記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-
そして、新しい「1週間目」の朝がやってきた。
カーテンの隙間から差し込む朝の光を受け、ルミはゆっくりと水色の瞳を開いた。
頭の中は、冷たくて静かな「純白」。
今日が何年の何月何日なのか、今自分がどこにいるのか、何一つ分からないいつものリセット。
「……あ、れ? おれ、は……だぁれ……?」
ルミは戸惑いながらベッドの上に起き上がると、身体が覚えている日課の通りに、枕元のピンクゴールドの眼鏡を掛けた。
そして、横に貼られた「紙のトリセツ」を一瞬でカメラアイに焼き付け、白銀の電子端末を慣れた手つきでスワイプする。
画面に映し出される、掠れることのない完璧な『総集編』のデータ。
『これを開いたルミへ。あなたは世界で一番愛されている、アルヴィーノのお嫁さんです』
いつもなら、この画面を見た瞬間に「そうだった、おれはアルヴィーノさんのお嫁さんなんだ!」と、絶対的な安心感と幸福が脳内を満たすはずだった。
けれど、今朝は違った。
「……? なんだろう……」
ルミは画面を見つめたまま、小さな手を自分の胸のあたりに当てた。
頭では自分が愛されているお嫁さんだと理解できたのに、胸の奥のあたりが、まるでぽっかりと大きな穴が開いてしまったかのように、ひどく寂しくて、今にも泣き出してしまいそうなのだ。
データは「幸せだ」と言っているのに、心が追いつかない。
理由の分からない喪失感に戸惑い、ルミがベッドの上で心細そうに身を縮めていた、その時だった。
「――ルミ」
静かにドアが開き、アルヴィーノが入ってきた。
いつもなら、ルミの異変を察してすぐに焦った顔をする旦那様。けれど今朝の彼は、酷く穏やかで、狂おしいほどの優しさと慈愛を湛えた笑みを浮かべていた。
「アルヴィーノ、さん……?」
戸惑うルミの前に、アルヴィーノはゆっくりと歩み寄り、ベッドの端に腰掛けた。そして、電子端末の画面ではなく、ルミの小さな両手のなかに、ある「古いノート」をそっと差し出した。
「頭のデータだけでは、足りなかったのですね。……これを読みなさい、ルミ。昨日の、お前自身の心です」
「おれの……こころ?」
ルミは不思議そうに小首を傾げながら、そのノートを開いた。
パラパラとページをめくり、たどり着いた最後のページ。
そこには、過去の自分が書いた、他のどこよりも新しくて、そして涙で激しくにじんだ文字が並んでいた。
『あしたのルミへ。
おきて、頭が真っ白になっても、これだけは絶対に忘れないで。
きょうは、アルヴィーノさんとの婚約記念日でした。
とっても、とっても、しあわせな日でした』
水色の瞳が、そのにじんだ文字をスキャンしていく。
『アルヴィーノさんは、おれに綺麗な指輪をくれました。
頭から消えちゃっても、おてては、アルヴィーノさんの温かさを覚えているよ。
だから、すぐに見つけて。おれの大好きな旦那様を、すぐに思い出して――』
「あ……」
それを読み終えた瞬間、ルミの左手の薬指が、きゅっと熱くなった。
視線を落とすと、そこには朝起きた時には気づかなかった、眩しく輝く美しい指輪が嵌められている。
昨日、この指輪を嵌めてもらったときの、胸がはち切れそうなほどの嬉しさ。
忘れたくなくて、泣きながらこのノートに想いをぶつけた、自分自身の切ない祈り。
デジタルな文字には残らない、ルミの魂の軌跡が、にじんだ筆跡を通して一瞬で脳内へと、心へとフラッシュバックした。
胸に開いていたぽっかりとした穴が、みるみるうちに熱い愛の記憶で満たされていく。
「おれ……思い出した……っ。おれ、アルヴィーノさんの本当のお嫁さんに、なれたんだ……っ!」
ルミの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。
けれど、それは今朝の寂しい涙ではない。
幸せで、愛おしくてたまらない、昨日から繋がった本物の涙だった。
「ええ、そうです。お前は私の、世界で唯一の婚約者です、ルミ」
アルヴィーノはノートをそっと引き取ると、泣きじゃくるルミを優しく、力強くその胸へと抱き寄せた。
「頭が忘れても、心がその寂しさを覚えていたのですね。お前がどれほど忘れても、このノートの涙が、私の体温が、何度でもお前を私の元へ帰らせる。……愛しています、私の可愛いルミ」
「う、うん……っ! おれも、おれもアルヴィーノさんが大好き……っ!」
ルミはアルヴィーノの首に強くしがみつき、その胸に何度も顔を埋めた。
デジタルの完璧な記録と、アナログのノートに遺された剥き出しの感情。その二つが揃ったとき、ルミの7日間の輪廻は、切なさを抱えながらも、世界で一番確かな「永遠の楽園」へと変わるのだった。
