記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-
薄暗い部屋のなかに、シュレッダーの駆動音だけが重く響いていた。
絶対記憶(カメラアイ)。
一度視界に収めたものは、網膜の裏に焼き付いて二度と消えない。
剥き出しのレンズのように、光も、影も、都合の悪い真実も、すべてを等しく記録し続ける呪いのような能力。
ルミはその呪いのせいで、この泥濘のような悪徳企業に囚われていた。
「おい、次だ。一言一句違えずに頭に入れろ」
机の上に乱暴に投げ出されたのは、他人の戸籍情報や、表に出せない裏金の流れが記された極秘書類。
どれも文字が細かく、人の悪意が凝縮されたような代物ばかりだ。
ルミの身体には、明らかにサイズの合っていない大人用のスーツがまとわされていた。
ぶかぶかの袖口から覗く手首は痛々しいほどに細く、首元は締まらない襟に擦れて赤くなっている。
「……はい」
掠れた声で応じ、ルミは書類に目を落とす。
脳が強制的に作動し、文字の羅列を映像として焼き付けていく。
一度見たものは忘れない。
けれど、それは脳に際限なくデータを詰め込み続ける行為に他ならなかった。
許された時間はわずか数分。
視線を走らせる間にも、こめかみをギリギリと締め付けるような激しい頭痛が襲う。
視界がチカチカと明滅し、吐き気がせり上がってくるが、ルミは瞬きすら惜しんで紙面を凝視した。
制限時間が来ると、男は無慈悲に書類を奪い取り、すぐ横のシュレッダーへと放り込む。
ガガガ、と紙が切り刻まれる音が、ルミの耳を不快に刺激した。
「よし、確認する。三人目の住所と口座番号は」
「……東京都、港区……」
記憶の引き出しを無理やり抉り開け、覚えたばかりの数字を吐き出す。
もしここで一度でも淀めば、容赦のない罵声と暴力が飛んでくる。
戸籍を握られ、逃げ場のないルミにできるのは、ただひたすらに能力を擦り減らし、差し出し続けることだけだった。
「――終わったなら、次だ。早くしろ」
終わりなど、最初から無い。
頭痛はすでに限界を超え、目の奥が焼けるように熱い。それでもルミは、差し出された次の書類へと、震える視線を向けようとした。
―ーその時だった。
重苦しい電子ロックの解除音が響き、部屋の防音扉が、これまでにない勢いで跳ね上がるようにして開かれた。
「な、なんだお前たちは……ッ!?」
男が声を荒らげた瞬間、黒いスーツを纏った屈強な男たちが一斉になだれ込んできた。
男は一瞬で床に組み伏せられ、短い悲鳴を上げて黙り込む。
静寂が戻った室内に、静かな、けれど圧倒的な存在感を放つ足音が響いた。
入ってきたのは、一人の若い男だった。
非の打ち所がないほど冷徹に仕立てられた高級スーツ。
理知的でありながら、どこか底の知れない底冷えするような瞳。
彼は連れてきた護衛たちに顎で短く指示を出し、部屋の制圧を確認すると、一切の躊躇なく歩みを進めた。
視線の先には、書類の山に埋もれ、あまりの事態に硬直しているルミ。
彼は、ボロボロに擦り切れたその小さな身体へと真っ直ぐに近づいていく。
ルミを見つめる彼の瞳の奥に、昏い、泥のような執着の炎が灯った。
その絶対記憶を、歪んだ大人たちに玩具のように消費されていた少年。
それを、自らの手で支配し、救うために彼はここにいた。
「……もう、覚えなくていい」
低く、酷く穏やかな声が、ルミの鼓膜を震わせた。
アルヴィーノはルミの前に膝を突くと、怯える少年の細い肩を、壊れ物を扱うように、けれど決して逃がさない強さで引き寄せた。
「私と共に来なさい。あなたを、この地獄から引き揚げてあげます」
それは、新たな檻への招待か、あるいは本当の救済か。
激しい頭痛のなか、ルミのカメラアイは、自分を抱き上げるアルヴィーノの冷徹な美貌を、生涯消えない確信として脳裏に深く焼き付けた。
