記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-

翌日の午後、邸宅は静まり返っていた。

アルヴィーノは在宅CEOとはいえ、アルフレッドと共にどうしても外せない、国家権力の息がかかった最高機密の暗号ラインを構築するため、一時的に地下のサーバー管理室へと篭っていた。邸宅のメインエリアには、一時的に二人とも不在。

そんな空白の時間を、あの執念深い老人たちが狙い澄ましたかのように突いてきた。

カチャリ、と静かに玄関の鍵が開く音が響く。
本家の権限を使い、警備システムを一時的にバイパスして侵入してきたのは、あの伯父と伯母だった。
廊下のモップがけをしていたルミは、不審な足音に気づき、トコトコと玄関ホールへと向かった。そこで、冷酷な眼差しで見下ろしてくる二人の大人の姿を捉えた瞬間、ルミの身体は凍りついた。

「あら……本当にいたわ。アルヴィーノが必死に隠していた、例の『人形』が」

伯母が、扇子で口元を隠しながら、歪んだ笑みを浮かべる。
本家の老人たちは、かつてルミを道具として扱っていた悪徳企業や、裏社会の噂から、ルミの「絶対記憶(カメラアイ)」の能力を密かに察知していたのだ。まさかアルヴィーノがこれほどの極上品を、ただの「お嫁さん」として甘やかし、囲い込んでいるとは思いもしなかったのだろう。

「ほう、これが……。噂に聞く、見たものすべてを一瞬で脳内に記録する絶対記憶の器か。なるほど、これだけの能力があれば、我が一族の繁栄など造作もないことだ。アルヴィーノの奴、これほどの利権を独占していたとはな」

伯父の濁った瞳が、まるで高級な家畜の品定めでもするかのように、ルミの小さな身体を頭の先から爪先までねめ回す。

その、欲望に塗れた冷たい視線に晒された瞬間ルミの脳の奥底で、眠っていた本能が激しい危険信号を鳴らした。

(この人たち、だめ……っ。しゃべっちゃ、ダメなやつ……! 触らせたら、だめ……っ!)

すべてを忘れたはずのルミの脳が、かつて自分を壊した「大人たちの悪意」を、本能的に悟ったのだ。
ルミはハタキを落とし、恐怖に顔を白くしながら、一歩、また一歩と後ろへ下がった。

「アルヴィーノさん……アルヴィーノさん……っ」

大好きな主人の名前を呼びながら、ルミは一番安全な場所である、アルヴィーノの「主寝室」へと逃げ込もうと、細い脚で一気に廊下を駆け出した。

しかし、生まれたての子猫のようなルミの足は、あまりにも遅すぎた。

「逃がすか、生意気な!」

背後から迫った伯父の大きな手が、逃げようとするルミの、あの美しく長い水色の髪を、後ろから乱暴にひっ掴んだ。

「――あぁっ……!!」

鋭い痛みが頭皮を走り、ルミの小さな身体が無理やり後ろへと引き戻される。勢いよく冷たい大理石の床へと突き倒され、ルミは激しく息を詰まらせた。

「痛い……っ、いたいよぉ……っ! はなして……っ!」
「黙れ、道具の分際で! アルヴィーノの甘やかしのせいで、自分が人間だとでも錯覚したか!」

伯父はルミの髪を掴んだまま、その小さな顔を無理やり上向かせた。
そして、連れてきていた部下に目配せをすると、用意していた巨大なアタッシュケースから、大量の紙の資料を床へとぶち撒けた。

それは、本家が他社から不正に盗み出してきた、膨大な暗号コード、莫大な資産の隠し口座のリスト、そして他国の企業を破滅させるための違法なハッキングデータの一群だった。

「お前の主人が我々に従わない以上、お前のその『目』を使って、このデータをすべて脳内に叩き込め! アルヴィーノのシステムをクラッシュさせるためのコードを、今すぐその頭で結合しろ!!」
「いや……っ! 見ない、見たくない……っ!!」

ルミは必死に両手で目を覆おうとしたが、今度は伯母がルミの細い両手首を力任せに掴み、床へと押さえつけた。

「さあ、見なさい! 焼き付けなさい! お前はそのために生まれてきた便利な人形でしょう!」
「う、あ……あぁぁぁっ……!!」

強制的に開かれたルミの水色の瞳に、冷たい数字の羅列、呪わしい文字列、膨大なデータの濁流が、容赦なく飛び込んでいく。

「カメラアイ」は、本人の意志に関係なく、網膜に映ったものすべてを強制的に、一寸の狂いもなく脳内へと記録してしまう。

ルミの小さな頭の中で、せっかくアルヴィーノが毎日毎日、優しい愛とプリンの甘さで上書きしてくれていた綺麗な世界が、ドス黒い泥水のようなデータによって、再び激しく汚されていく。

(アルヴィーノさん……たすけて、アルヴィーノさん……っ! お頭が、割れちゃう……っ! 俺のあたまが、また、壊れちゃうよぉ……っ!!)

「うあああああぁぁぁっっ!!!」

誰も助けに来ない、閉ざされた邸宅の広間で。
ルミは激痛に身体を硬直させ、涙をボロボロと流しながら、のたうち回る。
その純白の脳内へと、悪意に満ちた数字の雪崩が、無慈悲に、そして残酷につぎ込まれ続けるのだった。
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