凍てつく姫に、春を告ぐ-蒼き獅子の騎士譚-
王宮の一角にある国王の執務室は、うず高く積まれた書類と、重厚な革椅子の匂いに満ちていた。
国王アルフレッド・レイストールは、羽ペンを動かす手を止め、目の前に立つ小さな息子を見つめていた。
プラチナブロンドの髪に、新緑の緑の瞳。
自分と妻の面影を色濃く残す我が子が、珍しく真剣な、けれどどこか思い詰めたような顔をして自分を見上げている。
「父上。……かっこいい男になるためには、どうしたらいいのでしょうか」
小さな拳をぎゅっと握りしめ、レオは真っ直ぐな声を響かせた。
その瞳の奥には、幼子らしからぬ強い決意の光が宿っている。
「私は、もっと強くて、賢い男になりたいのです。ルミにぃに……ルミにぃに、ちゃんと『かっこいい』と言ってもらえるような、そんな男に」
庭園で、叔父であるアルヴィーノから突きつけられた、あの冷徹な言葉。
「ルミは私のものですから」という絶対的な拒絶。
それがレオの幼い心に深く突き刺さり、彼を突き動かしていた。
大好きなルミにぃの隣に並ぶためには、お兄ちゃんとして甘えているだけでは駄目なのだと、子供ながらに察したのだ。
息子のあまりにも純粋で、けれどどこか切実な動機を聞いたアルフレッドは、一瞬だけ驚いたように碧眼を見開いた。
それから、全てを察したように、ふっと優しく、けれどどこか遠い目をして苦笑した。
アルフレッドには分かっていた。
実の弟であるアルヴィーノが、どれほどルミを激しく溺愛しているか。
そして、あの「慈悲なき軍師」が、たとえ幼い甥相手であっても、自分の獲物を前にしたら容赦なく威圧したであろうことも、容易に想像がついた。
(ああ、アルヴィーノのやつ……絶対にこの子に大人気ない洗礼を与えたな……)
アルフレッドは心の中でそっと胃を押さえ、深くため息をつきそうになるのを堪えた。
そして、椅子から立ち上がると、レオの前に歩み寄り、その小さな肩にそっと手を置いた。
その眼差しは、一国の王としての威厳と、父親としての深い慈愛に満ちている。
「レオ。君がルミくんのために格好いい男になりたいと思う気持ちは、とても素敵だ。男が誰かを守るために強くなりたいと願うのは、素晴らしいことだからね」
アルフレッドは一度言葉を切り、レオの目線に合わせるようにゆっくりと屈み込んだ。
「だけどね、レオ。……『かっこいい』というのは、ただ力が強いことや、誰かを力ずくで従わせることだけを言うんじゃないんだよ。本当にかっこいい男というのはね、大切な人の幸せを一番に考えられる、広くて優しい心を持っている人のことなんだ」
それは、かつて「優しさだけでは解決できない」と知りながらも、それでも「対話と善性」を重んじて威厳ある王へと成長した、アルフレッドだからこその言葉だった。
「ルミくんが笑ってくれるために、自分に何ができるか。それを考え、周りの人々をも包み込めるような光になれる男こそが、本当にかっこいい王子様だと僕は思うよ。君には、そんな風に真っ直ぐ育ってほしいな」
父の言葉は、どこまでも温かく、正しかった。
「光の王子」として生きるアルフレッドの素晴らしい教え。
「……はい、父上。よく分かりました」
レオは素直に頷き、深く一礼した。
その顔には、父の教えに納得したような、静かな微笑みが浮かんでいる。
しかし。
アルフレッドの温かい手を離れ、執務室をあとにしたレオの緑の瞳から、またたく間にその「光」が消え失せていった。
長い回廊を一人歩きながら、レオは父の言葉を頭の中で冷徹に反芻し、全く違う答えを導き出していた。
(大切な人の幸せを、一番に考える……。ルミにぃの幸せは、叔父上と一緒にいること。……そんなの、私は絶対に嫌です)
レオの小さな胸の中で、何かが歪な音を立てて 狂い始めていく。
(真っ直ぐな光の王子様では、あの魔王からルミにぃを奪うことはできない。父上のように優しく諭すだけでは、外側の世界は変えられない……。必要なのは、叔父上のような圧倒的な『力』と、確実に外堀を埋めていく『策謀』だ)
父親から「アルヴィーノのようになるな」と、暗に優しさを諭された結果。
レオの才能は、逆に最悪な方向へと覚醒した。
叔父の冷酷さと独占欲を模倣し、さらにそれを「光の王子」の仮面で覆い隠すという、恐るべき策士への道。
