凍てつく姫に、春を告ぐ-蒼き獅子の騎士譚-

それから数日。

「――なるほど。相手の請求を不当とする根拠に、こちらの古い戦時特例法を持ち出すわけですね。悪くない手ですが、それでは詰めが甘い」

アルヴィーノは机上の地図から視線を上げ、細く切れ長の深い紫色の瞳でレオを見据えた。
その声音は平坦でありながら、冷酷な軍師としての容赦のない響きを孕んでいる。

「交渉の場において、相手に『撤退の余地』を残してはなりません。特例法を突きつけると同時に、我が国の港湾使用権の制限という無言の脅迫を混ぜなさい。相手が引き下がればよし、もし決裂を選べば――私が連れて行く兵の、格好の演習相手になってもらうだけです」
「……御助言、感謝いたします、叔父上。その布石、私の戦略に組み込ませていただきます」

レオは表情を一切崩さず、漆黒の軍服を纏う叔父に向かって深く頭を下げた。
それからの数週間、レオの忙しさは火を見るよりも明らかだった。
朝はアルフレッドの傍らで王族としての法理と、相手の面子を潰さずに引き下がらせる外交の『対話』を学び、夜はアルヴィーノの私室で、交渉が決裂した際、相手国を肉体的・精神的に合法の枠内で蹂躙するための『戦略』を練り上げる。

全てを自身の手で組み立てねばならない。
知略と剣術に優れているとはいえ、経験では父や叔父に到底及ばないのだ。
睡眠時間を削り、机に齧り付くレオの瞳は、日に日に鋭く、昏い執念を帯びていった。

これほどの負荷がかかっても、彼の心が折れることはない。
むしろ、リリィを未来永劫、誰の目にも触れさせぬ完璧な『檻』として、国そのものを法と暴力で作り替える作業は、レオの歪んだ独占欲を激しく歓喜させていた。

だが、その狂気じみた熱量の中心にいる少女は、ただ一人、暗い部屋の片隅で膝を抱えていた。

「……私の、せいです……。私が、お外に、出てしまったから……」

リリィは白く長い髪に顔を埋め、おどおどとした手つきで己の服の裾をきゅっと握り締めた。
赤い瞳には、今にも零れ落ちそうな涙が溜まっている。

レオの部屋にある本を読み、彼が生きる世界を少しでも知りたくて、図譜で見た花を見に庭園へ行っただけだった。それがまさか、このような事態を招くとは思ってもみなかった。

廊下を慌ただしく行き交う兵たちの足音、遠くから聞こえる重々しい会議の声。
そして何より、自分を匿うために、狂ったように書類と戦略に追われているレオの姿。
リリィにも、状況が悪い方へ動き出していることくらいは分かった。

自分のせいで、大好きなレオ様が傷ついてしまうかもしれない。
かつて自分を虐げた故国の恐ろしい影が、この優しい場所まで迫ってきている。

「私、どうしたら……。何をすれば、レオ様をお助けできるでしょうか……」

ぽつりと溢れた細い声は、主のいない広い部屋にただ虚しく吸い込まれていく。
どれだけ本を読んでも、どうしていいか分からない。
何か力になりたくても、自分には奪いに来る者たちを退ける術も、レオのように冷徹に立ち回る知恵もないのだ。

怯え、自責の念に押し潰されそうになりながら、リリィはただ、部屋の扉が激しく開かれるその瞬間を待つことしかできなかった。
守るために「国」という名の巨大な檻を設計する少年と、その檻の中で己の無力を呪いながら、より深く彼への依存を強めていく少女。
二人の歪な愛の歯車は、迫り来る有象無象の足音と共に、確実な噛み合いを見せ始めていた。
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