凍てつく姫に、春を告ぐ-蒼き獅子の騎士譚-
隣国からの帰路、馬車の車内に満ちていたのは、息が詰まるほどの沈黙だった。
対面に座る父アルフレッドは、窓外へと流れる景色を眺めながら、時折、痛ましげな視線を息子へと向けていた。
ルミを失ったショックからようやく立ち直り、新たな思索に耽っているのだろう――父は、レオの沈黙をそのように解釈し、そっとしておいているのだ。
だが、馬車の小刻みな揺れに身を委ねるレオの脳裏を占拠していたのは、ルミのことではなかった。
(リリィ……)
目を閉じれば、今も鮮明に浮かび上がる。
初雪のように白い髪、血のように鮮烈な赤い瞳。
そして、強く触れればそれだけで粉々に砕けてしまいそうだった、あの華奢な身体。
自国へ戻り、見慣れた王宮の私室に帰ってきてからも、レオの思考は彼女のことで完全に飽和していた。
義務づけられた政務の書類に目を通し、ペンを動かしていても、意識は瞬時にあの薔薇の庭園へと引き戻される。
一体、彼女は何者なのか。
王宮の最高位の仕立てと思われる上質なドレスを纏いながら、なぜ誰もいない庭園の奥に、あのように潜むようにして現れたのか。
「……だいじょーぶ……ですか……?」
耳の奥にこびりついて離れない、あのか細い声。
ルミに振られ、世界のすべてから拒絶され、深い奈落の底に落ちていた自分を、ただ純粋な心配の目で見つめてくれた唯一の少女。
だが、彼女を取り巻く環境は、あまりにも不自然で、歪んでいた。
他国の次期国王たる自分が尋ねただけで、顔を青ざめさせ、震えながら口を噤んだあの初老の侍女。
そして、人の気配を察した瞬間に、怯えた小動物のように逃げ出してしまったリリィ自身のあの態度。
(あの城の人間は、総出であの子の存在を隠蔽しようとしている。いや、存在そのものを『無かったこと』にしているのだ)
かつて、最愛のルミにぃが、あのどす黒い研究所の闇の奥で、実験体として囚われていたように。
リリィもまた、あの隣国の城の、人目に触れさせてはならない醜悪な「闇」の犠牲になっているのではないか。
そう結論付けた瞬間、レオの胸の奥底で、しばらく鳴りを潜めていた冷徹な『システム』が、音を立てて冷たく狂い咲いた。
ルミの隣には、アルヴィーノという絶対的な魔王がいた。
どれほど足掻いても、自分の光が届かないほどの、圧倒的な歴史と絆の闇がそこにはあった。
だが、リリィの周囲にあるのは、権力と保身のために一人の少女を縛り付ける、脆く、汚らわしい城の歪みに過ぎない。
(私が……引き摺り出して、この手に……)
じわり、と机の上に置かれたレオの細い指先から、眩いばかりの、しかし底の知れない執着を孕んだ「光」の魔力が漏れ出し、ペンを白く焦がしていく。
あの子が怯え、震えているというのなら。
その足枷をすべて叩き潰し、私のこの完璧な光の檻(ゆりかご)の中で、二度と怯えなくていいように、永遠に独占して守り続けてあげる。
新緑の瞳の奥に、かつてないほど昏く、そして純粋な救済の狂気が宿る。
完全なる失恋の果てに自壊した王子は、今、その歪んだ牙のすべてを、まだ見ぬ少女の闇へと向け、静かに研ぎ澄ませ始めていた。
対面に座る父アルフレッドは、窓外へと流れる景色を眺めながら、時折、痛ましげな視線を息子へと向けていた。
ルミを失ったショックからようやく立ち直り、新たな思索に耽っているのだろう――父は、レオの沈黙をそのように解釈し、そっとしておいているのだ。
だが、馬車の小刻みな揺れに身を委ねるレオの脳裏を占拠していたのは、ルミのことではなかった。
(リリィ……)
目を閉じれば、今も鮮明に浮かび上がる。
初雪のように白い髪、血のように鮮烈な赤い瞳。
そして、強く触れればそれだけで粉々に砕けてしまいそうだった、あの華奢な身体。
自国へ戻り、見慣れた王宮の私室に帰ってきてからも、レオの思考は彼女のことで完全に飽和していた。
義務づけられた政務の書類に目を通し、ペンを動かしていても、意識は瞬時にあの薔薇の庭園へと引き戻される。
一体、彼女は何者なのか。
王宮の最高位の仕立てと思われる上質なドレスを纏いながら、なぜ誰もいない庭園の奥に、あのように潜むようにして現れたのか。
「……だいじょーぶ……ですか……?」
耳の奥にこびりついて離れない、あのか細い声。
ルミに振られ、世界のすべてから拒絶され、深い奈落の底に落ちていた自分を、ただ純粋な心配の目で見つめてくれた唯一の少女。
だが、彼女を取り巻く環境は、あまりにも不自然で、歪んでいた。
他国の次期国王たる自分が尋ねただけで、顔を青ざめさせ、震えながら口を噤んだあの初老の侍女。
そして、人の気配を察した瞬間に、怯えた小動物のように逃げ出してしまったリリィ自身のあの態度。
(あの城の人間は、総出であの子の存在を隠蔽しようとしている。いや、存在そのものを『無かったこと』にしているのだ)
かつて、最愛のルミにぃが、あのどす黒い研究所の闇の奥で、実験体として囚われていたように。
リリィもまた、あの隣国の城の、人目に触れさせてはならない醜悪な「闇」の犠牲になっているのではないか。
そう結論付けた瞬間、レオの胸の奥底で、しばらく鳴りを潜めていた冷徹な『システム』が、音を立てて冷たく狂い咲いた。
ルミの隣には、アルヴィーノという絶対的な魔王がいた。
どれほど足掻いても、自分の光が届かないほどの、圧倒的な歴史と絆の闇がそこにはあった。
だが、リリィの周囲にあるのは、権力と保身のために一人の少女を縛り付ける、脆く、汚らわしい城の歪みに過ぎない。
(私が……引き摺り出して、この手に……)
じわり、と机の上に置かれたレオの細い指先から、眩いばかりの、しかし底の知れない執着を孕んだ「光」の魔力が漏れ出し、ペンを白く焦がしていく。
あの子が怯え、震えているというのなら。
その足枷をすべて叩き潰し、私のこの完璧な光の檻(ゆりかご)の中で、二度と怯えなくていいように、永遠に独占して守り続けてあげる。
新緑の瞳の奥に、かつてないほど昏く、そして純粋な救済の狂気が宿る。
完全なる失恋の果てに自壊した王子は、今、その歪んだ牙のすべてを、まだ見ぬ少女の闇へと向け、静かに研ぎ澄ませ始めていた。