カーテンの隙間から差し込む朝の光を受け、ルミはゆっくりと水色の瞳を開いた。
頭の中は、冷たくて静かな「純白」。
今日が何年の何月何日なのか、今自分がどこにいるのか、何一つ分からないいつものリセット。
「……あ、れ? おれ、は……だぁれ……?」
ルミは戸惑いながらベッドの上に起き上がると、身体が覚えている日課の通りに、枕元のピンクゴールドの眼鏡を掛けた。
そして、横に貼られた「紙のトリセツ」を一瞬でカメラアイに焼き付け、白銀の電子端末を慣れた手つきでスワイプする。
画面に映し出される、掠れることのない完璧な『総集編』のデータ。
『これを開いたルミへ。あなたは世界で一番愛されている、アルヴィーノのお嫁さんです』
いつもなら、この画面を見た瞬間に「そうだった、おれはアルヴィーノさんのお嫁さんなんだ!」と、絶対的な安心感と幸福が脳内を満たすはずだった。
けれど、今朝は違った。
「……? なんだろう……」
ルミは画面を見つめたまま、小さな手を自分の胸のあたりに当てた。
頭では自分が愛されているお嫁さんだと理解できたのに、胸の奥のあたりが、まるでぽっかりと大きな穴が開いてしまったかのように、ひどく寂しくて、今にも泣き出してしまいそうなのだ。
データは「幸せだ」と言っているのに、心が追いつかない。
理由の分からない喪失感に戸惑い、ルミがベッドの上で心細そうに身を縮めていた、その時だった。
「――ルミ」
静かにドアが開き、アルヴィーノが入ってきた。
いつもなら、ルミの異変を察してすぐに焦った顔をする旦那様。けれど今朝の彼は、酷く穏やかで、狂おしいほどの優しさと慈愛を湛えた笑みを浮かべていた。
「アルヴィーノ、さん……?」
戸惑うルミの前に、アルヴィーノはゆっくりと歩み寄り、ベッドの端に腰掛けた。そして、電子端末の画面ではなく、ルミの小さな両手のなかに、ある「古いノート」をそっと差し出した。
「頭のデータだけでは、足りなかったのですね。……これを読みなさい、ルミ。昨日の、お前自身の心です」
「おれの……こころ?」
ルミは不思議そうに小首を傾げながら、そのノートを開いた。
パラパラとページをめくり、たどり着いた最後のページ。
そこには、過去の自分が書いた、他のどこよりも新しくて、そして涙で激しくにじんだ文字が並んでいた。
『あしたのルミへ。
おきて、頭が真っ白になっても、これだけは絶対に忘れないで。
きょうは、アルヴィーノさんとの婚約記念日でした。
とっても、とっても、しあわせな日でした』
水色の瞳が、そのにじんだ文字をスキャンしていく。
『アルヴィーノさんは、おれに綺麗な指輪をくれました。
頭から消えちゃっても、おてては、アルヴィーノさんの温かさを覚えているよ。
だから、すぐに見つけて。おれの大好きな旦那様を、すぐに思い出して――』
「あ……」
それを読み終えた瞬間、ルミの左手の薬指が、きゅっと熱くなった。
視線を落とすと、そこには朝起きた時には気づかなかった、眩しく輝く美しい指輪が嵌められている。
昨日、この指輪を嵌めてもらったときの、胸がはち切れそうなほどの嬉しさ。
忘れたくなくて、泣きながらこのノートに想いをぶつけた、自分自身の切ない祈り。
デジタルな文字には残らない、ルミの魂の軌跡が、にじんだ筆跡を通して一瞬で脳内へと、心へとフラッシュバックした。
胸に開いていたぽっかりとした穴が、みるみるうちに熱い愛の記憶で満たされていく。
「おれ……思い出した……っ。おれ、アルヴィーノさんの本当のお嫁さんに、なれたんだ……っ!」
ルミの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。
けれど、それは今朝の寂しい涙ではない。
幸せで、愛おしくてたまらない、昨日から繋がった本物の涙だった。
「ええ、そうです。お前は私の、世界で唯一の婚約者です、ルミ」
アルヴィーノはノートをそっと引き取ると、泣きじゃくるルミを優しく、力強くその胸へと抱き寄せた。
「頭が忘れても、心がその寂しさを覚えていたのですね。お前がどれほど忘れても、このノートの涙が、私の体温が、何度でもお前を私の元へ帰らせる。……愛しています、私の可愛いルミ」
「う、うん……っ! おれも、おれもアルヴィーノさんが大好き……っ!」
ルミはアルヴィーノの首に強くしがみつき、その胸に何度も顔を埋めた。
デジタルの完璧な記録と、アナログのノートに遺された剥き出しの感情。その二つが揃ったとき、ルミの7日間の輪廻は、切なさを抱えながらも、世界で一番確かな「永遠の楽園」へと変わるのだった。