まだ誰も気づかない王宮の暗がりの一角で、幼き王子の新緑の瞳が、じっと深く昏い光を放ち始めていた。
国王アルフレッド・レイストールは、羽ペンを動かす手を止め、目の前に立つ小さな息子を見つめていた。
プラチナブロンドの髪に、新緑の緑の瞳。
自分と妻の面影を色濃く残す我が子が、珍しく真剣な、けれどどこか思い詰めたような顔をして自分を見上げている。
「父上。……かっこいい男になるためには、どうしたらいいのでしょうか」
小さな拳をぎゅっと握りしめ、レオは真っ直ぐな声を響かせた。
その瞳の奥には、幼子らしからぬ強い決意の光が宿っている。
「私は、もっと強くて、賢い男になりたいのです。ルミにぃに……ルミにぃに、ちゃんと『かっこいい』と言ってもらえるような、そんな男に」
庭園で、叔父であるアルヴィーノから突きつけられた、あの冷徹な言葉。
「ルミは私のものですから」という絶対的な拒絶。
それがレオの幼い心に深く突き刺さり、彼を突き動かしていた。
大好きなルミにぃの隣に並ぶためには、お兄ちゃんとして甘えているだけでは駄目なのだと、子供ながらに察したのだ。
息子のあまりにも純粋で、けれどどこか切実な動機を聞いたアルフレッドは、一瞬だけ驚いたように碧眼を見開いた。
それから、全てを察したように、ふっと優しく、けれどどこか遠い目をして苦笑した。
アルフレッドには分かっていた。
実の弟であるアルヴィーノが、どれほどルミを激しく溺愛しているか。
そして、あの「慈悲なき軍師」が、たとえ幼い甥相手であっても、自分の獲物を前にしたら容赦なく威圧したであろうことも、容易に想像がついた。
(ああ、アルヴィーノのやつ……絶対にこの子に大人気ない洗礼を与えたな……)
アルフレッドは心の中でそっと胃を押さえ、深くため息をつきそうになるのを堪えた。
そして、椅子から立ち上がると、レオの前に歩み寄り、その小さな肩にそっと手を置いた。
その眼差しは、一国の王としての威厳と、父親としての深い慈愛に満ちている。
「レオ。君がルミくんのために格好いい男になりたいと思う気持ちは、とても素敵だ。男が誰かを守るために強くなりたいと願うのは、素晴らしいことだからね」
アルフレッドは一度言葉を切り、レオの目線に合わせるようにゆっくりと屈み込んだ。
「だけどね、レオ。……『かっこいい』というのは、ただ力が強いことや、誰かを力ずくで従わせることだけを言うんじゃないんだよ。本当にかっこいい男というのはね、大切な人の幸せを一番に考えられる、広くて優しい心を持っている人のことなんだ」
それは、かつて「優しさだけでは解決できない」と知りながらも、それでも「対話と善性」を重んじて威厳ある王へと成長した、アルフレッドだからこその言葉だった。
「ルミくんが笑ってくれるために、自分に何ができるか。それを考え、周りの人々をも包み込めるような光になれる男こそが、本当にかっこいい王子様だと僕は思うよ。君には、そんな風に真っ直ぐ育ってほしいな」
父の言葉は、どこまでも温かく、正しかった。
「光の王子」として生きるアルフレッドの素晴らしい教え。
「……はい、父上。よく分かりました」
レオは素直に頷き、深く一礼した。
その顔には、父の教えに納得したような、静かな微笑みが浮かんでいる。
しかし。
アルフレッドの温かい手を離れ、執務室をあとにしたレオの緑の瞳から、またたく間にその「光」が消え失せていった。
長い回廊を一人歩きながら、レオは父の言葉を頭の中で冷徹に反芻し、全く違う答えを導き出していた。
(大切な人の幸せを、一番に考える……。ルミにぃの幸せは、叔父上と一緒にいること。……そんなの、私は絶対に嫌です)
レオの小さな胸の中で、何かが歪な音を立てて 狂い始めていく。
(真っ直ぐな光の王子様では、あの魔王からルミにぃを奪うことはできない。父上のように優しく諭すだけでは、外側の世界は変えられない……。必要なのは、叔父上のような圧倒的な『力』と、確実に外堀を埋めていく『策謀』だ)
父親から「アルヴィーノのようになるな」と、暗に優しさを諭された結果。
レオの才能は、逆に最悪な方向へと覚醒した。
叔父の冷酷さと独占欲を模倣し、さらにそれを「光の王子」の仮面で覆い隠すという、恐るべき策士への道。
まだ誰も気づかない王宮の暗がりの一角で、幼き王子の新緑の瞳が、じっと深く昏い光を放ち始めていた。