記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-
「う、ぅ……、ひぐっ……」
アルヴィーノの胸の中で激しく泣きじゃくり、暴れていたルミだったが、やがて過呼吸気味だった小さな身体から、すとんと力が抜けた。
脳への過度なストレスと、泣き疲れたことが原因だろう。
ルミは涙の跡が残る白い頬を赤く腫らしたまま、アルヴィーノの服の胸元を小さな手でぎゅっと握りしめ、深い眠りへと落ちていった。
アルヴィーノはルミをそっとベッドに横たえ、涙を指で優しく拭う。
その視線が、サイドテーブルに置かれたボロボロの『総集編』へと向いた。
「……物理的な紙や革は、どれほど強固に作ろうとも、いつかは摩耗し、損なわれる」
紫の瞳に昏い光が宿る。
ルミの「カメラアイ」は優秀すぎる。だからこそ、何度も、何度も必死に読み返すうちに、その摩擦でインクが擦り切れてしまうことを計算に入れられなかったのは、自分の落ち度だ。
ならば、摩耗しないものにすればいい。
どれだけ読み返そうとも、決して文字が掠れることのない、永遠に鮮明な『電子データ』に。
超天才CEOであるアルヴィーノにとって、そんな端末を用意するのは造作もないことだった。
彼はすぐに自社で開発している最高機密の超薄型タブレットをルミ用にカスタマイズした。電源ボタンを押す必要すらなく、視線を向けるだけで画面が起動し、ルミのカメラアイに最適化された高解像度の文字と画像がスクロールされる専用のデバイス。これなら、何万回読み返そうとも、液晶の中の「アルヴィーノ」という名前が消えることは絶対にない。
数日後、完璧な『電子版・総集編』が完成した。
そして、運命の「7日目の朝」がやってくる。
ベッドの中で、ルミが再び真っ白な状態で目を覚ました。
アルヴィーノは枕元に、近未来的な美しい輝きを放つタブレット端末を置いて、ルミがそれを手にするのを静かに見守った。
「……あ、れ? おれ、は……だぁれ……?」
やはり、記憶はリセットされている。
ルミは戸惑いながらベッドの上に起き上がり、目の前にある、薄くて黒い不思議な板――タブレット端末へと視線を向けた。
視線を感知した端末が、静かに柔らかな光を放ち、起動する。
画面には、擦り切れることのない鮮明な文字で『これを開いたルミへ。あなたは世界で一番愛されている、アルヴィーノのお嫁さんです』と映し出されていた。
(よし、成功だ――)
アルヴィーノが胸中でそう確信した、次の瞬間だった。
「……? なに、これ……。つめたい、いた……?」
ルミは、起動した画面を不思議そうに見つめたまま、完全にフリーズしてしまった。
そして、その画面に触れようと手を伸ばすものの、どこをどう触ればページがめくれるのか、画面が変わるのかが分からず、おずおずと指先を引っ込めてしまったのだ。
「ルミ? 画面を横にスワイプ……指でなぞるのですよ」
アルヴィーノが声をかけるが、ルミはびくっと肩を揺らし、怯えたように首を振った。
「わからない……っ。これ、どうやって、つかうの……? ボタンもないし、頭のなかに、使い方が、なんにも入ってないよぉ……っ」
「――っ!」
アルヴィーノの顔から、血の気が引いた。
盲点だった。
ルミの「身体の記憶」は、長年染み付いた『本とペン』というアナログな動作にしか対応していなかったのだ。
1週間で記憶がリセットされてしまうルミにとって、この世に目覚めるたび、最先端の電子端末は「見たこともない未知の機械」でしかなかった。電源の概念も、スクロールの仕方も、タップの仕方も、すべてが真っ白な脳には理解できない。
紙の本なら、本能的に「めくる」という動作ができた。
しかし、電子端末は、その「使い方」というルールそのものを、毎週忘れてしまうのだ。
「う、ぅ……つめたい板が、光ってて、こわいよぉ……っ。前の、白い本は、どこ……? おれ、どうしたらいいの……っ」
ルミは光るタブレットをベッドの隅へと押しやり、また小さな膝を抱えて、シクシクと泣き始めてしまった。
