記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-
それから、どれほどの「1週間」を繰り返しただろうか。
季節は何度も巡り、邸宅の図書室の一角には、ルミが紡いできたあの革装丁のノートが、まるで小さなタワーのように、山となって積み上げられていた。
ルミの壊れてしまった海馬は、相変わらず7日目を迎えると、無慈悲にすべてを真っ白な灰へと変えてしまう。
けれど、今のルミには、あの日のアルヴィーノがくれた「魔法の道具」があった。
「……あ、れ? おれ……だぁれ……?」
朝、目覚める。
頭の中は冷たくて真っ白。ここはどこかも、目の前にいる、酷く悲しげで、けれど狂おしいほどの愛を湛えた紫の瞳の男が誰かも分からない。
けれど、ルミはもう、昔のように泣き叫びはしなかった。
「ルミ、これを読みなさい」
アルヴィーノから手渡される、何冊ものノートの束。
ルミはその水色の瞳で、ノートのページをパタパタと素早くめくっていく。
そこには、過去の自分が一生懸命に書き残した、拙いけれど温かい文字や絵が敷き詰められていた。
『アルヴィーノさんは、おれをせかいで一番愛してくれる旦那様です』
『おにいちゃん(アルフレッド)がくれるプリンは、とってもあまくておいしい』
『お掃除をがんばると、アルヴィーノさんがいっぱぁい、ちゅうしてくれます』
自分の筆跡、自分の言葉。
それを一瞬で脳内へと焼き付ける(インプットする)ことで、ルミは毎回の朝、自分が「アルヴィーノの愛するお嫁さん」であることを、奇跡のような速度で思い出すことができるようになっていた。
そして、そんな日々を何十回、何百回と積み重ねていくうちに、ルミの心身に、ある不思議な「変化」が起き始めていた。
---
ある日の午後。
アルヴィーノとアルフレッドが応接室で仕事の書類に目を通していると、トコトコと愛らしい足音が近づいてきた。
ルミはエプロンのポケットから、すっかり手に馴染んだペンと、今週の新しいノートを取り出すと、ソファのテーブルの端にちょこんと腰掛けた。
そして、誰に言われるでもなく、ごく自然な動作でノートを開き、さらさらと文字を書き始めたのだ。
「おや、ルミくん。もう日記の時間かい? 今日はまだ夕方にもなっていないけれど」
アルフレッドが眼鏡の奥の目を細めて、優しく声をかける。
すると、ルミはペンを握ったまま、不思議そうに小首を傾げた。
「うん……なんだか、おててが、勝手に動いちゃうの。頭のなかは、まだ今日のことは半分くらいしか考えてないのに、お洋服のポケットに手を入れると、このペンとノートを触りたくなっちゃうんだ」
ルミの言葉に、アルヴィーノがハッと目を見開いた。
脳の記憶を司る箇所は壊れてしまっていても、ルミの「身体」そのものは、アルヴィーノの愛を、ペンを握る感覚を、毎日机に向かう温かい習慣を、しっかりと記憶していたのだ。
何百回と繰り返した「記録する」という行為が、ルミの筋肉に、細胞に、本能の領域にまで深く刻み込まれていた。
「ルミ……」
アルヴィーノは愛おしさが限界を超え、書類を置いてルミの隣へと詰め寄ると、その華奢な身体を横から包み込むように抱きしめた。
「お前の身体は、どれだけ頭が真っ白になろうとも、私を求めることを、ここで生きることを忘れないのですね」
「アルヴィーノさん……? あはっ、くすぐったいよ」
ルミはアルヴィーノの胸に身体を預けながら、嬉しそうにペンを走らせる。
『今日もアルヴィーノさんは、おれをぎゅってしてくれました。おててが、アルヴィーノさんの匂いを、ちゃんと覚えていました』
それは、切なくも確かな、二人の執念が勝ち取った「奇跡の証明」だった。
頭のデータが消えても、ルミの指先は、毎日まるで愛しい日課のようにノートへと向かう。
積み上がった山のようなノートは、二人が絶望の輪廻に打ち勝った勲章。たとえ来週の朝、またすべてを忘れてしまおうとも、ルミの身体とノートがある限り、二人の閉ざされた楽園の愛は、永久に途切れることなく続いていくのだった。
