記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-
記憶が完全に初期化されたルミとの新しいオフィスライフは、最高経営責任者室のすべての空気を、以前にも増して過保護で甘やかなものへと変えていた。
かつては「絶対記憶」を駆使して難しい書類の整理すらこなしていたルミだったが、今の彼は、仕事の仕方はおろか、言葉の難しい意味さえもすべて忘れてしまっている。
アルヴィーノが与えた秘書用の真っ白なロリータスーツを着て、社長室のソファにしがみつくようにちょこんと座っている姿は、まるでテリトリーに慣れていない生まれたての子猫のようだった。
「ルミ、これを」
デスクの書類から目を離したアルヴィーノが、一本の透明なガラス瓶を差し出す。
ルミは大きな水色の瞳をさらに丸くして、トコトコと怯えるような、けれどどこか嬉しそうな足取りでデスクへ歩み寄った。
「これは……なあに、アルヴィーノさん?」
「『ミネラルウォーター』です。お水のことですよ。喉が渇いたでしょう。蓋を回して飲みなさい」
「みねらる……うぉーたー……」
言葉の意味を噛み締めるように小さな唇を動かすルミ。
けれど、ボトルのキャップに小さな手をかけるものの、力の入れ方が分からずに、きゅっきゅっと空回りさせてしまう。
諦めて「あかないの……」と潤んだ瞳でアルヴィーノを見上げると、冷徹なCEOの目元が、限界まで甘く蕩けた。
「ふふ、いいですよ。貸しなさい」
アルヴィーノは当然のようにボトルを受け取ってキャップを開け、ルミの小さな手に握らせ直してやる。
ルミが美味しそうにそれをコクコクと飲む姿を、まるで世界で一番価値のある絵画でも眺めるかのように、満足げに見つめていた。
今のルミには、パソコンの起動方法も、電話の取り方も分からない。
けれど、アルヴィーノが「これをあちらの棚に置いてきなさい」と簡単な『おねがい』をするたびに、「うん! 俺、がんばる!」と両手を握りしめて一生懸命に荷物を運ぶ。
そのたびに、アルヴィーノは彼をデスクに呼び寄せ、その柔らかな水色の髪を何度も撫で回し、「よくできました。お前は本当に優秀な秘書だ」と、大真面目に過剰な賛辞を贈るのだった。
そんな、世界一効率の悪い、けれど世界一幸福なオフィスに、遠慮のない足音が近づいてくる。
「はーい、お邪魔するよ! 頑張る可愛い秘書くんに、お兄ちゃんから差し入れを持ってきたんだ」
ガチャリとドアを開けて入ってきたのは、両手に大きな紙袋を提げたアルフレッドだった。
「あ……アルフレッドおにいちゃん!」
ルミがぱっと顔を輝かせる。アルヴィーノに「あの方は私のお兄様で、アルフレッドという名前ですよ」と教えられてから、ルミは彼のことをすっかり『優しいお兄ちゃん』として認識していた。
「そうそう、アルフレッドお兄ちゃんだよ。偉いねぇルミくん、ちゃんとお仕事できてて。ほら、今日はルミくんのために、街で一番美味しいって評判の高級プリンを買ってきたんだ」
アルフレッドが袋から取り出したのは、ガラスの器に入った、見るからにとろとろの贅沢なプリンだった。
「ぷりん……?」
初めて聞く言葉に、ルミが小さく首を傾げる。
「ええ、とても甘くて美味しいお菓子ですよ」と、アルヴィーノがルミの腰を優しく引き寄せ、自分の膝の上にすとんと座らせた。
驚いて身体を強張らせるルミの背中を、慣れた手つきで優しく撫でて落ち着かせる。
