凍てつく姫に、春を告ぐ-蒼き獅子の騎士譚-
それから数日の月日が、何事もなかったかのように王宮を流れていった。
狂乱の嵐が去った後、レオは驚くほど静かに日常へと戻った。
次期国王として、自身に与えられた膨大な職務――領地からの報告書の精査、内政の議論、騎士団の演習の視察――そのすべてを、遅滞なく、完璧に全うしている。
しかし、その姿はまるで、精巧に作られたゼンマイ仕掛けの人形のようだった。
「……承知いたしました。この件は、こちらの修正案で進めてください」
進言に訪れた文官へ向けられる声には、かつて周囲を魅了した瑞々しい響きはなく、ただ平坦で、乾いた響きしか持ち合わせていない。
新緑の瞳は美しく透き通っているものの、そこには何の光も、何の覇気も宿っていなかった。
何かを渇望することも、怒ることも、笑うことすら忘れたかのように、レオはただ、上から与えられるタスクを淡々と、機械的に熟すだけの日々を送っている。
魂がどこか別の場所に置き去りにされたようなその姿は、痛々しいほどに静かだった。
――そして、あの事件以来、ルミがレオの前に姿を現すことは、二度となかった。
私室の片隅で、ルミは膝を抱え、水色の長い髪を落として酷く深く悔いていた。
「お兄ちゃん」として、無邪気にレオを可愛がり、距離を縮めていた自分のすべての行動。
それが、レオの中に狂おしいほどの執着の炎を灯し、彼を暗い禁忌の道へと追い詰めてしまったのだと、今になって気づいたからだ。
無知は罪だった。
自分の無垢さが、大切な「弟」をここまで壊してしまった。
ルミは自分の選択を少しも後悔していなかったが、レオをこのような悍ましい結末に引きずり込んだ原因が自分にあるという事実に、胸を抉られるような罪悪感を抱き、ただ遠くから彼の無事を祈ることしかできなかった。
そんな二人とは対照的に、アルヴィーノはどこまでも「いつも通り」だった。
軍議を統制し、チェス盤の駒を動かし、私室に戻ればルミを甘やかに溺愛する。
甥がどれほど魂を摩耗させていようとも、彼にとっては「我が小鳥を脅かした外敵が、身の程を知って引き下がった」というだけの話だった。
そこには一切の感傷も、容赦もない。
徹底して冷酷非情な魔王のまま、彼は自身の絶対的な世界を維持し続けていた。
「……レオ」
執務室の机を挟み、書類を差し出す息子の姿を、アルフレッドはただじっと見つめていることしかできなかった。
完璧に職務を熟すレオの、そのあまりにも生気のない横顔。
あの日、自分が放った「最初からスペースはなかった」という言葉が、息子の狂気を止める代わりに、彼の心そのものを完全に叩き潰してしまったのだと、アルフレッドは嫌というほど理解していた。
だが、こうするしかなかったのだ。
そう自分に言い聞かせても、目の前にいる、抜け殻のようになってしまった我が子を見ていると、胸が張り裂けそうになる。
かけられる言葉は、もう何もなかった。
慰めも、励ましも、今のレオにとってはただの無意味な雑音でしかない。
王宮の回廊に、淡々と、けれど確実に破滅の余韻を残しながら、静かな冬のような時間が刻まれていく。
かつて「光の王子」と呼ばれた少年は、すべてを失った暗闇の淵で、ただ静かに、冷たい息を吐き出し続けていた。
狂乱の嵐が去った後、レオは驚くほど静かに日常へと戻った。
次期国王として、自身に与えられた膨大な職務――領地からの報告書の精査、内政の議論、騎士団の演習の視察――そのすべてを、遅滞なく、完璧に全うしている。
しかし、その姿はまるで、精巧に作られたゼンマイ仕掛けの人形のようだった。
「……承知いたしました。この件は、こちらの修正案で進めてください」
進言に訪れた文官へ向けられる声には、かつて周囲を魅了した瑞々しい響きはなく、ただ平坦で、乾いた響きしか持ち合わせていない。
新緑の瞳は美しく透き通っているものの、そこには何の光も、何の覇気も宿っていなかった。
何かを渇望することも、怒ることも、笑うことすら忘れたかのように、レオはただ、上から与えられるタスクを淡々と、機械的に熟すだけの日々を送っている。
魂がどこか別の場所に置き去りにされたようなその姿は、痛々しいほどに静かだった。
――そして、あの事件以来、ルミがレオの前に姿を現すことは、二度となかった。
私室の片隅で、ルミは膝を抱え、水色の長い髪を落として酷く深く悔いていた。
「お兄ちゃん」として、無邪気にレオを可愛がり、距離を縮めていた自分のすべての行動。
それが、レオの中に狂おしいほどの執着の炎を灯し、彼を暗い禁忌の道へと追い詰めてしまったのだと、今になって気づいたからだ。
無知は罪だった。
自分の無垢さが、大切な「弟」をここまで壊してしまった。
ルミは自分の選択を少しも後悔していなかったが、レオをこのような悍ましい結末に引きずり込んだ原因が自分にあるという事実に、胸を抉られるような罪悪感を抱き、ただ遠くから彼の無事を祈ることしかできなかった。
そんな二人とは対照的に、アルヴィーノはどこまでも「いつも通り」だった。
軍議を統制し、チェス盤の駒を動かし、私室に戻ればルミを甘やかに溺愛する。
甥がどれほど魂を摩耗させていようとも、彼にとっては「我が小鳥を脅かした外敵が、身の程を知って引き下がった」というだけの話だった。
そこには一切の感傷も、容赦もない。
徹底して冷酷非情な魔王のまま、彼は自身の絶対的な世界を維持し続けていた。
「……レオ」
執務室の机を挟み、書類を差し出す息子の姿を、アルフレッドはただじっと見つめていることしかできなかった。
完璧に職務を熟すレオの、そのあまりにも生気のない横顔。
あの日、自分が放った「最初からスペースはなかった」という言葉が、息子の狂気を止める代わりに、彼の心そのものを完全に叩き潰してしまったのだと、アルフレッドは嫌というほど理解していた。
だが、こうするしかなかったのだ。
そう自分に言い聞かせても、目の前にいる、抜け殻のようになってしまった我が子を見ていると、胸が張り裂けそうになる。
かけられる言葉は、もう何もなかった。
慰めも、励ましも、今のレオにとってはただの無意味な雑音でしかない。
王宮の回廊に、淡々と、けれど確実に破滅の余韻を残しながら、静かな冬のような時間が刻まれていく。
かつて「光の王子」と呼ばれた少年は、すべてを失った暗闇の淵で、ただ静かに、冷たい息を吐き出し続けていた。