記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-

それからさらに、どれほどの「1週間」が、どれほどの「7日間の輪廻」が通り過ぎていっただろうか。

主寝室のキャビネットから溢れたボロボロのノートたちはそのままに、ルミの枕元には白銀の電子端末と、ピンクゴールドの眼鏡がすっかり馴染み深いものとして鎮座している。

ある日の午前中。
邸宅のキッチンからは、トントンと小気味よい包丁の音と、出汁の優しい香りが漂っていた。

「――おや?」

ふらりとリビングにやってきたアルフレッドは、その光景を目にして、思わずその場に足を止めた。
眼鏡を掛けたルミが、鼻歌を交じえながら流れるような手つきでサラダを盛り付け、スープの味見をしている。エプロンの紐を結ぶ仕草も、お皿を並べる配置も、何一つ迷いがない。

それは、あの悲劇が起きる前――ルミが完璧にアルヴィーノのお嫁さんとして、幸福な日々を積み重ねていたあの頃と、寸分違わぬ完璧な姿だった。

「ルミくん、素晴らしい手際だね。まるでプロの若奥様だ」
「あ、アルフレッドさん! おはよ。いまね、アルヴィーノさんの大好きなメニューを作ってるの。もうすぐお仕事から戻ってくるから、お出迎えしなきゃ」

ルミは満面の笑みでそう言うと、パタパタと玄関の方へ走っていった。
ちょうどそこへ、フロントのドアを開けてアルヴィーノが帰宅したところだった。
ルミは「アルヴィーノさん、おかえりなさい!」と、当然のようにその胸へと飛び込んでいく。

「ただいま、私の可愛いルミ」

アルヴィーノは愛おしそうにルミを抱き上げ、その額に深い口づけを落とした。
ルミは嬉しそうに顔を赤らめ、「ごはん、できてるよ」と彼の腕の中で甘えている。

その様子を遠巻きに見ていたアルフレッドは、二人がリビングに戻ってくると、驚きを隠せない様子で肩をすくめた。

「いや、驚いたな……。アルヴィーノ、確か今日は木曜日……ルミくんの記憶がリセットされてから、まだ4日目のはずだろ? なのにあの手際の良さは何だい。まるで、何年もずっと記憶を失わずに過ごしてきたみたいじゃないか」

ルミが嬉しそうにキッチンへ最後の仕上げに戻ったのを見届けてから、アルヴィーノはソファに腰掛け、誇らしげに、けれどどこか酷く狂おしい熱を孕んだ目で兄を見上げた。

「ええ。驚くのも無理はありません、兄上。ルミの頭は、相変わらず7日経てばすべてを失い、真っ白になります。あの電子端末の記録を読まなければ、今でも私の名前すら出てこない」

アルヴィーノは自身の美しい指先を見つめながら、低く、深く笑った。

「ですが……あの子の脳が忘れても、あの子の『身体』は、私のお嫁さんであった時間を何ひとつ忘れてはいないのですよ」
「身体が……?」
「毎日日記に向かう習慣が筋肉に染み付いたように、私のために料理を作り、私を愛し、私の腕に抱かれてきたあの膨大な日々は、あの子の細胞、神経、指先の感覚のすべてに完全に刻み込まれている。頭の中のデータが消えても、身体の機能が『お嫁さん』としての最適解を勝手に導き出すのです。……もはや、記憶の有無など、私たちの愛の前では些細な問題でしかありません」
「……なるほどね」

アルフレッドは感嘆したように息を吐き、眼鏡のブリッジを押し上げた。

「頭の記憶は消せても、長年注ぎ込まれた君の愛の『重さ』までは消せなかったわけだ。あの子の身体そのものが、君専用のハードディスクになっちゃったんだね」
「その通りです。だからルミは今、記憶の制限がありながらも、何不自由なく私の隣で笑っていられる」

キッチンから「アルヴィーノさん、運ぶの手伝ってー!」と、鈴の転がるような可愛い声が響く。

「今行きますよ、ルミ」

アルヴィーノはすぐに立ち上がり、愛おしい我が家へと歩みを進める。
毎週世界が消えても、身体が覚えている愛の温もり。頭は白く、けれど身体はどこまでも甘く熟していくお嫁さんを、魔王はこれからも永遠に、その強欲な腕で愛し、支配し、上書きし続けていくのだった。
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