アルフレッドは、自分の弟が、かつてあれほど他人に触れられることを嫌っていた男が、今や当然のように少年を膝に抱き、ふやけたような笑みを浮かべている異常な光景に、心の中で大きな口を開けて大爆笑していた。
(いやあ、記憶がなくなっても、アルヴィーノの狂犬っぷりは加速する一方だね。むしろ『私色に染めやすくなった』って本気で喜んでるよ、この弟……)
「さあ、ルミくん、あーんしてごらん」
アルフレッドがスプーンですくったプリンを近づけると、ルミはアルヴィーノの胸に背中を預けたまま、恐る恐る小さな口を開けた。
「……んむ……っ」
ひとくち、口に含んだ瞬間。
ルミの水色の瞳が、信じられないものを見たかのように、これ以上ないほど大きく見開かれた。
「あまい……! すっごく、あまくて、とろとろする……!」
「ふふ、気に入りましたか、ルミ」
背後から聞こえるアルヴィーノの低い声。ルミは嬉しさのあまり、膝の上でぴょこぴょこと身体を弾ませながら、アルヴィーノを見上げた。
「アルヴィーノさん! これ、すっごくおいしい! 俺、これ、おぼえたよ! 『ぷりん』、おいしいお菓子!」
何もかもを失ったルミの脳内に、いま、新しく「プリンの甘さ」という幸せなデータが書き込まれた。それを誇らしげに報告するルミの頭を、アルヴィーノは愛おしそうに撫で、アルフレッドを冷酷な紫の瞳で睨みつける。
「兄上。ルミに最初にプリンを与えていいのは私だけのはずです。次は余計な真似をしないでいただきたい。ルミの初めては、すべて私が管理する」
「はいはい、ごちそうさまでした。次はちゃんと許可を取るよ」
アルフレッドは肩をすくめながらも、弟のあまりの過保護さと独占欲の深さに、呆れ半分、安心半分で笑っていた。
泥のような過去をすべて失くし、生まれたての子猫のように無垢になったルミ。
その真っ白なキャンバスに、毎日少しずつ、自分たちだけの優しくて甘い記憶を、過剰なまでの愛で塗り潰していく日常。
かつて誰よりも冷徹だったCEOのオフィスは、今や、一匹の愛しい青い鳥を極限まで甘やかすためだけの、世界で一番歪で安全な鳥籠へと作り変えられていくのだった。
オフィスライフが始まってから数週間。
アルヴィーノはルミが眠っている夜間や、アルフレッドがルミを連れ出している僅かな時間を使って、デスクに溜まる書類の「精査と分別」を徹底して行っていた。
かつてのように、ただ裏返してシュレッダーにかけるだけでは生ぬるい。もし万が一、ルミの前にまた紙切れが落ちるようなことがあれば、今の真っ白な脳に再び不要な文字が焼き付いてしまう。
だからこそ、アルヴィーノは自らの手で、ルミの目に触れてもいい「無害な情報」と、絶対に触れさせてはならない「冷酷なビジネスのデータ」を秒単位で選別し、有害なものはその場で灰にすら残さぬよう瞬時に処理していた。
「――アルヴィーノさん」
その時、背後からトコトコと、どこかおぼつかない、けれど愛らしい足音が近づいてきた。
ハッとしてアルヴィーノが振り返ると、そこにはお気に入りの白いロリータスーツの裾を少し揺らしたルミが立っていた。
その小さな手には、分別の隙をついて、デスクの端からひらりとこぼれ落ちていた「1枚の紙」が握られている。
「これ……なぁに?」
ルミは小首を傾げ、大きな水色の瞳をきょとんと丸くして、その紙をアルヴィーノに差し出した。
一瞬、アルヴィーノの背筋に冷たい戦慄が走る。
(まさか、またビジネスの、あるいはあの残党どもの――!)