季節は何度も巡り、邸宅の図書室の一角には、ルミが紡いできたあの革装丁のノートが、まるで小さなタワーのように、山となって積み上げられていた。
ルミの壊れてしまった海馬は、相変わらず7日目を迎えると、無慈悲にすべてを真っ白な灰へと変えてしまう。
けれど、今のルミには、あの日のアルヴィーノがくれた「魔法の道具」があった。
「……あ、れ? おれ……だぁれ……?」
朝、目覚める。
頭の中は冷たくて真っ白。ここはどこかも、目の前にいる、酷く悲しげで、けれど狂おしいほどの愛を湛えた紫の瞳の男が誰かも分からない。
けれど、ルミはもう、昔のように泣き叫びはしなかった。
「ルミ、これを読みなさい」
アルヴィーノから手渡される、何冊ものノートの束。
ルミはその水色の瞳で、ノートのページをパタパタと素早くめくっていく。
そこには、過去の自分が一生懸命に書き残した、拙いけれど温かい文字や絵が敷き詰められていた。
『アルヴィーノさんは、おれをせかいで一番愛してくれる旦那様です』
『おにいちゃん(アルフレッド)がくれるプリンは、とってもあまくておいしい』
『お掃除をがんばると、アルヴィーノさんがいっぱぁい、ちゅうしてくれます』
自分の筆跡、自分の言葉。
それを一瞬で脳内へと焼き付ける(インプットする)ことで、ルミは毎回の朝、自分が「アルヴィーノの愛するお嫁さん」であることを、奇跡のような速度で思い出すことができるようになっていた。
そして、そんな日々を何十回、何百回と積み重ねていくうちに、ルミの心身に、ある不思議な「変化」が起き始めていた。
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ある日の午後。
アルヴィーノとアルフレッドが応接室で仕事の書類に目を通していると、トコトコと愛らしい足音が近づいてきた。
ルミはエプロンのポケットから、すっかり手に馴染んだペンと、今週の新しいノートを取り出すと、ソファのテーブルの端にちょこんと腰掛けた。
そして、誰に言われるでもなく、ごく自然な動作でノートを開き、さらさらと文字を書き始めたのだ。
「おや、ルミくん。もう日記の時間かい? 今日はまだ夕方にもなっていないけれど」
アルフレッドが眼鏡の奥の目を細めて、優しく声をかける。
すると、ルミはペンを握ったまま、不思議そうに小首を傾げた。
「うん……なんだか、おててが、勝手に動いちゃうの。頭のなかは、まだ今日のことは半分くらいしか考えてないのに、お洋服のポケットに手を入れると、このペンとノートを触りたくなっちゃうんだ」
ルミの言葉に、アルヴィーノがハッと目を見開いた。
脳の記憶を司る箇所は壊れてしまっていても、ルミの「身体」そのものは、アルヴィーノの愛を、ペンを握る感覚を、毎日机に向かう温かい習慣を、しっかりと記憶していたのだ。
何百回と繰り返した「記録する」という行為が、ルミの筋肉に、細胞に、本能の領域にまで深く刻み込まれていた。
「ルミ……」
アルヴィーノは愛おしさが限界を超え、書類を置いてルミの隣へと詰め寄ると、その華奢な身体を横から包み込むように抱きしめた。
「お前の身体は、どれだけ頭が真っ白になろうとも、私を求めることを、ここで生きることを忘れないのですね」
「アルヴィーノさん……? あはっ、くすぐったいよ」
ルミはアルヴィーノの胸に身体を預けながら、嬉しそうにペンを走らせる。
『今日もアルヴィーノさんは、おれをぎゅってしてくれました。おててが、アルヴィーノさんの匂いを、ちゃんと覚えていました』
それは、切なくも確かな、二人の執念が勝ち取った「奇跡の証明」だった。
頭のデータが消えても、ルミの指先は、毎日まるで愛しい日課のようにノートへと向かう。
積み上がった山のようなノートは、二人が絶望の輪廻に打ち勝った勲章。たとえ来週の朝、またすべてを忘れてしまおうとも、ルミの身体とノートがある限り、二人の閉ざされた楽園の愛は、永久に途切れることなく続いていくのだった。