凍てつく姫に、春を告ぐ-蒼き獅子の騎士譚-
それからのレオは、まるで何かに憑りつかれたかのように、二人の絆を切り裂くための策謀に没頭していった。
これまでの失敗から、力尽くでの奪還も、付け焼き刃の知略も通じないことは痛いほど知った。
ならば狙うべきは、二人の「内側」だ。
ほんの僅かな猜疑の泥を、主従であり伴侶である二人の隙間に流し込めばいい。
レオは完璧に無害な「可愛い弟」の仮面を被り直し、じわじわと動いた。
ある時は、王宮の古い書庫で見つけたと称して、ルミの生まれ故郷である「研究所」に纏わる、アルヴィーノに不都合な偽造書類をルミの目に触れるように仕向けた。
アルヴィーノがルミを救ったのは、純粋な慈悲ではなく、その高い魔力を軍事利用するためだった――そう錯覚させるために。
またある時は、他国の美しい王女からの偽の釣書や、アルヴィーノがルミに隠して進めているという偽の「婚姻計画」の噂を、侍女たちの口を介してルミの耳へと届けさせた。
――しかし、そのすべてが、嘲笑うかのように無に帰した。
レオの張り巡らせた謀略の糸は、それが形を成す前に、すべてアルヴィーノに看破されていた。
王宮の情報網の根底を握る軍師にとって、甥の小細工など、どこにどの駒を置いたかが一目で分かる盤面のようなもの。
アルヴィーノはあえてそれを力尽くで潰すことはせず、ただ冷徹に、レオの策謀の「先」を読んでルミを保護し、あるいは偽情報を本物の情報へすり替えて無力化した。
そして何より、レオの行く手を阻んだのは、ルミ自身の、狂おしいほどの「無垢」だった。
「アルヴィーノが俺の魔力を利用しようとしてる? うん、知ってるよ! 俺の力が王子様の役に立つなら、いくらでも使ってほしいんだ! だってそしたら俺はずっとアルヴィーノと一緒にいられるし、もっと『いい子ですね』って頭をなでてほめてくれるんだもんっ」
「え? アルヴィーノに縁談? 大丈夫だよ。あの人が誰を選んでも、俺はあの人の一番の従者だから」
どんなに泥を投げつけても、ルミのアルヴィーノへの信頼は、最初から絶対の光の中にあった。
傷を癒やし合い、魂の底で結ばれた絆は、他人の言葉一つで揺らぐほど脆くはない。
それどころか、ルミは必死に策を巡らせるレオの、その張り詰めた様子を「無理をして勉強している」のだと勘違いし、いつも心配そうに駆け寄ってきた。
「レオ、またそんなに難しい顔をして……。あんまり根を詰めちゃダメだよ? ほら、レオの大好きなミントティーを淹れたから、一緒に飲もう?」
差し出される、温かい茶と、一点の曇りもない慈愛の笑み。
ルミの瞳に映る自分は、いつだって「守ってあげるべき、歳の離れた可愛い弟」でしかなかった。
その強固な檻は、レオがどれほど男としての色香を放とうと、どれほど卓越した知略を見せつけようと、びくともしなかった。
うまくいかない。
どうしてだ。
なぜ、これほど欲しているのに、あの人の世界の端にすら触れられない。
どんなに手を伸ばしても、ルミの意識は、常に壁際でチェス盤を見つめる叔父の姿を追っている。
(どうしたら……どうしたら、あの檻を壊せる? どうすれば、ルミにぃは私を『男』として見てくれる……?)
自室の暗闇の中、レオは狂おしい悔しさと焦燥に身を焦がし、自身の爪が手のひらに食い込んで血がにじむのも気づかずに考え続けた。
アルヴィーノがいる限り、ルミは決して振り向かない。だが、アルヴィーノを排除することは、今の己の力では不可能だ。ルミの信頼を揺るがすこともできない。
――混濁する思考の果てに、レオの歪んだ天才的頭脳が、一つの「禁忌」へと辿り着いた。
ルミ自身の心が「弟」という檻を作っているのなら。
その心そのものを、私の手で、都合よく『書き換えて』しまえばいいのではないか。
レオの新緑の瞳が、暗闇の中でドス黒く濁った。
王宮の禁書庫の奥深くに眠る、精神干渉の古代禁術。
対象の記憶を改ざんし、認識を歪めるその呪法を使えばルミの記憶からアルヴィーノという存在を綺麗に消し去り、最初から自分だけを愛する「伴侶」として、世界を再構築できる。
それは、ルミの心を本当の意味で殺すに等しい、最悪の暴挙。
しかし、狂愛の深淵に足を踏み外した光の王子は、ついにその禁忌の書へと、白く細い指先を伸ばしたのだった。
完璧な「無害」を演じる時間は終わった。
王宮の最深部、限られた王族さえ立ち入りを禁じられた禁書庫の闇の中で、レオはその術式を己の血肉へと刻み込んだ。
精神干渉の古代禁術。
対象の記憶を毟り取り、認識を都合よく書き換える、魂の調教魔術。
ルミの心を壊すかもしれないという躊躇いは、すでに焼き尽くされていた。
