記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-

ルミが白銀の『総集編』を枕元に大切に置き、穏やかな寝息を立て始めた深夜。

主寝室の重厚なドアを静かに閉め、アルヴィーノは廊下へと出た。そこには、いつの間にか執務を終えたアルフレッドが、壁に背を預けて待っていた。手には、二人の好みのヴィンテージブランデーのグラスが二つ。

「一杯どうだい? 今日は流石の君も、脳みそをフル稼働させて疲れただろう」

アルフレッドが差し出してきたグラスを、アルヴィーノは無言で受け取った。二人はそのまま、ルミの寝室から少し離れた、静まり返る書斎へと移動する。

暖炉の微かな爆ぜる音だけが響く中、アルフレッドはソファに深く腰掛け、琥珀色の液体を揺らした。

「……なぁ、アルヴィーノ」

いつもの軽薄なトーンではない。
低く、どこか真摯な、兄としての声だった。

「ルミくんのために『総集編』を作ってあげたのは、本当に素晴らしい解答だと思うよ。だけどさ……」

アルフレッドはグラスの縁を見つめながら、ぽつりと問いかける。

「苦しくないのかい? 1週間だよ。たった7日経てば、あの子は君と過ごした時間も、君に抱かれた記憶も、君がどれほどあの子を愛しているかも、全部忘れて真っ白になっちゃうんだ」

アルヴィーノの手元で、グラスの中の氷がチリン、と冷たい音を立てた。

「朝起きて、最愛の人間から『あなたは誰ですか』って拒絶される恐怖を、君はこれから何百回、何千回と味わうことになる。あの子はノートを読めば『知識』としては君を旦那様だと認識するけど……それは、あの子が心を重ねて積み上げてきた本物の『記憶』じゃない。その都度リセットされる関係を生きるのって……正気でいられるようなものじゃないだろ」

アルフレッドの言葉は、最も残酷で、最も正しい、この楽園の「現実」だった。
どれほど溺愛しようとも、どれだけ甘い夜を過ごそうとも、7日目の朝になれば、ルミの心は一度他人に戻ってしまう。それは魂を毎週少しずつ削り取られるような、精神的な拷問に近かった。

しかし、アルヴィーノはブランデーに一度も口をつけないまま、冷徹な、けれど狂気的なまでに澄んだ紫の瞳を兄へと向けた。

その唇が、微かに、歪に釣り上がる。

「……苦しい? 兄上、貴方は何も分かっていない」

アルヴィーノの声には、絶望など微塵もなかった。そこにあるのは、常軌を逸した絶対的な歓喜。

「1週間ごとに、ルミは私のことを忘れる。つまりそれはね、兄上。私は一生の間に、何千回、何万回も、あの純白で無垢なルミから『初めての恋』を捧げてもらえるということですよ」
「……何だって?」

アルフレッドが呆気にとられたように声を漏らす。

「あの子が目覚め、ノートを読み、戸惑いながらも私を『旦那様』だと認め、私の腕の中で少しずつ顔を赤らめ、再び私に恋をしていく……。その瑞々しく美しい瞬間を、私は死ぬまで、毎週、特等席で味わい続けることができる。これ以上の幸福が、この世のどこにあるというのですか」

アルヴィーノはグラスをデスクへと置き、自らの胸元に手を当てた。

「あの子に『過去の記憶』など必要ありません。あの子の未来も、現在も、そして毎週新しく生まれる『初めての愛』も、すべて私が独占する。ルミのハードディスクが壊れたのなら、私が一生をかけて、あの子の新しい記憶のすべてになってやるだけです」
「…………」

アルフレッドは絶句した。
苦しんでいるのではないか、いつか心が折れてしまうのではないかという兄の心配は、完全に杞憂だった。アルヴィーノは、ルミの「1週間しか持たない記憶」という絶望の後遺症すらも、自らの歪んだ独占欲を満たすための「最高のゆりかご」へと昇華させていたのだ。

「はは……」

やがて、アルフレッドは顔を覆い、呆れたように、けれどどこか感嘆したように肩を揺らして笑った。

「参ったな。君がそこまでの『本物の怪物』だとは思わなかったよ。……いや、知っていたはずなんだけどね」

アルフレッドはブランデーをぐいと飲み干し、立ち上がる。

「わかったよ。それなら僕の仕事は、その狂った楽園の維持費を稼ぎ続けることだけだ。……来週もまた、可愛い義妹(?)のために、美味しいプリンをたくさん買ってくるとするよ」

「ええ。そうしてください」

兄が書斎を出て行った後、アルヴィーノは再びルミの寝室へと戻った。
ベッドの傍らに腰掛け、白銀のノートの隣で、無防備に眠るルミの白い頬にそっと指先を滑らせる。

「おやすみなさい、私の可愛いルミ。……あと数日で、またお前の世界は真っ白になる」

アルヴィーノはルミの耳元で、蕩けるような、呪いのように甘い声を囁いた。

「何度忘れても構いません。私は来週も、その次の週も、死ぬまで何度でも、お前を私だけの可愛いお嫁さんにして差し上げますからね」

壊れた時計が刻む、7日間だけの永遠。
その歪な輪廻の中で、魔王はどこまでも深く、満ち足りた幸福に酔いしれるのだった。
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