記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-
それからさらに年月が経ち、図書室のキャビネットはルミのノートで完全に溢れかえってしまっていた。扉を閉めようとしても、ぎっしりと詰まった重厚な革の束が押し寄せて、どうしても閉まらない。
ルミの「身体の記憶」が毎日の日記を日課にしてくれたのは良かったのだが、ここにきて、ルミにとって死活問題となる大きな壁が立ちはだかっていた。
「……うぅ、どうしよう」
ある「1週間目の朝」、真っ白な状態で目覚めたルミは、ベッドの上で膨大なノートの山を前にして、小さな頭を抱えていた。
ルミの「絶対記憶」をもってしても、これだけの量のノートをすべてめくり、脳内に焼き付けるには、今や丸1日、下手をすれば2日以上もかかってしまうようになっていたのだ。
せっかく1週間の記憶を繋ぎ止めようとしても、過去の記憶を思い出すだけで最初の数日が潰れてしまっては、今週のアルヴィーノと過ごす大切な時間が少なくなってしまう。
「お嫁さんのお仕事をする時間が、なくなっちゃうよぉ……」
ルミが泣きそうな顔で、パラパラと今週のノートをめくっていた、その時だった。
ノートのページの端に、過去の自分が赤ペンできれいに囲んだ、ひとつの「箇条書き」が目に飛び込んできた。
『頭がパンクしそうになったり、困ったことがあったら、なんでもすぐにアルヴィーノさんに相談すること! 絶対に格好よく解決してくれます!』
過去の自分の力強い文字。
それを見た瞬間、ルミの水色の瞳がパッと輝いた。
「そうだ、アルヴィーノさんにききにいこう!」
ルミはノートを1冊だけぎゅっと抱きしめると、主寝室を飛び出し、廊下をパタパタと駆けて書斎へと向かった。
コンコン、と控えめにドアを叩いて中に入ると、そこにはいつものように、デスクで真剣な顔をしてタブレットを操作していたアルヴィーノの姿があった。ルミの姿を見た瞬間、その冷徹な顔が一気に甘く、優しい旦那様の顔へと融けていく。
「ルミ、どうしました? そんなに慌てて」
「アルヴィーノさん! あのね、おれ、すっごく困ってることがあるの」
ルミはトコトコとデスクに歩み寄り、抱えていたノートを差し出しながら、今朝起きて直面した「ノートが多すぎて読むだけで日が暮れちゃう問題」を一生懸命に説明した。
話を聞いたアルヴィーノは、驚いたように瞬きをした後、愛おしさが爆発したようにクスクスと低く笑った。
「なるほど。お前がそれほど健気に、毎日の私との思い出を記録してくれていた証拠ですね。……愛しいルミ、不安にさせてすみません。お前を困らせるようなことは、この私がすべて解決して差し上げましょう」
アルヴィーノはルミの頭を優しく撫でまわすと、すぐに内線でアルフレッドを呼び出した。
「兄上。今日の分の本社の決済はすべてそちらで回しておいてください。私はこれから、我が家で最も重要な『極秘任務』に取り掛かります」
『はは、またルミくんのためかい? 了解了解、有能な兄に任せて、君は旦那様のお仕事を頑張りなよ』
アルフレッドの軽い笑い声と共に通信が切れると、アルヴィーノは袖をまくり、図書室からこれまでにルミが書いたすべてのノートを運ばせた。デスクの上に、文字通り小さな城のように積まれるノートの山。
「ルミ。今日1日だけ、私に時間をください。お前はリビングで、アルフレッドが買ってきた最高級のプリンでも食べて、大人しく待っているのです」
「うん! アルヴィーノさん、おねがいします!」
ルミが嬉しそうに応接室へ向かった後、アルヴィーノの「超天才CEO」としての驚異的なスペックが、ルミのためだけにフル稼働を始めた。
カタカタカタ、と凄まじい速度でキーボードが叩かれ、ルミのノートが一冊ずつデータ化されていく。
アルヴィーノは、ルミが数年間にわたって紡いできた「大好き」の記憶を一つ残らず読み解きながら、それをルミの脳に最も負担がかからない順序、かつ最も大切な情報だけを凝縮した『総集編』へと編集していった。