叔父への激しい嫉妬と、どれだけ足掻いても「可愛い弟」の檻から出られない焦燥が、光の王子を完全なる怪物へと変えていた。
これまでの失敗から、力尽くでの奪還も、付け焼き刃の知略も通じないことは痛いほど知った。
ならば狙うべきは、二人の「内側」だ。
ほんの僅かな猜疑の泥を、主従であり伴侶である二人の隙間に流し込めばいい。
レオは完璧に無害な「可愛い弟」の仮面を被り直し、じわじわと動いた。
ある時は、王宮の古い書庫で見つけたと称して、ルミの生まれ故郷である「研究所」に纏わる、アルヴィーノに不都合な偽造書類をルミの目に触れるように仕向けた。
アルヴィーノがルミを救ったのは、純粋な慈悲ではなく、その高い魔力を軍事利用するためだった――そう錯覚させるために。
またある時は、他国の美しい王女からの偽の釣書や、アルヴィーノがルミに隠して進めているという偽の「婚姻計画」の噂を、侍女たちの口を介してルミの耳へと届けさせた。
――しかし、そのすべてが、嘲笑うかのように無に帰した。
レオの張り巡らせた謀略の糸は、それが形を成す前に、すべてアルヴィーノに看破されていた。
王宮の情報網の根底を握る軍師にとって、甥の小細工など、どこにどの駒を置いたかが一目で分かる盤面のようなもの。
アルヴィーノはあえてそれを力尽くで潰すことはせず、ただ冷徹に、レオの策謀の「先」を読んでルミを保護し、あるいは偽情報を本物の情報へすり替えて無力化した。
そして何より、レオの行く手を阻んだのは、ルミ自身の、狂おしいほどの「無垢」だった。
「アルヴィーノが俺の魔力を利用しようとしてる? うん、知ってるよ! 俺の力が王子様の役に立つなら、いくらでも使ってほしいんだ! だってそしたら俺はずっとアルヴィーノと一緒にいられるし、もっと『いい子ですね』って頭をなでてほめてくれるんだもんっ」
「え? アルヴィーノに縁談? 大丈夫だよ。あの人が誰を選んでも、俺はあの人の一番の従者だから」
どんなに泥を投げつけても、ルミのアルヴィーノへの信頼は、最初から絶対の光の中にあった。
傷を癒やし合い、魂の底で結ばれた絆は、他人の言葉一つで揺らぐほど脆くはない。
それどころか、ルミは必死に策を巡らせるレオの、その張り詰めた様子を「無理をして勉強している」のだと勘違いし、いつも心配そうに駆け寄ってきた。
「レオ、またそんなに難しい顔をして……。あんまり根を詰めちゃダメだよ? ほら、レオの大好きなミントティーを淹れたから、一緒に飲もう?」
差し出される、温かい茶と、一点の曇りもない慈愛の笑み。
ルミの瞳に映る自分は、いつだって「守ってあげるべき、歳の離れた可愛い弟」でしかなかった。
その強固な檻は、レオがどれほど男としての色香を放とうと、どれほど卓越した知略を見せつけようと、びくともしなかった。
うまくいかない。
どうしてだ。
なぜ、これほど欲しているのに、あの人の世界の端にすら触れられない。
どんなに手を伸ばしても、ルミの意識は、常に壁際でチェス盤を見つめる叔父の姿を追っている。
(どうしたら……どうしたら、あの檻を壊せる? どうすれば、ルミにぃは私を『男』として見てくれる……?)
自室の暗闇の中、レオは狂おしい悔しさと焦燥に身を焦がし、自身の爪が手のひらに食い込んで血がにじむのも気づかずに考え続けた。
アルヴィーノがいる限り、ルミは決して振り向かない。だが、アルヴィーノを排除することは、今の己の力では不可能だ。ルミの信頼を揺るがすこともできない。
――混濁する思考の果てに、レオの歪んだ天才的頭脳が、一つの「禁忌」へと辿り着いた。
ルミ自身の心が「弟」という檻を作っているのなら。
その心そのものを、私の手で、都合よく『書き換えて』しまえばいいのではないか。
レオの新緑の瞳が、暗闇の中でドス黒く濁った。
王宮の禁書庫の奥深くに眠る、精神干渉の古代禁術。
対象の記憶を改ざんし、認識を歪めるその呪法を使えばルミの記憶からアルヴィーノという存在を綺麗に消し去り、最初から自分だけを愛する「伴侶」として、世界を再構築できる。
それは、ルミの心を本当の意味で殺すに等しい、最悪の暴挙。
しかし、狂愛の深淵に足を踏み外した光の王子は、ついにその禁忌の書へと、白く細い指先を伸ばしたのだった。
完璧な「無害」を演じる時間は終わった。
王宮の最深部、限られた王族さえ立ち入りを禁じられた禁書庫の闇の中で、レオはその術式を己の血肉へと刻み込んだ。
精神干渉の古代禁術。
対象の記憶を毟り取り、認識を都合よく書き換える、魂の調教魔術。
ルミの心を壊すかもしれないという躊躇いは、すでに焼き尽くされていた。
叔父への激しい嫉妬と、どれだけ足掻いても「可愛い弟」の檻から出られない焦燥が、光の王子を完全なる怪物へと変えていた。