記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-

あれから、数ヶ月の時が流れた。

季節は移り変わり、邸宅の窓から見える木々は、かつてルミが「綺麗だね」と笑った瑞々しい緑をたたえている。
けれど、あの主寝室の中だけは、時間が凍りついたように静まり返っていた。

そして、ある日の午後。
微かな電子音だけが響く部屋で、ついに、その瞬間が訪れた。

「……ん、ぅ……」

ベッドの上で、長い間閉じられていたルミの睫毛が、微かに震えた。
アルヴィーノは弾かれたようにルミの顔を覗き込み、その小さな手を強く握りしめる。後ろでは、静かに書類を整理していたアルフレッドも、息を呑んでベッドへと歩み寄った。

ゆっくりと、本当にゆっくりと開かれた、水色の瞳。

数ヶ月ぶりに現れたその美しい双眸は、しかし、以前のようなアルヴィーノへの甘い熱を帯びてはいなかった。
ただ、何も描かれていない広大な冬の空のように、ただただ、真っ白だった。

ルミは視線を彷徨わせ、最後に、自分の手を握りしめているアルヴィーノの顔をじっと見つめた。その唇から、かすれた、頼りない声が紡がれる。

「ここは……どこ……? あなたは……だぁれ……? おれ、は……だぁれ……?」

あの日、悪徳企業から救い出した時と、まったく同じ言葉。
何もかもが消え去り、リセットされてしまった、残酷なまでの純白。

「……っ」

アルヴィーノの胸に、鋭い刃物で突き刺されたような激痛が走る。
医師の宣告通りだった。本家の老人たちに無理やり詰め込まれた冷たい数式も、それに対抗しようとしたアルヴィーノの甘い愛の記憶も、すべては激しい炎症の炎に焼き尽くされ、灰すら残っていなかった。

隣に立つアルフレッドが、痛ましげに目を伏せる。
けれど、二人はとっくに覚悟を決めていた。
たとえこの先、あの子の脳が何日も記憶を保持できず、数日ごとにこの「絶望の朝」を迎えることになろうとも。

アルヴィーノは歪む視界を必死に堪え、限界まで優しい微笑みをその端正な顔に浮かべた。
そして、ルミの冷たい頬を、愛おしそうに、壊れ物を扱うようにそっと包み込む。

「怖がらなくていいのですよ、ルミ。ここは、お前の家です」
「ルミ……? おれの……なまえ……?」
「ええ。お前の名前はルミ。世界で一番美しくて、優しい、私の大切な小鳥です」

アルヴィーノはルミの額に、そっと誓いの口づけを落とした。
ルミはビクッと身体を強張らせたが、アルヴィーノの瞳から溢れる、狂おしいほどに温かい情愛の光に気圧されるように、じっと彼を見つめ返している。

「そして、私はアルヴィーノ。お前を誰よりも愛し、お前を守る、お前のすべてです」
「アルヴィーノ、さん……。おれを……あいして、くれてるの……?」
「ええ、命に代えても。お前は私の隣で、色々な家事を覚えて、私をたくさん癒してくれた。お前はね、私にとって……世界でたった一人の、最愛のお嫁さんなのですよ」
「お嫁さん……」

ルミはその言葉を不思議そうに、けれどどこか心地よさそうに、小さな唇で繰り返した。
記憶はすべて失われても、アルヴィーノが注ぎ込む圧倒的な愛の質量だけは、ルミの魂の輪郭を優しく包み込んでいく。

「お仕事、なのかな……。おれ、アルヴィーノさんのお嫁さん……」
「そうです。お前はただ、私の腕の中で、甘いプリンを食べて、笑っていればいいのです。何も難しいことを覚える必要はありません。お前が忘れてしまうすべての思い出は、この私が、この胸に永遠に刻み続けますから」

アルヴィーノはルミの小さな身体を、慈しむようにぎゅっと抱きしめた。
ルミはまだ戸惑いながらも、その胸の温かさに安心したように、細い手をアルヴィーノの背中にそっと回す。

後ろで見守るアルフレッドは、優しく微笑みながら、心の中で静かに誓っていた。

(これから何度も、君は忘れてしまうんだろうね。だけど大丈夫さ。アルヴィーノも僕も、君が何度忘れても、何度だってこの『最初の愛』を教え込んであげるから)

これから先、彼らを待ち受けるのは、数日ごとに記憶がリセットされる、果てのない切ない日々。
けれど、どれだけ世界が反転しようとも、この閉ざされた楽園の中で、アルヴィーノの狂気的な過保護と、ルミを「お嫁さん」として溺愛する物語は、何度でも、新しく、そして最も甘い言葉で書き直され続けていくのだった。
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