絶対記憶(カメラアイ)。
一度視界に収めたものは、網膜の裏に焼き付いて二度と消えない。
剥き出しのレンズのように、光も、影も、都合の悪い真実も、すべてを等しく記録し続ける呪いのような能力。
ルミはその呪いのせいで、この泥濘のような悪徳企業に囚われていた。
「おい、次だ。一言一句違えずに頭に入れろ」
机の上に乱暴に投げ出されたのは、他人の戸籍情報や、表に出せない裏金の流れが記された極秘書類。
どれも文字が細かく、人の悪意が凝縮されたような代物ばかりだ。
ルミの身体には、明らかにサイズの合っていない大人用のスーツがまとわされていた。
ぶかぶかの袖口から覗く手首は痛々しいほどに細く、首元は締まらない襟に擦れて赤くなっている。
「……はい」
掠れた声で応じ、ルミは書類に目を落とす。
脳が強制的に作動し、文字の羅列を映像として焼き付けていく。
一度見たものは忘れない。
けれど、それは脳に際限なくデータを詰め込み続ける行為に他ならなかった。
許された時間はわずか数分。
視線を走らせる間にも、こめかみをギリギリと締め付けるような激しい頭痛が襲う。
視界がチカチカと明滅し、吐き気がせり上がってくるが、ルミは瞬きすら惜しんで紙面を凝視した。
制限時間が来ると、男は無慈悲に書類を奪い取り、すぐ横のシュレッダーへと放り込む。
ガガガ、と紙が切り刻まれる音が、ルミの耳を不快に刺激した。
「よし、確認する。三人目の住所と口座番号は」
「……東京都、港区……」
記憶の引き出しを無理やり抉り開け、覚えたばかりの数字を吐き出す。
もしここで一度でも淀めば、容赦のない罵声と暴力が飛んでくる。
戸籍を握られ、逃げ場のないルミにできるのは、ただひたすらに能力を擦り減らし、差し出し続けることだけだった。
「――終わったなら、次だ。早くしろ」
終わりなど、最初から無い。
頭痛はすでに限界を超え、目の奥が焼けるように熱い。それでもルミは、差し出された次の書類へと、震える視線を向けようとした。
―ーその時だった。
重苦しい電子ロックの解除音が響き、部屋の防音扉が、これまでにない勢いで跳ね上がるようにして開かれた。
「な、なんだお前たちは……ッ!?」
男が声を荒らげた瞬間、黒いスーツを纏った屈強な男たちが一斉になだれ込んできた。
男は一瞬で床に組み伏せられ、短い悲鳴を上げて黙り込む。
静寂が戻った室内に、静かな、けれど圧倒的な存在感を放つ足音が響いた。
入ってきたのは、一人の若い男だった。
非の打ち所がないほど冷徹に仕立てられた高級スーツ。
理知的でありながら、どこか底の知れない底冷えするような瞳。
彼は連れてきた護衛たちに顎で短く指示を出し、部屋の制圧を確認すると、一切の躊躇なく歩みを進めた。
視線の先には、書類の山に埋もれ、あまりの事態に硬直しているルミ。
彼は、ボロボロに擦り切れたその小さな身体へと真っ直ぐに近づいていく。
ルミを見つめる彼の瞳の奥に、昏い、泥のような執着の炎が灯った。
その絶対記憶を、歪んだ大人たちに玩具のように消費されていた少年。
それを、自らの手で支配し、救うために彼はここにいた。
「……もう、覚えなくていい」
低く、酷く穏やかな声が、ルミの鼓膜を震わせた。
アルヴィーノはルミの前に膝を突くと、怯える少年の細い肩を、壊れ物を扱うように、けれど決して逃がさない強さで引き寄せた。
「私と共に来なさい。あなたを、この地獄から引き揚げてあげます」
それは、新たな檻への招待か、あるいは本当の救済か。
激しい頭痛のなか、ルミのカメラアイは、自分を抱き上げるアルヴィーノの冷徹な美貌を、生涯消えない確信として脳裏に深く焼き付けた。
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