記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-

ルミがもたらした決定的な情報を手に、アルヴィーノは裏で冷酷なまでに完璧な計画を進行させていた。
法的な罠はすでにあの悪徳企業の首を締め上げており、彼らが気づいた時にはすべてを失って奈落へ落ちるだけの状態が整いつつある。

しかし、表舞台――ルミと過ごす日常において、アルヴィーノが注ぐエネルギーはそれ以上だった。

「ルミの美しい記憶の領域を、あのようなゴミのデータで汚させたままにはしておけない」

そんな執念にも似た独占欲と過保護さから、アルヴィーノはルミに「甘くて幸せな記憶だけ」を上書きするための行動を次々と起こし始めた。

平日の夜には、ルミが今まで見たこともないような、宝石のように美しく仕立てられた最高級のスイーツがダイニングに並んだ。一口食べるたびに、ルミは驚きで大きな瞳をさらに丸くし、口いっぱいに広がる甘さに頬を緩ませる。

そして迎えた休日。
アルヴィーノは完全に仕事をシャットダウンし、ルミを連れて特別な場所へと車を走らせた。

ある時は、色鮮やかな魚たちが光の海を泳ぐ、幻想的な貸し切りの水族館。またある時は、どこまでも青い空と色とり切りの花々が咲き誇る、静かなプライベートガーデン。

「わあ……っ! アルヴィーノさん、見て、見て……! すごい、すっごく綺麗……!」

目の前に広がる美しい景色に、ルミは大きな瞳をキラキラと輝かせ、声を弾ませてアルヴィーノの袖を何度も引っ張った。生まれてからずっと灰色の檻の中にいたルミにとって、世界はこんなにも優しくて、眩しいものだったのだ。

ルミの『絶対記憶』は、今や恐怖の数字ではなく、水槽のガラスに反射する光の粒や、口いっぱいに広がった極上の味、そして何より、隣で自分を穏やかに見つめる主人の姿を、一瞬の狂いもなく網膜の裏へ焼き付け続けていた。

「ええ、綺麗ですね」

ルミが景色に目を奪われている間、アルヴィーノの紫の瞳は、ただ一人、嬉しそうに目を輝かせるルミだけを映していた。

弾むように笑うルミの声を聴きながら、アルヴィーノは実になめらかに、満足気な笑みをその端正な顔に浮かべる。

お前の記憶を、私の与える幸福だけで満たしてあげよう。
かつて彼を縛った呪いは、いまやアルヴィーノの歪で深い愛によって、世界で一番甘い宝石箱へと作り変えられていくのだった。
ある晴れた日の午後、最高経営責任者室にはいつもの穏やかな時間が流れていた。

ルミは、オフィスの隅で瑞々しい葉を広げる観葉植物たちに目を留め、じょうろを手に取った。

「あの子たち、お水がほしいって言ってるかも」

そう微笑むルミに、デスクのアルヴィーノはフッと目元を和らげ、「ええ、行ってらっしゃい」と優しい声をかける。

廊下に出て、給湯室の水道でトトト……と心地よい音を立てて水を汲む間も、ルミの胸はるんるんとした高揚感で満たされていた。
頭の裏に焼き付いているのは、ここ数日、アルヴィーノが毎日のように魅せてくれた、きらきらした景色の数々。
あの水族館の青さ、あの極上のお菓子の甘さ、そして、自分を見つめる主人のとびきり優しい眼差し。

(あんなに綺麗なもの、俺、一生忘れない。アルヴィーノさんのために、これからもお仕事頑張らなくちゃ)

満タンになったじょうろを大切に抱え、大好きな主人の元へと戻ろうとした、その道中だった。

ひときわ薄暗い、役員フロアの死角となる非常階段の近くを通りかかった瞬間。

――ガサッ!!

「……っ!? んぐっ……!?」

突如、背後の闇から伸びてきた屈強な腕が、ルミの細い身体を容赦なく羽交い締めにした。
じょうろが床に落ち、激しい音を立てて水が溢れ出す。
声を上げようとしたルミの口元には、すぐに薬物の染み込んだ冷たい布が押し当てられた。

「おい、静かにしろ……! やっと見つけたぞ、出来損ないの分際で、どこに隠れてやがった……!」

鼓膜を打ったのは、かつての地獄で何度も聞いた、あの悍ましい男たちの濁った声。
ドクン、と心臓が恐怖で凍りつく。必死に抵抗しようと小さな手足をバタつかせるが、大人の圧倒的な力の前には、ルミの身体はあまりにも無力だった。

意識が急速に遠のいていく視界の端で、お気に入りの秘書スーツの袖が、乱暴に汚されていくのが見えた。

(アルヴィーノ、さん……っ、助けて……!)

心の中でその名を叫んだ瞬間、ルミの意識は深い闇へと沈んでいった。



激しい頭痛と共にルミが目を覚ました時、そこは冷たいコンクリートの床の上だった。

カビ臭い空気、天井で不規則に明滅する裸電球。かつて監禁されていたあの部屋によく似た、最悪の空間。
ここは、あの悪徳企業が密かに運営している、地下の闇物流倉庫――架空のダミー会社『ヴァイス・ロジスティクス』の、最深部にある隠し地下室だった。

「お前たちのおかげで、本社の買収計画は完全に破綻したんだよ……!」

鉄格子の向こうから、どす黒い怒りを宿した男たちの足音が近づいてくる。
アルヴィーノの牙が、まさに彼らの首元を噛みちぎろうとしていたその土壇場で、彼らは逆上し、最後の悪あがきとしてレイストールの中枢からルミを奪還するという暴挙に出たのだ。

ひび割れた床の上で、ルミは仕立ててもらったばかりのスーツの泥を払いながら、ガタガタと身を震わせる。
再び始まった悪夢。けれど、今のルミの網膜の裏には、あの時とは違う「絶対に消えない、甘くて強い光」が焼き付いていた。
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