凍てつく姫に、春を告ぐ-蒼き獅子の騎士譚-

それから始まったのは、戦略会議という名の、ただの地獄だった。

 「――不採用です。論ずるに値しない」

何度目かも分からない冷徹な声と共に、レオが寝る間を惜しんで書き上げた羊皮紙が、容赦なく机の上に放り捨てられた。
アルヴィーノは、書類に一度視線を走らせただけで、そのすべてを見限る。紫の細い瞳には、退屈さすら滲んでいた。

「隣国の防衛網の隙を突く? 浅はかですね。その隙自体が、侵入者を誘い込むための罠である可能性をなぜ考慮しない。貴方の立てる計画には、常に『敵がこちらの想定通りに動く』という甘えがある。実戦でそのような慢心を抱けば、貴方だけでなく、連れて行った兵も、そしてその少女も、文字通り塵に変わりますよ」
「……っ」

レオは言葉を失い、拳を固く握り締めた。
この戦略なら完璧だ、今度こそリリィを救い出せる――そう確信して提出した計画は、アルヴィーノの圧倒的な戦術眼の前で、ことごとく、一瞬にして玉砕していった。
すべてを否定される日々。
自分の知略など、この「魔王」の前ではただの砂の城に過ぎないのだと、毎日、毎時間、突きつけられ続けた。

しかし、レオに立ち止まる時間など与えられない。

昼間は、次期国王としていつも通りの帝王学の講義が待っている。
頭が割れるような思考の連続。
その後は、息を継ぐ暇もなく剣術の厳しい修行。
容赦なく打ち込まれる木剣を全身の骨がきしむ音を聞きながら受け流し、体力を限界まで削り取られる。

そして夜。本来なら泥のように眠るべきその時間が、レオにとっての本番だった。

自室の机に向かい、微かな蝋燭の光を頼りに、隣国の地図と睨み合う。
地脈の流れ、警備兵の交代周期、あの呪詛の枷を解くための魔力計算。
疲労で視界がかすみ、文字が歪んで見える。思考が混濁し、ペンを持つ指先が震えた。

カチ、と頭が下がり、限界を迎えた意識が闇に落ちそうになった、その瞬間。

「その程度ですか、レオ」

背後の闇から、冷酷な声が鼓膜を打った。
いつの間にか部屋に音もなく佇んでいたアルヴィーノが、鋭い視線でレオを見下ろしている。

「眠りたいのなら、そのまま一生眠っていなさい。貴方がそうして意識を手放している間にも、白亜の塔の少女は冷え切った床の上で、泥のような残飯を喉に詰まらせている。貴方のその程度の執着など、ただの若気の至りだったと、明日兄上に報告しておきましょう」

その言葉は、睡魔に襲われていたレオの脳髄を、極寒の氷水のように覚醒させた。

「……違、います……!」

レオは血の滲むような声を絞り出し、ガタガタと震える身体を無理やり机に向かわせた。
眠るな。考えるのをやめるな。
自分が瞼を閉じるその一瞬、彼女はあの檻の中で泣いているのだ。
叔父にどれだけ罵倒されようと、無能だと切り捨てられようと、プライドなどとうに捨てた。

「私は……諦めない。必ず、完璧な戦略を立ててみせる……!」

狂気にも似た執念だけが、レオの衰弱しきった身体を動かしていた。
その痛々しいほどにギラついた甥の背中を、アルヴィーノはただ静かに、深い闇のような瞳で見つめ続けていた。
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