記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-

それから、張り詰めたような、けれど酷く穏やかな1週間が過ぎた。

目覚めたルミは、アルヴィーノから与えられる過剰なまでの愛を全身で受け止め、アルフレッドが持ってくる甘いプリンを食べて、少しずつ笑顔を取り戻していった。
「アルヴィーノさんのお嫁さん」というお仕事を再びインプットしたルミは、以前のように拙い手つきでお掃除を手伝い、二人の手を借りながら、新しい幸せのデータをその脳内に少しずつ、健気に積み重ねていた。

(このまま、あの子の記憶が定着してくれれば――)

アルヴィーノの胸に、そんな微かな、奇跡を願うような想いが芽生え始めていた。

しかし、無慈悲なタイムリミットは、正確に訪れる。

ちょうど、ルミが目覚めてから7日目の朝のことだった。
カーテンから差し込む柔らかな光の中、ベッドで身じろぎをしたルミが、ゆっくりと水色の瞳を開いた。その瞳を見た瞬間、アルヴィーノの心臓が冷たく氷結する。

そこにあったのは、昨日までアルヴィーノに向けてくれていた愛着の熱ではない。
すべてが消え失せ、霧の彼方へとリセットされてしまった、あの残酷なまでの「純白」だった。

ルミは戸惑ったように部屋を見回し、隣に座るアルヴィーノの顔を見て、きょとんとした声を出す。

「……? あなたは、だぁれ……?」

一寸の狂いもない、1週間前と同じ言葉。

「……ルミ」

アルヴィーノは表情を消し、そっとルミを抱きしめた。その紫の瞳の奥に、深い、深い諦念と、それを上回る強固な決意が宿る。
ノックをして部屋に入ってきたアルフレッドも、ルミのその真っ白な表情を見て、すべてを察したように静かに息を吐いた。

「なるほどね……『1週間』、か」

アルフレッドがぽつりと呟く。
ルミの壊れてしまった海馬が、新しい記憶を維持できる限界のキャパシティ。それが「7日間」なのだと、二人はここで完全に理解した。

どんなに愛し合っても、どんなに楽しい思い出を作っても、7日経てばルミの中の時計は強制的に巻き戻り、アルヴィーノたちは再び「見知らぬ他人」になってしまう。

ならば、どうするか。
絶望に暮れて立ち止まる時間など、この兄弟には1秒たりともなかった。

「ルミ。怖がらなくていいのですよ。お前の名前はルミ。そして私はアルヴィーノ、お前の最愛の旦那様です」

アルヴィーノはいつものように、淀みのない極上の愛の言葉でルミの脳内を優しく満たしていく。ルミが「お嫁さん」という記号を認識し、少しだけ緊張を解いたその時、アルヴィーノはベッドサイドの引き出しから、あるものを取り出した。

それは、重厚な革で装丁された、まだ1ページも使われていない「1冊のノート」と、1本の高級なペンだった。

アルヴィーノはそれを、ルミの小さな両手のなかにそっと握らせた。

「アルヴィーノさん……これ、なぁに……?」

不思議そうにノートを見つめるルミに、アルヴィーノは至近距離で視線を合わせ、そのふっくらとした頬を優しく撫でる。

「それはね、お前とお前の大好きな人たちを繋ぐ、大切な『魔法の道具』です」
「まほうの……どうぐ?」
「ええ。ルミ、これからお前がここで過ごす中で、嬉しかったこと、楽しかったこと、美味しいと思ったもの……それを何でもいいから、毎日このノートに書いておきなさい。文字が難しければ、絵でも構いません。そして――」

アルヴィーノはルミの手を包み込み、ペンを握る力をそっと強めさせた。

「もし、またお前のお頭が真っ白になって、朝起きて私のことが分からなくなってしまった時は……一番最初に、このノートを開くのです。そこに、お前の真実がすべて書いてあります」

ルミの「絶対記憶」は、ノートに書かれた自分の文字や、アルヴィーノたちの筆跡を一瞬で脳内に焼き付けることができる。
脳の保存機能が壊れて記憶を明日へ繋げられないのなら、このノートをルミの「外部記憶装置(ハードディスク)」にすればいい。
朝目覚めて絶望に突き落とされるルミを、ルミ自身の文字で救うために。

ルミは手の中のノートをぎゅっと抱きしめ、まだ見ぬ未来の自分へ想いを馳せるように、こくりと頼もしく頷いた。

「うん……わかった。俺、いっぱい書くね。次の俺が、アルヴィーノさんのことをすぐに思い出せるように」
「ええ、いい子ですね、ルミ」

アルヴィーノは愛おしさに胸を締め付けられながら、ルミを強く、強く抱きしめた。

毎週、世界がリセットされる悲劇の輪廻。
けれど彼らは、絶望に屈することを選ばない。1週間ごとに真っ白になるノートの最初のページには、いつもアルヴィーノの甘い愛の言葉が、そして2ページ目からは、ルミが必死に紡いだ「大好き」の証拠が、何度でも、何度でも、鮮やかに書き込まれていくのだった。
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