀楽、生気、そして「人間としての感情」が完全に殺し尽くされていた。
主の命令を待つためだけの無機質な肉塊。
ただの「道具」へと自らを貶めたその姿は、かつてヴァルカニア帝国の研究所で心を壊されていた頃の、凄惨な経緯を雄弁に物語っている。
アルヴィーノは隣のルミに一度も視線を向けることなく、長い指先で戦術地図の一点を冷酷に指し示した。

「これより、我が国に仇なさんとするヴァルカニア帝国先遣隊の、完全消滅作戦を開始します」

その声音には、一片の慈悲も存在しない。

「アルフレッド陛下が表舞台で『対話』の席に着かれている間、私たちはその足元で、奴らの退路を完璧に断ちます。作戦は至って単純です。我が精鋭が敵の左右を包囲し、渓谷へと追い込む。……そして、袋の鼠となった有象無象を、後方から一網打尽にする」

アルヴィーノはそこで言葉を区切り、初めて背後の従者へと冷徹な右手をかざした。

「今回の作戦の主砲は、このルミです。私が敵の防壁を粉砕した直後、ルミの闇魔法を、私の指示のままに、最大出力で戦場へと解き放ちます。使い方の分からぬ強大な魔力も、私の統制下にあれば、敵を骨ごと腐らせる完璧な禁忌の兵器となる」
「っ……!」

居並ぶ将軍たちが、そのあまりにも冷酷な作戦に、そして最愛の伴侶であったはずの少年を「兵器」と言い切る軍師の狂気に、背筋を凍らせて息を呑んだ。
しかし、当のルミは、その非人道的な扱いに対して眉一つ動かさない。
ただ人形のように視線を落としたまま、静かに、鈴の鳴るような、しかし感情の剥ぎ取られた声で応じる。

「……はい。我が身も魔力も、全てはアルヴィーノ様の命のままに」

かつてルミを救った際にアルヴィーノが伝授した、「圧倒的な優しさで溺れさせ、依存させる」という愛の檻。
その呪いが完成しているからこそ、ルミはレオへの贖罪のため、そしてアルヴィーノのために、自ら進んで冷たい道具へと戻ってみせたのだ。

「よろしい。我が冷たき刃の前に、大義も、命乞いも無意味です」

アルヴィーノの深い紫色の瞳に、一切の容赦のない「魔王」の光が宿る。

「一人たりとも生かして帰すな。レイストールを脅かす羽虫どもを――文字通り、塵へと還しに行きましょう」

道具として伴侶を従える軍師と、感情を殺して付き従う最強の闇の道具。
その二人の圧倒的な威圧感の前に、大軍議室の騎士たちはただ平伏し、これから始まる凄惨な虐殺の予感に、深く身震いするしかなかった。
61/75ページ
スキ