記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-

夜の街を滑るように走る最高級セダン。
遮音性の高い重厚なドアの向こうで、ルミはただ、絶え間なく流れていく街灯の光を虚ろに眺めていた。
脳の奥を焼き付かせるような激しい頭痛は、アルヴィーノに抱き上げられた瞬間から少しずつ引き始めていたが、代わりに実体のない不安がじわじわと胸を満たしていく。
車が滑り込んだのは、都心の超一等地、喧騒から隔絶された静寂の中に佇む広大な大邸宅――レイストール家の私邸だった。
息を呑むほどにモダンで、冷徹なまでに洗練された美しさを持つ建築。
天井の高いエントランスに足を踏み入れた瞬間、ルミの身体は硬直した。磨き上げられた大理石の床には、外の闇を弾くような冷たい光が反射している。
その贅沢な空間の中で、ルミの存在はあまりにも異質だった。
サイズが合わずに型崩れした、擦り切れたリクルートスーツ。
泥を落としただけの煤けた姿、そして怯えを隠せない痩せた身体。
自分がこの場にいること自体が、何か重大な過ちであるかのように思えて、膝が小刻みに震えた。
そんな二人の前に、リビングの奥から静かな足音が近づいてくる。
白を基調とした上質なラウンジウェアを気怠げに着こなした、金髪碧眼の青年。
光を浴びて輝くような美貌を持つその男こそ、アルヴィーノと共に巨大企業を率いる『レイストール・ホールディングス』の若き総裁、アルフレッドだった。

「おかえり、アルヴィーノ。ずいぶん遅かったじゃな……い、え?」

いつも通りの朗らかな微笑みを浮かべていたアルフレッドの声が、奇妙に掠れて途切れた。
彼の碧い瞳が、アルヴィーノの大きな身体の背後に、小さく丸まって隠れているルミの姿を捉えた瞬間、その表情が完璧に凍りつく。

ボサボサに乱れた水色の髪。
ぶかぶかの服の隙間から覗く細い首筋や手首には、微かに、けれど明瞭に痛々しい痣や汚れが刻まれている。
どう見ても、苛烈な環境でボロボロになるまで搾取されていた、保護を必要とする可憐な少年だった。
アルフレッドは驚愕のあまり眼限界まで目を見開き、弟とルミを何度も交互に見つめた後、ついに頭を抱えて声を上げた。

「アルヴィーノ、君……っ!! いくら冷徹で手段を選ばないからって、ついに一線を越えたのかい!? 誘拐してきたのか!?」
「……兄上。声を落とせ。騒がしい」

アルヴィーノは眉ひとつ動かさず、至って冷静な口調で告げると、身に纏っていた最高級のウールコートを脱いで、音もなく控えていた執事に手渡す。
その徹底したマイペースぶりに、アルフレッドはさらに慌てて、アルヴィーノを突き放すようにしてルミの前に駆け寄った。

「大丈夫かい? 怖がらなくていいからね。この弟が何か酷いことをしたなら、僕が全力で君を守るから! 今すぐ警察を――」
「警察なら、先ほど私の弁護士が向かわせた」

アルヴィーノの声が、冷刃のように空間を切り裂いてアルフレッドの言葉を遮った。

「こいつを監禁し、違法労働を強いていた悪徳企業を、今頃すり潰している頃だ。明日の朝には、あの場所は塵一つ残っていないだろう」

アルヴィーノは一歩前へ出ると、ルミの細い手首を掴んだ。
その指先は驚くほど優しく、しかし同時に、決して逃がさないという有無を言わせぬ力強さに満ちている。
彼はルミを自分の背後へと引き寄せ、アルフレッドの視線から遮るように隠した。

「これは私が直々に買い取った、私の『駒』だ。戸籍の整理も、身元の保証も、明日すべて私の名義で完了させる。――兄上、勝手に人の所有物に触ろうとしないでいただきたい」
「所有物って……君ねえ……」

アルフレッドは呆気にとられ、言葉を失った。
だが、その呆れの中に、確かな戦慄が混ざる。
アルヴィーノがルミを見る瞳。
その奥底に灯っているのは、ビジネスの道具に対する冷徹な関心などではなかった。
それは、一度捕らえた獲物を二度と手放さないと誓うような、昏く、深い執着の炎だ。
アルフレッドは、弟がこの少年に見せた、かつてないほどの異常な執念の気配を見逃さなかった。

一方のルミは、眩いほどの豪華な邸宅と、目の前に現れた「総裁様」の怒涛のやり取りに、完全に思考がパニックを起こしていた。
けれど、アルヴィーノの大きな背中にすっぽりと隠された瞬間、不思議な感覚が胸に湧き上がる。
ここはあまりにも場違いで恐ろしい場所なのに、自分を遮るアルヴィーノの体温だけが、酷く温かく、そして絶対的な安心感を持って自分を包み込んでいた。

「あの……お、俺……」

ルミはアルヴィーノの背中の布地を小さな手でぎゅっと握りしめ、俯きながら、蚊の鳴くような声で一生懸命に言葉を紡いだ。

「誘拐じゃ、ないです……。この方が、俺を、助けて、くれたから……」

その健気で必死な弁明を聞いた瞬間、アルフレッドは胸を強く射抜かれたように動きを止めた。
「そっか!」と両手を合わせると、先ほどまでの警戒心が嘘のように、一気に表情を和らげる。

「そうなんだね。……うん、君がそう言うなら安心したよ。でもアルヴィーノ、こんなにボロボロで可哀想じゃないか! すぐにお風呂と、温かい食事と、それから洋服を用意させないと。どんな服がいいかな? 好きな色はあるかい?」

堰を切ったように優しく世話を焼き始めるアルフレッドに対し、アルヴィーノはただ冷淡に、その視線を冷たくあしらった。

「兄上、今夜はもう遅い。ルミの部屋は私の寝室の隣にする。用が済んだなら、早くお引き取りを」
「えっ、もう自分の近くに囲い込む気かい!?」

出会った初日から、一切の容赦なく独占欲を全開にする弟。
アルフレッドは「僕の家でもあるんだけどな……」と心の中で苦笑しつつも、怯えるルミを安心させるように、「お兄ちゃん」としての柔らかく温かい微笑みを、その水色の髪の少年に向けるのだった。
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