記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-

「じゅう、に……じゅう、さん……あぅ、お部屋が、いっぱいありすぎるよ……」

フリルのついたお掃除用のミニエプロンを揺らしながら、ルミは廊下の真ん中で小さなハタキを抱きしめたまま立ち尽くしていた。

「お嫁さんのお仕事」として、ルミはお掃除も完璧にこなしたいと張り切っていた。
けれど、アルヴィーノが用意したこの広大な邸宅は、生まれたての子猫のようなルミにとって、あまりにも広すぎる迷宮だった。
しかも最近は、アルヴィーノにリモートワークの書類を届けたり、息抜きのプリンを持ってきたりする「アルフレッドお兄ちゃん」も頻繁に出入りするようになっている。
人が増えれば、それだけ開くドアも増える。

(お掃除しなきゃって思っても、入っていいお部屋と、入っちゃダメなお部屋がまだわからないや……)

かつて悪徳企業でお人形として扱われていた頃、ルミは「勝手に部屋に入るな」と激しく叩かれた記憶の残滓(感覚)だけを、身体のどこかで微かに覚えていた。
だからこそ、間違えてアルヴィーノを怒らせてしまうかもしれない恐怖が、ほんの少しだけ胸をかすめる。

迷ったルミは、トコトコと小さく足音を響かせながら、アルヴィーノがいる書斎へと向かった。

コンコン、と控えめにドアを叩く。

「アルヴィーノさん……? 今、お仕事、いそがしいですか……?」

ドアの隙間から水色の瞳を覗かせると、デスクのモニターに向かって冷酷な表情でハッキングのログを解析していたCEOの顔が、一瞬で蕩けるような甘い笑顔へと切り替わった。

「ルミ。どうしました?」

アルヴィーノが両腕を広げると、ルミは嬉しそうに駆け寄り、その逞しい膝の上へとすとんと収まった。アルヴィーノは当然のようにルミの細い腰を抱きすくめ、その柔らかな髪に顔を埋めて極上の癒しを吸い込む。

「あのね、お掃除をがんばりたいの……でもね、このお家、お部屋がいっぱいあって。俺、どこのお部屋に入ってよくて、どこがダメなのか、わからないの」

ルミがハタキを握りしめたまま、少し不安そうに見上げると、アルヴィーノはふっと愛おしそうに目を細めた。

「おや、そんなことを気にしていたのですか?」
「うん……アルヴィーノさんのお家、入っちゃいけない『ひみつの部屋』があるのかなって……」
「ルミ。よく聞きなさい。この邸宅の中に、お前が入ってはいけない部屋など、ただの一箇所も存在しません」
「……えっ? ほんとう?」
「本当です。ここにある全ての部屋、全ての家具、そしてこの私に至るまで、そのすべてがお前のものです。お前が好きな時に、好きな部屋をお掃除して、好きなだけ模様替えをしていいのですよ」
「わぁ……っ!」

ルミの水色の瞳が、ぱあっと嬉しそうに輝く。
けれど、アルヴィーノはルミの腰をさらにぐっと引き寄せると、その耳元で、少しだけ低く、独占欲を孕んだ声を響かせた。

「ただし――条件が、一つだけあります」
「じょうけん……?」
「ええ。アルフレッド兄上が使っている客間だけは、私と一緒にいる時以外、一人では絶対に入ってはいけません。……あの男は、時折余計なゴミを持ち込みますからね。お前の綺麗な頭に、そんな汚いものを見せるわけにはいかない」

アルヴィーノの本音は、「兄上といえど、男の部屋にルミを一人で入らせたくない」という、ただの狂気的な嫉妬だったが、ルミはそれを「俺の頭を守るためなんだ!」と純粋に解釈した。

「うん! わかった! おにいちゃんのお部屋だけは、アルヴィーノさんと一緒のときにお掃除するね!」
「ええ、賢い子です。……お掃除の前に、私をたくさん癒してくれたご褒美をあげましょう」

アルヴィーノはルミの薄い唇に、甘く、深い口づけを落とした。
社会を動かす冷徹なCEOでありながら、この邸宅の中では、一匹の愛しい小鳥が迷子にならないよう、全てのドアを開放して自らの愛だけで満たしていく。

「じゃあ、まずはこのお部屋からお掃除するね!」と、膝の上で嬉しそうにハタキを振るルミを、アルヴィーノは一日中この腕から離したくないという衝動を抑えながら、どこまでも愛おしそうに見つめ続けるのだった。
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