ルミの名前、アルヴィーノの愛、アルフレッドとの思い出、そしてお気に入りのお菓子や家事のコツ。
どれほどルミが忘れても、これさえ読めば一瞬で「幸せな記憶のすべて」が完璧に脳内に蘇る、世界に一冊だけの奇跡のバイブル。
――そして、夜。
暖炉の火が優しく部屋を照らす頃、アルヴィーノはリビングのソファでうとうとしていたルミの元へ歩み寄り、その頬を優しく突いた。
「ルミ、お待たせしました。完成しましたよ」
「……ん、ぁ……アルヴィーノさん?」
目を擦りながら起き上がったルミの前に差し出されたのは、1冊の、美しい白銀の革で装丁された、少し厚めの「本」だった。
「これは……?」
「これまでの山のようなノートを、私がすべて1冊にまとめ直しました。題して『ルミのお嫁さん日記・総集編』です。これなら、お前の目を使えば、ものの3分ですべてを思い出すことができます」
ルミは目を輝かせ、震える手でその白い本を受け取ると、ページをパラパラとめくった。
そこには、過去の自分が書いた一番大切な言葉やイラストが、アルヴィーノの綺麗で読みやすい文字と共に、完璧なレイアウトで整理されていた。一番最初のページには、大きな文字でこう書かれている。
『これを開いたルミへ。あなたは世界で一番愛されている、アルヴィーノのお嫁さんです。何も怖がらず、この本を信じてめくりなさい』
水色の瞳が、そのページを一瞬で脳内に焼き付ける。
次の瞬間、ルミの胸の奥から、温かい、言葉にならないほどの絶対的な安心感がじんわりと溢れ出してきた。
「すごい……! これなら、朝起きても、すぐにアルヴィーノさんのお隣にいられるね!」
ルミは本を抱きしめたまま、アルヴィーノの首にぎゅっと飛びついた。
「ええ。どれほどお前の記憶がリセットされようとも、この1冊が、お前を何度でも私の元へ導く道標になります。お前が忘れる未来の思い出は、また私がこの本に、美しく書き足していきましょう」
腕の中で幸せそうに笑うルミを、アルヴィーノはどこまでも深く、狂おしいほどの愛を込めて抱きしめ返すのだった。
ルミの「身体の記憶」が毎日の日記を日課にしてくれたのは良かったのだが、ここにきて、ルミにとって死活問題となる大きな壁が立ちはだかっていた。
「……うぅ、どうしよう」
ある「1週間目の朝」、真っ白な状態で目覚めたルミは、ベッドの上で膨大なノートの山を前にして、小さな頭を抱えていた。
ルミの「絶対記憶」をもってしても、これだけの量のノートをすべてめくり、脳内に焼き付けるには、今や丸1日、下手をすれば2日以上もかかってしまうようになっていたのだ。
せっかく1週間の記憶を繋ぎ止めようとしても、過去の記憶を思い出すだけで最初の数日が潰れてしまっては、今週のアルヴィーノと過ごす大切な時間が少なくなってしまう。
「お嫁さんのお仕事をする時間が、なくなっちゃうよぉ……」
ルミが泣きそうな顔で、パラパラと今週のノートをめくっていた、その時だった。
ノートのページの端に、過去の自分が赤ペンできれいに囲んだ、ひとつの「箇条書き」が目に飛び込んできた。
『頭がパンクしそうになったり、困ったことがあったら、なんでもすぐにアルヴィーノさんに相談すること! 絶対に格好よく解決してくれます!』
過去の自分の力強い文字。
それを見た瞬間、ルミの水色の瞳がパッと輝いた。
「そうだ、アルヴィーノさんにききにいこう!」
ルミはノートを1冊だけぎゅっと抱きしめると、主寝室を飛び出し、廊下をパタパタと駆けて書斎へと向かった。
コンコン、と控えめにドアを叩いて中に入ると、そこにはいつものように、デスクで真剣な顔をしてタブレットを操作していたアルヴィーノの姿があった。ルミの姿を見た瞬間、その冷徹な顔が一気に甘く、優しい旦那様の顔へと融けていく。
「ルミ、どうしました? そんなに慌てて」
「アルヴィーノさん! あのね、おれ、すっごく困ってることがあるの」
