凍てつく姫に、春を告ぐ-蒼き獅子の騎士譚-

王宮の夜は、ただ静かに、そして残酷に更けていく。

アルヴィーノの私室、あるいは薄暗い執務室の床には、もはや数え切れないほどの羊皮紙の破片が、まるで惨劇のあとの白い花びらのように散らばっていた。

「やり直しです。敵の第二陣の動きを楽観視しすぎている」
「やり直し。これでは退路が狭すぎる。ただの罠です」
「やり直し――」

冷徹な声が響くたび、レオの魂が、プライドが、微塵切りにされていく。
あの日、父親であるアルフレッドの制止を振り切り、自ら地獄へ残ることを選んでから、レオの日々はさらに過酷さを増していた。
差し出される作戦書は一瞥だけで破り捨てられ、その度にレオは、血走った眼で再びペンを握る。

睡眠を奪われ、思考を限界まで研ぎ澄まされ、肉体も精神も、文字通り死の淵を彷彿とさせるほどに衰弱していた。

そんな狂気と緊迫の空間を、静かに見守る一つの影があった。

「……アルヴィーノ様、レオ。お茶、淹れたよ」

水色の長髪を揺らし、白いロリータ服を纏ったルミが、湯気の立つティーカップを乗せたトレイを手に、音もなく部屋に入ってきた。

ルミの心境は複雑だった。
かつて自分に向けて狂気的な執着を向けていたレオ。
その彼が、今はボロ雑巾のように弱り果て、目の前でアルヴィーノに徹底的に踏み躙られている。
アルヴィーノの、兵を駒としか思わない「慈悲なき軍師」としての本領が、実の甥に対してこれでもかと発揮されていた。
普通なら、目を背けたくなるような凄惨な光景。
だが、ルミは知っている。
アルヴィーノがなぜこれほどまでに冷酷にレオを扱っているのかを。
それは、レオの歪んだ執着の矛先を完全にリリィへと固定し、二度と自分たちの不可侵の世界(檻)へ近づけさせないための、最も確実で残酷な防衛策なのだ。

そして何より、ルミ自身、アルヴィーノのその傲慢で絶対的な独占欲を心地よく受け入れている身だ。
だからこそ、どれだけ目の前のレオが擦り切れていこうとも、ルミがそこに口を挟むことは許されない。
公的にも、私的にも、彼を止める大義名分など、ルミにはなかった。

ルミにできるのは、ただ、静かにお茶を差し出すことだけだった。

「置いておきなさい、ルミ」

アルヴィーノはルミに向ける時だけ、その紫の瞳の奥に僅かな、しかし濃厚な甘さを滲ませる。
ルミの頭を優しく、愛おしげに一度だけ撫でると、すぐにその視線は床に這いつくばるレオへと戻り、再び冷徹な氷へと変わる。

「……ありがとうございます、ルミにぃ」

レオは掠れた声でそう呟き、差し出されたカップに手を伸ばした。
だが、その指先は疲労でガタガタと震え、陶器の触れ合うカチカチという音が虚しく響く。
かつてなら、ルミがお茶を淹れてくれたというだけで、狂おしいほどの喜びを顔に出していただろう。だが今のレオには、そんな余裕すら残されていなかった。

ルミは、そんなレオの震える手を、そして彼の眼の奥でどろりと燃え続ける、リリィへの「新たなる執着の炎」を黙って見つめた。

(……ごめんね、レオ。俺には、こうやってお茶を出すことしかできない)

ルミは小さく胸の中で呟き、一歩後ろへ下がる。
自分が救うべきは、目の前の憐れな少年ではない。
自分を救ってくれた、世界でただ一人の主人であり番である、アルヴィーノ・レイストールだけなのだから。

「レオ。お茶を飲む暇があるのなら、早く次の策を組み立てなさい。夜明けまで、あと二時間もありませんよ」

アルヴィーノの冷酷な煽りが、再び部屋の空気を支配する。
レオは震える手で温かい紅茶を喉へ流し込むと、その熱さで無理やり意識を覚醒させ、再び羊皮紙へと向かった。

踏み躙る魔王と、泥を啜りながら怪物へと変貌していく若き策士。
その歪な師弟関係を、ルミはただ、主の影に寄り添いながら静かに見つめ続けていた。
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