かつてのトラウマが脳裏をよぎり、アルヴィーノは奪い取るようにしてルミの手からその紙を回収した。冷徹な紫の瞳で、恐る恐るその紙面を確認する。
しかし、そこに書かれていたのは、数式でも、企業の口座番号でも、暗号コードでもなかった。
それは、以前アルフレッドが持ってきたあの「高級プリン」のお店のロゴと、可愛らしいイラストが描かれた、ただの商品の紹介チラシだった。
「……あ」
アルヴィーノの口から、張り詰めていた吐息が抜ける。
よく見れば、ルミの瞳にはあの時の虚ろな泥のような光はなく、ただ純粋な、生まれたての子猫のような好奇心だけがキラキラと輝いていた。
「あそこにね、お写真があったの。これ、まえにアルフレッドおにいちゃんがくれた、あの、とろとろの……『ぷりん』、だよね……?」
ルミは自分の覚えたての記憶が合っているかどうか、少し自信なさげに、けれど嬉しそうにアルヴィーノの顔を見上げる。
一度すべてを失ったルミの脳が、数日前に新しく書き込まれた「プリン」という甘い幸せのデータを、その絵柄から一生懸命に手繰り寄せたのだ。
その健気で愛おしい姿を見た瞬間、アルヴィーノの心根にあったすべての警戒心が、甘やかな温もりとなって溶けていく。
「ええ……ええ、そうですよ、ルミ」
アルヴィーノはパンフレットをデスクに置くと、ルミの小さな身体をそっと引き寄せ、いつものように自分の膝の上へと抱き上げた。驚いて小さく声を上げたルミの背中を、大きな手で優しく包み込む。
「お前は本当に賢い。ちゃんと覚えたのですね。これは、あの美味しいプリンのお店のお知らせです」
「おしらせ……?」
「次のお休みに、またこれを買ってあげます、という意味ですよ」
アルヴィーノが耳元でそう囁くと、ルミはぱあっと顔を輝かせ、膝の上で嬉しそうに小さな手を叩いた。
「ほんと!? やったぁ……! 俺、アルヴィーノさんと、またあまいやつ、食べる!」
「ええ、いくらでも与えてあげましょう」
ルミの頭を優しく撫でながら、アルヴィーノはデスクに広がる「冷たい書類の山」をそっと引き出しの奥へと隠した。
覚えなくていい。こんな数字や社会の汚濁など、今のルミには一文字たりとも必要ない。
この子が覚えていくべきなのは、プリンの甘さや、服の美しさ、そして自分から注がれる無限の愛だけでいいのだ。
「ルミ、他には何か知りたい言葉はありますか? 私が、一から全て教えてあげます」
「あのね、あのね……!」
主人の腕の中で、嬉しそうに新しくはじまる世界の話をするルミ。
その真っ白な頭の中に、アルヴィーノは今日も、最高に甘くて過保護な記憶だけを、丁寧に、丁寧に敷き詰めていくのだった。
かつては「絶対記憶」を駆使して難しい書類の整理すらこなしていたルミだったが、今の彼は、仕事の仕方はおろか、言葉の難しい意味さえもすべて忘れてしまっている。
アルヴィーノが与えた秘書用の真っ白なロリータスーツを着て、社長室のソファにしがみつくようにちょこんと座っている姿は、まるでテリトリーに慣れていない生まれたての子猫のようだった。
「ルミ、これを」
デスクの書類から目を離したアルヴィーノが、一本の透明なガラス瓶を差し出す。
ルミは大きな水色の瞳をさらに丸くして、トコトコと怯えるような、けれどどこか嬉しそうな足取りでデスクへ歩み寄った。
「これは……なあに、アルヴィーノさん?」
「『ミネラルウォーター』です。お水のことですよ。喉が渇いたでしょう。蓋を回して飲みなさい」
「みねらる……うぉーたー……」
言葉の意味を噛み締めるように小さな唇を動かすルミ。
けれど、ボトルのキャップに小さな手をかけるものの、力の入れ方が分からずに、きゅっきゅっと空回りさせてしまう。
諦めて「あかないの……」と潤んだ瞳でアルヴィーノを見上げると、冷徹なCEOの目元が、限界まで甘く蕩けた。
「ふふ、いいですよ。貸しなさい」
アルヴィーノは当然のようにボトルを受け取ってキャップを開け、ルミの小さな手に握らせ直してやる。
ルミが美味しそうにそれをコクコクと飲む姿を、まるで世界で一番価値のある絵画でも眺めるかのように、満足げに見つめていた。
今のルミには、パソコンの起動方法も、電話の取り方も分からない。
けれど、アルヴィーノが「これをあちらの棚に置いてきなさい」と簡単な『おねがい』をするたびに、「うん! 俺、がんばる!」と両手を握りしめて一生懸命に荷物を運ぶ。
そのたびに、アルヴィーノは彼をデスクに呼び寄せ、その柔らかな水色の髪を何度も撫で回し、「よくできました。お前は本当に優秀な秘書だ」と、大真面目に過剰な賛辞を贈るのだった。