どれだけ綺麗で摩耗しないデータを作っても、それを読み出すための『使い方』すら、あの子の中には残らない。
万能の天才であり、社会の裏を牛耳る魔王であるはずのアルヴィーノが、ベッドの傍らで、完全に途方に暮れて立ち尽くしていた。
手元にあるのは、世界最高峰の技術が詰まった、けれど今のルミにとってはただの「冷たくて怖いガラスの板」。
愛する小鳥の記憶を繋ぎ止めるための命綱が、デジタルという冷徹な壁に阻まれて、完全に途切れてしまっていた。
静まり返った部屋の中で、アルヴィーノは初めて、底の割れた鳥籠の圧倒的な理不尽さに、激しい眩暈を覚えるのだった。
部屋の隅で、冷たい光を放つタブレットを怖がり、シクシクと泣き続けるルミ。
その姿を前に、万能の天才であるはずのアルヴィーノは、生まれて初めて「完全な手詰まり」という絶望に直面していた。
電子データなら摩耗しない。完璧な解決策だと思った。しかし、目覚めるたびに「未知の機械」と化すデバイスの前で、ルミはページをめくることすらできない。
どうすればいい。
これでは、あの子が自分で自分を救うルートが完全に閉ざされてしまう。
アルヴィーノは、まるで重罪を背負った囚人のような足取りでリビングへと向かい、そこにいたアルフレッドの前で、がくりとソファに深く身を沈めた。その顔は、いつになく酷く疲れ果て、取り乱していた。
「……兄上。どうすればいい。私は、致命的な計算違いをした」
「おや、珍しいね。あのアルヴィーノがそんなに頭を抱えるなんて。……液晶画面の使い方が分からなかったかい?」
アルフレッドは手元のコーヒーカップを置き、眼鏡の位置を直しながら弟を見つめた。実は、廊下からルミの怯える声と、アルヴィーノの動揺した気配を察していたのだ。
「ああ、そうだ……!」
アルヴィーノは自嘲気味に、吐き捨てるように言った。
「紙の本は破れ、インクは擦り切れる。だから電子端末に変えた。だが、ルミの真っ白な脳は、スマートデバイスの『操作方法』という概念そのものを毎週忘れてしまうのだ。タップも、スワイプも、あの子にとっては未知の恐怖でしかない。どれほど完璧なデータを残しても、それを開く術がなければ意味がない……っ!」
ガタガタと指先を震わせ、自らの前髪をかきむしるアルヴィーノ。
最愛のルミを再び暗闇に置き去りにしてしまったという後悔が、魔王のプライドを容赦なくへし折っていた。
そんな弟の悲壮な様子を、アルフレッドは静かに見つめていたが……やがて、おかしそうに「ふっ」と肩を揺らして笑った。
「くく……あはははは! いや、ごめんごめん、怒らないでおくれよ。だけどさ、天才CEOともあろう男が、ルミくんのことになると本当に視野が狭くなるね」
「……何が可笑しい、兄上。私は大真面目に――」
「大真面目だから言ってるんだよ」
アルフレッドはさも当然、といった様子で、デスクの上のメモ帳とペンをひらひらと動かしてみせた。
「使い方が分からないならさ、その薄い機械のすぐ隣にでも、『使い方だけを紙に書いて、優しく貼っておけばいい』んじゃないかい?」
「……何?」
アルヴィーノの思考が、一瞬停止した。
「君は『全てをデジタルにするか、全てをアナログにするか』の極論で考えてるから、そんな顔になるんだ。ルミくんの身体は『紙を見る、めくる』というアナログな動作には完璧に馴染んでいるんだろう? だったら、その紙に『画面を横に指でなぞるのですよ』って、君の優しい文字で絵付きの解説でも書いておけばいいのさ。ルミくんのカメラアイなら、その紙を一瞬見るだけで、機械の使い方も旦那様の愛も、全部同時に思い出すよ」
「紙に……貼る……」
「そう。液晶の文字はどれだけ読んでも擦り切れない。そして、横に貼った小さなお手製の『説明書』なら、毎週めくる必要もないから、何年経っても絶対に摩耗しない。完璧だと思わないかい?」
コロン、とアルヴィーノの頭の中で、すべてのピースが恐ろしいほどの整合性を持って噛み合った。
なぜ気づかなかったのか。
ルミを救うための「紙(アナログ)」と、ルミを摩耗から守るための「端末(デジタル)」。その二つを融合させれば、何も問題はなかったのだ。ルミを溺愛するあまり、システムを完璧に構築することばかりに脳が割かれ、そんな単純で優しい解決策を見落としていた。
