凍てつく姫に、春を告ぐ-蒼き獅子の騎士譚-

お留守番の二日目。
お城の厨房からルミが新しく調達してきたのは、色とりどりのマカロンと、ふんわり甘い香りのベリーティーだった。
レオの広いベッドの上に二人でちょこんと座り、お菓子を突つきながら、話題は自然とそれぞれの「大好きな人」のことへと移っていく。

「ねえねえ、リリィちゃん! レオってさ、あなたの前だとどんな感じなの?」

ルミは水色の瞳をきらきらと輝かせ、マカロンを片手に身を乗り出した。
ロリータ服のフリルを揺らしながら、無邪気な笑みをリリィに向ける。

「レオ様、ですか……? えっと……とっても、優しいです。私の手をずっと握ってくれて、温かくて……。ここにいる時も、『今日はずっとそばにいる』って、私が眠るまで一緒にいてくれました」

リリィは白い髪の隙間から、ほんのりと頬を赤く染めて呟いた。
小さな手でカップを包み込み、愛おしそうに赤い瞳を伏せる。

「そうなんだ! そっかそっか。ベタ惚れなんだねぇ」

ルミは自分のことのように嬉しそうにキャッキャと笑うと、今度は胸に手を当てて、うっとりとした表情を浮かべた。

「でもね、俺のアルヴィーノも、もっともっと素敵なんだからぁ! 俺が昔、暗くて怖い研究所に閉じ込められてた時、真っ白な服を着て、王子様みたいに助けに来てくれたの。今はもうアルヴィーノ様って呼んでるけど、俺にとっては一生、世界で一番かっこいい王子様なんだぁ」
「ルミにぃは……その、アルヴィーノ様という方が、本当に大好きなのですね」
「うん! 好き! 大好き!」

ルミの突き抜けた明るさと、まっすぐな恋バナに、リリィの口元からも自然と柔らかな笑みがこぼれる。
大好きな人を想う二人の温かい時間が、静かに流れていた。



その頃、北方の吹き荒ぶ戦場――遠征二日目。
前日の過酷な演習による筋肉痛と疲労で、レオの身体は悲鳴を上げていた。
ベッドから起き上がるだけで激痛が走り、関節が軋む。しかし、軍師アルヴィーノに「身体を癒やす時間」などという生ぬるい概念は存在しなかった。

「夜が明けた瞬間から、次の戦いは始まっています。遅いですよ、レオ」

朝日が昇ると同時に、昨日を上回る過酷な演習メニューがレオに叩きつけられた。
容赦のない実戦形式の強行軍。
容赦なく降り注ぐ模擬魔術の爆撃。
重い鎧を纏った身体は泥にまみれ、肺は焼けるように熱い。

「ハァ……ッ、ガハッ……!」

ついにレオの視界がぐにゃりと歪み、剣を杖代わりに泥の上へ突き倒れた。
頭の奥がガンガンと痛み、意識が朦朧とする。

(――もう、無理だ。これ以上は、身体が動かない……)

限界だった。
王子として過保護に育てられたわけではないが、アルヴィーノの地獄のようなシゴキは、人間の精神の限界を容易に削り切る。
心が折れかけ、このまま泥の中に沈んでしまいたいという誘惑が頭をもたげた、その時。

脳裏に、あの部屋の光景が鮮明に蘇った。

自分のふかふかのベッドの真ん中で、小さく丸くなって、幸せそうに眠るリリィの姿。
旅立つ前、俺の服の裾を震える手で握り締めながら、「置いていかないで」と涙を流した、あの愛おしい少女の赤い瞳。

(……ここで、私が倒れてどうする)

自分が弱ければ、彼女のあの幸せな寝顔は一瞬で奪われる。
他国に引きずり戻され、またあの冷たい白亜の塔で、死んだような人形に戻されてしまうのだ。

(そんなことは――我が命に代えても、絶対に許さない!!)

折れかけていたレオの魂に、昏く、凄まじい独占欲の炎が再点火した。
レオは泥を吐き捨て、獣のような咆哮とともに立ち上がった。
その瞳には、肉体の限界を超越した狂気的な執念がギラギラと宿っている。

「ほう。まだその眼ができるのなら、少しは楽しめそうですね」

馬上で冷たく微笑むアルヴィーノの視線を受け止めながら、レオは再び剣を強く握り締め、兵士たちの先頭に立って、地獄の演習の渦中へと突き進んでいくのだった。
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