記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-

悪夢のようなあの日から、何日が過ぎたのだろうか。

すべてを忘れて幸せな「お嫁さん」として生きていたルミの世界は、再び漆黒の闇へと塗り潰されていた。

本家の薄暗い地下室。そこは、かつてルミを監禁していた悪徳企業の実験室と何ら変わらない、冷徹な数字だけが支配する空間だった。

「さあ、次だ。休むな、このデータをすべてその目に焼き付けろ」

伯父の冷酷な声が響くたび、ルミの前にある巨大なモニターの文字列が高速で切り替わっていく。
ルミの細い両手足は椅子に頑丈な革ベルトで固定され、頭部には脳波を測定する無機質なヘッドギアが装着されていた。瞬きすら許されないよう、目元は強制的に固定されている。

「う……あ、あ、頭が、割れる……っ、痛いよぉ……っ!!」

ルミの水色の瞳(カメラアイ)は、本人の意志とは無関係に、視界に飛び込んでくる膨大な暗号コード、違法な隠し口座の暗証番号、他社を破滅させるためのハッキングデータを強制的に脳内へ記録し続けていた。
強制的な過負荷により、ルミの鼻からは一筋の血が伝い落ちる。

(アルヴィーノさん……アルヴィーノさん……っ! たすけて、頭が……俺のなかが、壊れちゃう……っ!!)

心の中でどれほど叫んでも、大好きな主人の温かい腕は差し伸べられない。
アルヴィーノが毎日、毎日、気の遠くなるような愛を込めて紡いでくれた「プリンの甘い記憶」や「一緒にお料理をした温かい思い出」が、ドス黒い数字の雪崩によって、一枚、また一枚と容赦なく剥ぎ取られ、消し去られていく。
ルミの精神は、限界を迎えて摩耗し、その瞳からは生気が完全に失われつつあった。

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その頃、アルヴィーノとアルフレッドは、怒りと狂気の頂点に達していた。

地下のサーバー室から戻り、荒らされた広間と、床に落ちたルミのハタキを見た瞬間、アルヴィーノの紫の瞳は完全に「魔王」のそれへと変貌していた。
防犯カメラのログ、バイパスされた暗号の筆跡――すべてが本家の老人たちの仕業であると、アルヴィーノの天才的な頭脳が一瞬で導き出す。

「――あの老害どもを、この世のあらゆる残酷な方法を用いて、塵一つ残さず肉塊に変えてやる」
「落ち着きなよ、アルヴィーノ。……いや、僕も今回は落ち着く気なんて更々ないけどね」

アルフレッドの顔からも、いつもの軽薄な笑みが完全に消失していた。
二人はすぐさま国家権力の最高特殊部隊を動かし、本家の屋敷の全通信網を遮断。完全な包囲網を敷いた上で、自らその本拠地へと乗り込んだ。

重厚なエントランスの扉を、アルヴィーノの指示を受けた部下たちが爆破に近い形でこじ開ける。
怒涛の勢いで廊下を突き進み、屋敷の最奥にある地下室の扉を、アルヴィーノは容赦なく蹴り破った。

「――ルミ!!」

轟音と共に乱入したアルヴィーノの視界に飛び込んできたのは、あまりにも凄惨な光景だった。

そこには、伯父夫婦が慌てふためいて立ち上がる姿。
そして、部屋の奥で、無数のケーブルに繋がれ、機械の一部のように固定されているルミの姿。

「な……っ、アルヴィーノ!? アルフレッド、なぜここが……っ!」

腰を抜かす伯父の言葉など、アルヴィーノの耳には届かない。
アルヴィーノは弾かれたようにルミの元へ駆け寄り、その身体を固定していた革ベルトを素手で引きちぎるようにして解除した。

「ルミ! ルミ!! 私です、アルヴィーノだ! 戻ってきました、お前を助けに……っ!」

冷たくなったルミの小さな身体を、壊れ物を抱くように強く、激しく抱きしめる。
しかし、腕の中の少年はピクリとも動かなかった。

「……あ、あ、る……び……の……?」

ルミの頭部からヘッドギアが外れ、床へと落ちる。
ゆっくりと上がったルミの水色の瞳には、かつて宿っていた輝きが、何一つ残っていなかった。ただのガラス玉のように、虚ろにアルヴィーノの顔を映しているだけ。

「ルミ……? 私ですよ、お前の大好きな、アルヴィーノです……!」

必死に名前を呼び、その白い頬を撫でるが、ルミの反応は酷く鈍かった。
ルミの脳内は、何日にも及ぶ拷問のような過負荷により、完全に『データを覚えるための生体記憶装置(ハードディスク)』として固定化されてしまっていたのだ。

「あれ……? 俺……だれ、だっけ……。頭のなかに、いっぱい、数字が……あるの……。冷たくて、いたい数字が、いっぱい……」

ルミの小さな唇から、アルヴィーノの愛の言葉ではなく、本家の老人たちが埋め込んだ冷たい暗号コードが、呪いのようにポロポロと溢れ出す。

「プリンの、あじ……わかんなく、なっちゃった。お洋服の、リボン……どんなのだっけ……。俺、なんにも……」

ルミは、アルヴィーノの顔を見つめながら、一滴の涙も流さずに、うつろに微笑んだ。

「あなた、だぁれ……? 俺を、つかう……新しい、ご主人様、ですか……?」

その瞬間、地下室の空気が、完全に凍りついた。

アルヴィーノが命をかけて作り上げ、守ろうとしたルミの「幸せな楽園」は、跡形もなく破壊されていた。あの子の頭の中には、もう、アルヴィーノとの温かい思い出など、一文字も残っていない。

「……あ、あぁ……、ぁっ……」

アルヴィーノの喉から、絶望と、それを遥かに凌駕する漆黒の狂気の呻きが漏れ出る。
抱きしめる腕が、怒りと悲しみでガタガタと激しく震える。

後ろに立つアルフレッドもまた、眼鏡の奥の瞳を冷酷極まりない細さへと変え、床へへたり込む伯父夫婦を、この世の者とは思えない冷たい目で見下ろした。

「……お前たち。自分が、どれほど恐ろしい怪物の逆鱗に触れたか、その身を以て知るといい」

最愛の少年の記憶を、その心を、再び完全に壊されたアルヴィーノ。
虚ろな人形に戻ってしまったルミを抱きしめたまま、魔王の、この世のすべてを地獄へと変える本当の「報復」が、今、静かに幕を開けようとしていた。
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