「……兄上。貴方は時折、私を超える天才になる」
「お褒めに預かり光栄だよ。さあ、そうと分かったら、大急ぎで『世界一優しいトリセツ』を書いてあげなよ。可愛いお嫁さんが、ベッドの上で待ちくたびれて泣いているんだから」
「言われずとも……っ!」
アルヴィーノはすぐに立ち上がり、上質な紙と、決して色褪せない最高級のペンを手に取った。
数分後、アルヴィーノはルミの寝室へと戻った。
まだ涙目で液晶を遠巻きに見つめていたルミの隣に座り、タブレットのベゼル(枠)のすぐ横に、丁寧に、ルミにも一目でわかる可愛いイラストを添えた紙を貼り付ける。
『これを見ているルミへ。
怖がらなくて大丈夫です。その冷たい板は、お前と私を繋ぐ本です。
右から左へ、優しく指でなぞってみなさい。お前の大好きな旦那様より』
「ルミ、これを見てごらんなさい」
アルヴィーノが優しく促すと、ルミは新しく貼られた紙の文字を一瞬でスキャンした。
「……旦那様……? 指で、なぞる……?」
紙の指示(トリセツ)を脳内へインプットしたルミは、もう恐れることはなかった。おずおずと伸ばされた細い指先が、ガラスの画面に触れ、横へと滑る。
シャリン、と美しい効果音と共に画面が切り替わり、そこには、擦り切れることのない鮮明な画質で、優しく微笑むアルヴィーノの写真と、溢れんばかりの愛のメッセージが映し出された。
「あ……! 思い出した……アルヴィーノさん……っ!」
ルミの顔に、みるみるうちにいつもの大好きな笑顔が戻っていく。
「ええ、そうですルミ。私が、お前を世界で一番愛しているアルヴィーノです」
デジタルとアナログが融合した、二人だけの新しい絆の形。
何度世界が真っ白になろうとも、横に添えられた旦那様の「紙の言葉」が、ルミを迷うことなく光の満ちる楽園へと導いていく。
アルヴィーノはルミをしっかりと抱きしめながら、頼れる兄への感謝を少しだけ胸に抱き、再び始まった愛しい7日間の物語に、深く、優しく溺れていくのだった。
アルヴィーノの胸の中で激しく泣きじゃくり、暴れていたルミだったが、やがて過呼吸気味だった小さな身体から、すとんと力が抜けた。
脳への過度なストレスと、泣き疲れたことが原因だろう。
ルミは涙の跡が残る白い頬を赤く腫らしたまま、アルヴィーノの服の胸元を小さな手でぎゅっと握りしめ、深い眠りへと落ちていった。
アルヴィーノはルミをそっとベッドに横たえ、涙を指で優しく拭う。
その視線が、サイドテーブルに置かれたボロボロの『総集編』へと向いた。
「……物理的な紙や革は、どれほど強固に作ろうとも、いつかは摩耗し、損なわれる」
紫の瞳に昏い光が宿る。
ルミの「カメラアイ」は優秀すぎる。だからこそ、何度も、何度も必死に読み返すうちに、その摩擦でインクが擦り切れてしまうことを計算に入れられなかったのは、自分の落ち度だ。
ならば、摩耗しないものにすればいい。
どれだけ読み返そうとも、決して文字が掠れることのない、永遠に鮮明な『電子データ』に。
超天才CEOであるアルヴィーノにとって、そんな端末を用意するのは造作もないことだった。
彼はすぐに自社で開発している最高機密の超薄型タブレットをルミ用にカスタマイズした。電源ボタンを押す必要すらなく、視線を向けるだけで画面が起動し、ルミのカメラアイに最適化された高解像度の文字と画像がスクロールされる専用のデバイス。これなら、何万回読み返そうとも、液晶の中の「アルヴィーノ」という名前が消えることは絶対にない。
数日後、完璧な『電子版・総集編』が完成した。
そして、運命の「7日目の朝」がやってくる。
ベッドの中で、ルミが再び真っ白な状態で目を覚ました。
アルヴィーノは枕元に、近未来的な美しい輝きを放つタブレット端末を置いて、ルミがそれを手にするのを静かに見守った。
「……あ、れ? おれ、は……だぁれ……?」
やはり、記憶はリセットされている。
ルミは戸惑いながらベッドの上に起き上がり、目の前にある、薄くて黒い不思議な板――タブレット端末へと視線を向けた。
