凍てつく姫に、春を告ぐ-蒼き獅子の騎士譚-

――それからのレオの変貌ぶりは、目を見張るものがあった。
まだ幼い身でありながら、日の出とともに起き出しては剣を執り、泥にまみれ、汗を流して騎士たちの訓練に食らいついた。
小さな手のひらに何度もマメを作り、それが潰れて血がにじんでも、レオが音を上げることは一度としてなかった。
座学においても同様だった。
帝王学、歴史、語学、そして魔術の基礎にいたるまで、家庭教師たちが驚嘆するほどの凄まじい集中力で知識を文字通り貪り尽くしていった。
周囲の大人たちは、その姿を「次期国王としての凄まじい自覚」だと称賛した。
父アルフレッドは我が子の急成長を誇らしく思い、母エルザもまた、我が子ながら畏怖を覚えるほどの聡明さに目を細めていた。
けれど、レオを突き動かしているのは、国家への忠誠でも、王族としての誇りでもない。
ただ、ひとつの目的のためだけだった。

(もっと、強く。もっと、賢く……。あの魔王から、ルミにぃを私のものにするために)

剣を振るう瞬間も、難解な書物を紐解く瞬間も、レオの脳裏に焼き付いて離れないのは、あの蜂蜜色の昼下がりに見たルミの笑顔。
そして、自分を冷徹に見下ろしたアルヴィーノの紫の瞳だった。
真っ直ぐな光の王子では届かない。
ならば、叔父の持つあの冷酷なまでの強さと、すべてを支配する策謀を、この身に宿すまで。
そんなレオの、胸の奥底でじわじわと黒く育っていく歪な執念など、ルミは知る由もなかった。

「レオ! お疲れ様!」

ある日の夕暮れ。
長時間の過酷な勉学を終え、執務机に一人座っていたレオのもとに、パタパタと小気味よい足音が近づいてきた。
扉が開くと同時に現れたのは、いつものように白くてふわふわなロリータ服を纏った、水色の髪の「お兄ちゃん」だった。
ルミは両手に、王宮の厨房で特別に分けてもらったという、出来立ての焼き菓子が載った皿を大事そうに抱えている。

「ルミにぃ……」

それまで冷徹に書類を見つめていたレオの表情が、ルミの姿を認めた瞬間に、一変して年相応の愛らしい少年のものへと戻った。
緑の瞳にぱっと輝かしい光が灯る。

「今日もいっぱーいお勉強頑張ったんだってね。侍女の人から聞いたよ。ほら、レオの大好きなクッキー、持ってきてあげた!」

ルミは皿を机に置くと、少し息を弾ませながら、レオの隣にしゃがみ込んだ。
そして、自分のことのように嬉しそうな笑顔を浮かべ、小さな手のひらでレオのプラチナブロンドの髪をくしゃくしゃと 撫で回した。

「本当にレオはすごいなぁ。まだこんなに小さいのに、俺なんかよりずーっとお利口さんで、一生懸命で……。うん、すっごく格好いい!」

ルミにとっては、何の裏もない、頑張る可愛い弟への最大級の褒め言葉だった。
あの日、エルザと交わした約束通り、レオを立派な男の子へと導けているという、純粋なお兄ちゃんとしての誇らしさ。
けれど、そのルミの口から零れた「格好いい」という言葉は、レオの胸を激しく、 甘美に突き刺した。

「……本当ですか?」

レオは髪を撫でてくれるルミの手の上に、自分の小さな手をそっと重ねた。
ルミに撫でられている心地よさに目を細めながらも、その新緑の瞳は、ルミの水色の瞳をじっと真っ直ぐに見つめている。

「ルミにぃ。私は、もっともっと強くなります。ルミにぃが驚くくらい、誰よりも賢くて、誰よりも頼りになる、特別な男になりますから」
「あはは、うん! 楽しみにしてるね」

ルミはレオの言葉の裏にある、底知れない独占欲や執着には全く気づかず、ただただ無邪気に笑ってレオの手を握り返した。
ルミの手は温かく、どこまでも無防備で、優しい。
ルミにぃは、まだ何も気づいていない。
自分がただの「可愛い弟」としてルミの隣にいる間に、その足元から、じわじわと逃げられないように外堀を埋めようとしている、この猟犬の存在に。
夕暮れの茜色の光が室内に差し込み、二人の影を長く床に落としていた。
ルミの純粋な光に照らされながら、レオは握られた手の温もりを噛み締め、心の奥底で静かに、 けれど確実に、その牙を研ぎ澄ませていくのだった。
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