そんな、世界一効率の悪い、けれど世界一幸福なオフィスに、遠慮のない足音が近づいてくる。
「はーい、お邪魔するよ! 頑張る可愛い秘書くんに、お兄ちゃんから差し入れを持ってきたんだ」
ガチャリとドアを開けて入ってきたのは、両手に大きな紙袋を提げたアルフレッドだった。
「あ……アルフレッドおにいちゃん!」
ルミがぱっと顔を輝かせる。アルヴィーノに「あの方は私のお兄様で、アルフレッドという名前ですよ」と教えられてから、ルミは彼のことをすっかり『優しいお兄ちゃん』として認識していた。
「そうそう、アルフレッドお兄ちゃんだよ。偉いねぇルミくん、ちゃんとお仕事できてて。ほら、今日はルミくんのために、街で一番美味しいって評判の高級プリンを買ってきたんだ」
アルフレッドが袋から取り出したのは、ガラスの器に入った、見るからにとろとろの贅沢なプリンだった。
「ぷりん……?」
初めて聞く言葉に、ルミが小さく首を傾げる。
「ええ、とても甘くて美味しいお菓子ですよ」と、アルヴィーノがルミの腰を優しく引き寄せ、自分の膝の上にすとんと座らせた。
驚いて身体を強張らせるルミの背中を、慣れた手つきで優しく撫でて落ち着かせる。
アルフレッドは、自分の弟が、かつてあれほど他人に触れられることを嫌っていた男が、今や当然のように少年を膝に抱き、ふやけたような笑みを浮かべている異常な光景に、心の中で大きな口を開けて大爆笑していた。
(いやあ、記憶がなくなっても、アルヴィーノの狂犬っぷりは加速する一方だね。むしろ『私色に染めやすくなった』って本気で喜んでるよ、この弟……)
「さあ、ルミくん、あーんしてごらん」
アルフレッドがスプーンですくったプリンを近づけると、ルミはアルヴィーノの胸に背中を預けたまま、恐る恐る小さな口を開けた。
「……んむ……っ」
ひとくち、口に含んだ瞬間。
ルミの水色の瞳が、信じられないものを見たかのように、これ以上ないほど大きく見開かれた。
「あまい……! すっごく、あまくて、とろとろする……!」
「ふふ、気に入りましたか、ルミ」
背後から聞こえるアルヴィーノの低い声。ルミは嬉しさのあまり、膝の上でぴょこぴょこと身体を弾ませながら、アルヴィーノを見上げた。
「アルヴィーノさん! これ、すっごくおいしい! 俺、これ、おぼえたよ! 『ぷりん』、おいしいお菓子!」
何もかもを失ったルミの脳内に、いま、新しく「プリンの甘さ」という幸せなデータが書き込まれた。それを誇らしげに報告するルミの頭を、アルヴィーノは愛おしそうに撫で、アルフレッドを冷酷な紫の瞳で睨みつける。
「兄上。ルミに最初にプリンを与えていいのは私だけのはずです。次は余計な真似をしないでいただきたい。ルミの初めては、すべて私が管理する」
「はいはい、ごちそうさまでした。次はちゃんと許可を取るよ」
アルフレッドは肩をすくめながらも、弟のあまりの過保護さと独占欲の深さに、呆れ半分、安心半分で笑っていた。
泥のような過去をすべて失くし、生まれたての子猫のように無垢になったルミ。
その真っ白なキャンバスに、毎日少しずつ、自分たちだけの優しくて甘い記憶を、過剰なまでの愛で塗り潰していく日常。
かつて誰よりも冷徹だったCEOのオフィスは、今や、一匹の愛しい青い鳥を極限まで甘やかすためだけの、世界で一番歪で安全な鳥籠へと作り変えられていくのだった。
オフィスライフが始まってから数週間。
アルヴィーノはルミが眠っている夜間や、アルフレッドがルミを連れ出している僅かな時間を使って、デスクに溜まる書類の「精査と分別」を徹底して行っていた。
かつてのように、ただ裏返してシュレッダーにかけるだけでは生ぬるい。もし万が一、ルミの前にまた紙切れが落ちるようなことがあれば、今の真っ白な脳に再び不要な文字が焼き付いてしまう。
だからこそ、アルヴィーノは自らの手で、ルミの目に触れてもいい「無害な情報」と、絶対に触れさせてはならない「冷酷なビジネスのデータ」を秒単位で選別し、有害なものはその場で灰にすら残さぬよう瞬時に処理していた。
「――アルヴィーノさん」
その時、背後からトコトコと、どこかおぼつかない、けれど愛らしい足音が近づいてきた。
ハッとしてアルヴィーノが振り返ると、そこにはお気に入りの白いロリータスーツの裾を少し揺らしたルミが立っていた。
その小さな手には、分別の隙をついて、デスクの端からひらりとこぼれ落ちていた「1枚の紙」が握られている。
「これ……なぁに?」
ルミは小首を傾げ、大きな水色の瞳をきょとんと丸くして、その紙をアルヴィーノに差し出した。
一瞬、アルヴィーノの背筋に冷たい戦慄が走る。
(まさか、またビジネスの、あるいはあの残党どもの――!)