視線を感知した端末が、静かに柔らかな光を放ち、起動する。
画面には、擦り切れることのない鮮明な文字で『これを開いたルミへ。あなたは世界で一番愛されている、アルヴィーノのお嫁さんです』と映し出されていた。
(よし、成功だ――)
アルヴィーノが胸中でそう確信した、次の瞬間だった。
「……? なに、これ……。つめたい、いた……?」
ルミは、起動した画面を不思議そうに見つめたまま、完全にフリーズしてしまった。
そして、その画面に触れようと手を伸ばすものの、どこをどう触ればページがめくれるのか、画面が変わるのかが分からず、おずおずと指先を引っ込めてしまったのだ。
「ルミ? 画面を横にスワイプ……指でなぞるのですよ」
アルヴィーノが声をかけるが、ルミはびくっと肩を揺らし、怯えたように首を振った。
「わからない……っ。これ、どうやって、つかうの……? ボタンもないし、頭のなかに、使い方が、なんにも入ってないよぉ……っ」
「――っ!」
アルヴィーノの顔から、血の気が引いた。
盲点だった。
ルミの「身体の記憶」は、長年染み付いた『本とペン』というアナログな動作にしか対応していなかったのだ。
1週間で記憶がリセットされてしまうルミにとって、この世に目覚めるたび、最先端の電子端末は「見たこともない未知の機械」でしかなかった。電源の概念も、スクロールの仕方も、タップの仕方も、すべてが真っ白な脳には理解できない。
紙の本なら、本能的に「めくる」という動作ができた。
しかし、電子端末は、その「使い方」というルールそのものを、毎週忘れてしまうのだ。
「う、ぅ……つめたい板が、光ってて、こわいよぉ……っ。前の、白い本は、どこ……? おれ、どうしたらいいの……っ」
ルミは光るタブレットをベッドの隅へと押しやり、また小さな膝を抱えて、シクシクと泣き始めてしまった。
どれだけ綺麗で摩耗しないデータを作っても、それを読み出すための『使い方』すら、あの子の中には残らない。
万能の天才であり、社会の裏を牛耳る魔王であるはずのアルヴィーノが、ベッドの傍らで、完全に途方に暮れて立ち尽くしていた。
手元にあるのは、世界最高峰の技術が詰まった、けれど今のルミにとってはただの「冷たくて怖いガラスの板」。
愛する小鳥の記憶を繋ぎ止めるための命綱が、デジタルという冷徹な壁に阻まれて、完全に途切れてしまっていた。
静まり返った部屋の中で、アルヴィーノは初めて、底の割れた鳥籠の圧倒的な理不尽さに、激しい眩暈を覚えるのだった。
部屋の隅で、冷たい光を放つタブレットを怖がり、シクシクと泣き続けるルミ。
その姿を前に、万能の天才であるはずのアルヴィーノは、生まれて初めて「完全な手詰まり」という絶望に直面していた。
電子データなら摩耗しない。完璧な解決策だと思った。しかし、目覚めるたびに「未知の機械」と化すデバイスの前で、ルミはページをめくることすらできない。
どうすればいい。
これでは、あの子が自分で自分を救うルートが完全に閉ざされてしまう。
アルヴィーノは、まるで重罪を背負った囚人のような足取りでリビングへと向かい、そこにいたアルフレッドの前で、がくりとソファに深く身を沈めた。その顔は、いつになく酷く疲れ果て、取り乱していた。
「……兄上。どうすればいい。私は、致命的な計算違いをした」
「おや、珍しいね。あのアルヴィーノがそんなに頭を抱えるなんて。……液晶画面の使い方が分からなかったかい?」
アルフレッドは手元のコーヒーカップを置き、眼鏡の位置を直しながら弟を見つめた。実は、廊下からルミの怯える声と、アルヴィーノの動揺した気配を察していたのだ。
「ああ、そうだ……!」
アルヴィーノは自嘲気味に、吐き捨てるように言った。
「紙の本は破れ、インクは擦り切れる。だから電子端末に変えた。だが、ルミの真っ白な脳は、スマートデバイスの『操作方法』という概念そのものを毎週忘れてしまうのだ。タップも、スワイプも、あの子にとっては未知の恐怖でしかない。どれほど完璧なデータを残しても、それを開く術がなければ意味がない……っ!」