ルミはトコトコとデスクに歩み寄り、抱えていたノートを差し出しながら、今朝起きて直面した「ノートが多すぎて読むだけで日が暮れちゃう問題」を一生懸命に説明した。
話を聞いたアルヴィーノは、驚いたように瞬きをした後、愛おしさが爆発したようにクスクスと低く笑った。
「なるほど。お前がそれほど健気に、毎日の私との思い出を記録してくれていた証拠ですね。……愛しいルミ、不安にさせてすみません。お前を困らせるようなことは、この私がすべて解決して差し上げましょう」
アルヴィーノはルミの頭を優しく撫でまわすと、すぐに内線でアルフレッドを呼び出した。
「兄上。今日の分の本社の決済はすべてそちらで回しておいてください。私はこれから、我が家で最も重要な『極秘任務』に取り掛かります」
『はは、またルミくんのためかい? 了解了解、有能な兄に任せて、君は旦那様のお仕事を頑張りなよ』
アルフレッドの軽い笑い声と共に通信が切れると、アルヴィーノは袖をまくり、図書室からこれまでにルミが書いたすべてのノートを運ばせた。デスクの上に、文字通り小さな城のように積まれるノートの山。
「ルミ。今日1日だけ、私に時間をください。お前はリビングで、アルフレッドが買ってきた最高級のプリンでも食べて、大人しく待っているのです」
「うん! アルヴィーノさん、おねがいします!」
ルミが嬉しそうに応接室へ向かった後、アルヴィーノの「超天才CEO」としての驚異的なスペックが、ルミのためだけにフル稼働を始めた。
カタカタカタ、と凄まじい速度でキーボードが叩かれ、ルミのノートが一冊ずつデータ化されていく。
アルヴィーノは、ルミが数年間にわたって紡いできた「大好き」の記憶を一つ残らず読み解きながら、それをルミの脳に最も負担がかからない順序、かつ最も大切な情報だけを凝縮した『総集編』へと編集していった。
ルミの名前、アルヴィーノの愛、アルフレッドとの思い出、そしてお気に入りのお菓子や家事のコツ。
どれほどルミが忘れても、これさえ読めば一瞬で「幸せな記憶のすべて」が完璧に脳内に蘇る、世界に一冊だけの奇跡のバイブル。
――そして、夜。
暖炉の火が優しく部屋を照らす頃、アルヴィーノはリビングのソファでうとうとしていたルミの元へ歩み寄り、その頬を優しく突いた。
「ルミ、お待たせしました。完成しましたよ」
「……ん、ぁ……アルヴィーノさん?」
目を擦りながら起き上がったルミの前に差し出されたのは、1冊の、美しい白銀の革で装丁された、少し厚めの「本」だった。
「これは……?」
「これまでの山のようなノートを、私がすべて1冊にまとめ直しました。題して『ルミのお嫁さん日記・総集編』です。これなら、お前の目を使えば、ものの3分ですべてを思い出すことができます」
ルミは目を輝かせ、震える手でその白い本を受け取ると、ページをパラパラとめくった。
そこには、過去の自分が書いた一番大切な言葉やイラストが、アルヴィーノの綺麗で読みやすい文字と共に、完璧なレイアウトで整理されていた。一番最初のページには、大きな文字でこう書かれている。
『これを開いたルミへ。あなたは世界で一番愛されている、アルヴィーノのお嫁さんです。何も怖がらず、この本を信じてめくりなさい』
水色の瞳が、そのページを一瞬で脳内に焼き付ける。
次の瞬間、ルミの胸の奥から、温かい、言葉にならないほどの絶対的な安心感がじんわりと溢れ出してきた。
「すごい……! これなら、朝起きても、すぐにアルヴィーノさんのお隣にいられるね!」
ルミは本を抱きしめたまま、アルヴィーノの首にぎゅっと飛びついた。
「ええ。どれほどお前の記憶がリセットされようとも、この1冊が、お前を何度でも私の元へ導く道標になります。お前が忘れる未来の思い出は、また私がこの本に、美しく書き足していきましょう」
腕の中で幸せそうに笑うルミを、アルヴィーノはどこまでも深く、狂おしいほどの愛を込めて抱きしめ返すのだった。