かつてのトラウマが脳裏をよぎり、アルヴィーノは奪い取るようにしてルミの手からその紙を回収した。冷徹な紫の瞳で、恐る恐るその紙面を確認する。
しかし、そこに書かれていたのは、数式でも、企業の口座番号でも、暗号コードでもなかった。
それは、以前アルフレッドが持ってきたあの「高級プリン」のお店のロゴと、可愛らしいイラストが描かれた、ただの商品の紹介チラシだった。
「……あ」
アルヴィーノの口から、張り詰めていた吐息が抜ける。
よく見れば、ルミの瞳にはあの時の虚ろな泥のような光はなく、ただ純粋な、生まれたての子猫のような好奇心だけがキラキラと輝いていた。
「あそこにね、お写真があったの。これ、まえにアルフレッドおにいちゃんがくれた、あの、とろとろの……『ぷりん』、だよね……?」
ルミは自分の覚えたての記憶が合っているかどうか、少し自信なさげに、けれど嬉しそうにアルヴィーノの顔を見上げる。
一度すべてを失ったルミの脳が、数日前に新しく書き込まれた「プリン」という甘い幸せのデータを、その絵柄から一生懸命に手繰り寄せたのだ。
その健気で愛おしい姿を見た瞬間、アルヴィーノの心根にあったすべての警戒心が、甘やかな温もりとなって溶けていく。
「ええ……ええ、そうですよ、ルミ」
アルヴィーノはパンフレットをデスクに置くと、ルミの小さな身体をそっと引き寄せ、いつものように自分の膝の上へと抱き上げた。驚いて小さく声を上げたルミの背中を、大きな手で優しく包み込む。
「お前は本当に賢い。ちゃんと覚えたのですね。これは、あの美味しいプリンのお店のお知らせです」
「おしらせ……?」
「次のお休みに、またこれを買ってあげます、という意味ですよ」
アルヴィーノが耳元でそう囁くと、ルミはぱあっと顔を輝かせ、膝の上で嬉しそうに小さな手を叩いた。
「ほんと!? やったぁ……! 俺、アルヴィーノさんと、またあまいやつ、食べる!」
「ええ、いくらでも与えてあげましょう」
ルミの頭を優しく撫でながら、アルヴィーノはデスクに広がる「冷たい書類の山」をそっと引き出しの奥へと隠した。
覚えなくていい。こんな数字や社会の汚濁など、今のルミには一文字たりとも必要ない。
この子が覚えていくべきなのは、プリンの甘さや、服の美しさ、そして自分から注がれる無限の愛だけでいいのだ。
「ルミ、他には何か知りたい言葉はありますか? 私が、一から全て教えてあげます」
「あのね、あのね……!」
主人の腕の中で、嬉しそうに新しくはじまる世界の話をするルミ。
その真っ白な頭の中に、アルヴィーノは今日も、最高に甘くて過保護な記憶だけを、丁寧に、丁寧に敷き詰めていくのだった。