ガタガタと指先を震わせ、自らの前髪をかきむしるアルヴィーノ。
最愛のルミを再び暗闇に置き去りにしてしまったという後悔が、魔王のプライドを容赦なくへし折っていた。
そんな弟の悲壮な様子を、アルフレッドは静かに見つめていたが……やがて、おかしそうに「ふっ」と肩を揺らして笑った。
「くく……あはははは! いや、ごめんごめん、怒らないでおくれよ。だけどさ、天才CEOともあろう男が、ルミくんのことになると本当に視野が狭くなるね」
「……何が可笑しい、兄上。私は大真面目に――」
「大真面目だから言ってるんだよ」
アルフレッドはさも当然、といった様子で、デスクの上のメモ帳とペンをひらひらと動かしてみせた。
「使い方が分からないならさ、その薄い機械のすぐ隣にでも、『使い方だけを紙に書いて、優しく貼っておけばいい』んじゃないかい?」
「……何?」
アルヴィーノの思考が、一瞬停止した。
「君は『全てをデジタルにするか、全てをアナログにするか』の極論で考えてるから、そんな顔になるんだ。ルミくんの身体は『紙を見る、めくる』というアナログな動作には完璧に馴染んでいるんだろう? だったら、その紙に『画面を横に指でなぞるのですよ』って、君の優しい文字で絵付きの解説でも書いておけばいいのさ。ルミくんのカメラアイなら、その紙を一瞬見るだけで、機械の使い方も旦那様の愛も、全部同時に思い出すよ」
「紙に……貼る……」
「そう。液晶の文字はどれだけ読んでも擦り切れない。そして、横に貼った小さなお手製の『説明書』なら、毎週めくる必要もないから、何年経っても絶対に摩耗しない。完璧だと思わないかい?」
コロン、とアルヴィーノの頭の中で、すべてのピースが恐ろしいほどの整合性を持って噛み合った。
なぜ気づかなかったのか。
ルミを救うための「紙(アナログ)」と、ルミを摩耗から守るための「端末(デジタル)」。その二つを融合させれば、何も問題はなかったのだ。ルミを溺愛するあまり、システムを完璧に構築することばかりに脳が割かれ、そんな単純で優しい解決策を見落としていた。
「……兄上。貴方は時折、私を超える天才になる」
「お褒めに預かり光栄だよ。さあ、そうと分かったら、大急ぎで『世界一優しいトリセツ』を書いてあげなよ。可愛いお嫁さんが、ベッドの上で待ちくたびれて泣いているんだから」
「言われずとも……っ!」
アルヴィーノはすぐに立ち上がり、上質な紙と、決して色褪せない最高級のペンを手に取った。
数分後、アルヴィーノはルミの寝室へと戻った。
まだ涙目で液晶を遠巻きに見つめていたルミの隣に座り、タブレットのベゼル(枠)のすぐ横に、丁寧に、ルミにも一目でわかる可愛いイラストを添えた紙を貼り付ける。
『これを見ているルミへ。
怖がらなくて大丈夫です。その冷たい板は、お前と私を繋ぐ本です。
右から左へ、優しく指でなぞってみなさい。お前の大好きな旦那様より』
「ルミ、これを見てごらんなさい」
アルヴィーノが優しく促すと、ルミは新しく貼られた紙の文字を一瞬でスキャンした。
「……旦那様……? 指で、なぞる……?」
紙の指示(トリセツ)を脳内へインプットしたルミは、もう恐れることはなかった。おずおずと伸ばされた細い指先が、ガラスの画面に触れ、横へと滑る。
シャリン、と美しい効果音と共に画面が切り替わり、そこには、擦り切れることのない鮮明な画質で、優しく微笑むアルヴィーノの写真と、溢れんばかりの愛のメッセージが映し出された。
「あ……! 思い出した……アルヴィーノさん……っ!」
ルミの顔に、みるみるうちにいつもの大好きな笑顔が戻っていく。
「ええ、そうですルミ。私が、お前を世界で一番愛しているアルヴィーノです」
デジタルとアナログが融合した、二人だけの新しい絆の形。
何度世界が真っ白になろうとも、横に添えられた旦那様の「紙の言葉」が、ルミを迷うことなく光の満ちる楽園へと導いていく。
アルヴィーノはルミをしっかりと抱きしめながら、頼れる兄への感謝を少しだけ胸に抱き、再び始まった愛しい7日間の物語に、深く、優しく溺れていくのだった。