記憶の檻に世界で一番甘い初恋を-7日ごとに貴方に恋する-

「……買収計画、第三段階、資産凍結、完了予定日……、代表取締役、罷免……、完全、駆逐……」

ルミの唇から、感情の消えた掠れた声がぶつぶつと漏れ出す。
網膜の裏に焼き付いた文字の羅列が、呪いによって強制的に引き出され、壊れた人形のようにその内容を呟き続けていた。
かつての恐怖、浴びせられた罵声、終わらない労働の記憶が、濁流となってルミの脳内を侵食していく。

「ルミ!?」

その異常な呟きに、デスクにいたアルヴィーノがハッとして顔を上げた。
青ざめ、虚ろな目で宙を見つめながら呪詛のように文字列を吐き出すルミの姿を見た瞬間、アルヴィーノの顔から余裕が完全に消え失せる。

アルヴィーノは椅子を蹴立てるようにして立ち上がると、猛烈な勢いでルミの元へと駆け寄った。

「見なくていい!!」

ルミの指から書類を強引に奪い取ると、そのまま迷わずシュレッダーのスリットへと叩き込む。
激しい機械音と共に、ルミを恐怖の記憶へ引きずり戻した紙切れが、一瞬で跡形もない細切れのゴミへと変わっていく。

しかし、一度起動してしまったルミの脳は止まらない。
なおも虚空を見つめ、続きの数字を呟こうとするルミの両肩を、アルヴィーノは大きな手で強く、壊さんばかりに掴んだ。

「ルミ!! 記憶を止めなさい!! 覚えなくていい、あんな汚らわしいもの、お前がその清らかな脳に刻む必要は微塵もない!!」

鼓膜を震わせる、痛切なまでの叫び。
いつも冷徹な主人が見せた、生まれて初めて聞くような取り乱した声だった。

「……っ!」

その強い衝撃と必死な声に、ルミの身体が大きく跳ね上がる。
次の瞬間、焦点の合っていなかったルミの虚ろな瞳に、すうっと光が戻ってきた。呪詛のように途切れなく紡がれていた言葉が、ピツリと糸が切れたように途絶える。

「あ……アル、ヴィーノ、さん……?」

目の前には、見たこともないほど必死に歪められた、アルヴィーノの紫の瞳があった。じわりと涙が溢れ、ルミの視界を覆っていく。
自分がまた、あの忌まわしい能力のせいで主人の世界を汚してしまったのではないかという恐怖が、ルミの小さな身体をガタガタと震わせ始めた。

「……っ、ルミ……!」

呪文のような呟きが止まり、その瞳にいつもの光が戻ったのを見て、アルヴィーノは目に見えて大きく肩を落とした。
張り詰めていた緊張が一気に解け、安堵の吐息が彼の唇から漏れる。

次の瞬間、アルヴィーノは躊躇うことなくルミの細い身体をその逞しい腕で掻き抱いた。

骨がきしむほどの強さで、けれど壊れ物を扱うように壊れやすく愛おしい存在を、自らの胸へと強く、深く押し込める。

「大丈夫です……大丈夫だ、ルミ。もう見なくていい、何も覚えなくていい……。あんなゴミのような奴らのことなど、お前の綺麗な記憶に一瞬たりとも残す必要はないのです……」

耳元で、アルヴィーノの低く、少しだけ震える声が何度も何度も繰り返される。
背中に回された大きな手が、怯えでガタガタと震えるルミの身体をあやすように、優しく、けれど執着を込めて何度も撫で下ろした。

ルミは主人の胸に顔を埋めたまま、ぎゅっと目を閉じていた。
かつての地獄では、能力の制御が効かなくなってパニックを起こせば、待っているのは冷酷な罵倒と暴力だけだった。
だから今回も、見てはいけない機密書類を見てしまい、またあの「壊れた人形」のようになってしまった自分は、きっと酷く怒られるのだと怯えていた。

けれど、自分を包み込むアルヴィーノの身体は、驚くほどに熱い。
そこにあるのは怒りや拒絶ではなく、ルミが壊れてしまうことを心底恐れるような、どこまでも深い慈悲と過保護な温かさだけだった。

(あ……アルヴィーノさん、怒って、ない……。俺を、心配してくれてる……)

その絶対的な安心感に気づいた瞬間、ルミの心を支配していた過去の亡霊たちが、霧散するように消えていく。
ここはあの地獄じゃない。自分を道具としてではなく、一人の人間として、いや、それ以上の存在として愛し、守ってくれる主人の腕の中なのだ。

「……うん……っ」

ルミはアルヴィーノの高級なジャケットの胸元を小さな手でぎゅっと握りしめ、涙を拭うようにその胸に顔を寄せた。そして、心からの安堵を込めて、小さく、何度も頷くのだった。
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