主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

王宮の魔王と純白の天使 〜二ヶ月限りの甘やかなバカンス〜③


軍事演習という形だけの公務からも完全に解放された、待ちに待ったお休みの日。
南国の朝は、王宮のそれよりもずっと早く、そして瑞々しい活気に満ちていた。
まだ太陽が空の低い位置にあるというのに、まばゆい黄金色の光が水平線から降り注ぎ、波打ち際をきらきらと白銀に染め上げている。

「うわぁ……! 朝なのに、もうあんなに人がたくさんいるよ、アルヴィーノ!」

ひまわりの麦わら帽子を手で押さえながら、ルミは砂浜の入り口で嬉しそうに声を弾ませた。
朝一番の涼しい空気の中で海を楽しもうとする観光客や地元の人々で、海岸沿いはすでに大変な賑わいを見せている。
色とりどりのパラソルが咲き並び、楽しげな笑い声が潮風に乗って聞こえてきた。

「本当に、有象無象というものは朝から元気なことですね」

隣を歩くアルヴィーノは、お揃いの白いハーフパンツの水着に、上質なリネンシャツを羽織ったラフな姿だ。
切れ長の紫の瞳は、周囲の混雑に対して相変わらず不機嫌そうに細められているが、隣で白いフリルの水着の裾を揺らす最愛の伴侶を見つめるときだけは、とろけるような甘い熱を帯びる。

「ですが、今日はいかなる害虫も貴方の邪魔をさせません。さあ、行きましょう、ルミ」

二人はさっそく、朝の澄んだ海へと飛び込んだ。
昼間のうだるような暑さに比べ、朝の海水はひんやりとしていて、肌に触れるたびに思わず身震いしてしまうほどに心地いい。

「冷たっ……! でも、すっごく気持ちいいよ!」

ルミが無邪気に笑いながら、アルヴィーノに向かってパシャパシャと水を撥ねかける。
アルヴィーノはリネンシャツの袖をまくり上げ、端正な顔に極上の笑みを浮かべながら、ルミを驚かせない程度に優しく水を返し始めた。波に揺られながら、ルミの手を引いて少し深いところまで泳いでみたり、浮き輪代わりになってルミの華奢な身体をそっと抱きかかえて浮かべてみたり。
王宮での「魔王」としての重責をすべて忘れたかのように、二人はただひたすらに、お互いだけを見つめて海を満喫していた。

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お昼近くになり、太陽が頭上高くへ昇る頃には、さすがにお腹が空いてきた。
潮風と太陽をたっぷりと浴びて、ほんのり肌を火照らせたルミの視線が、砂浜の裏手に立ち並ぶ賑やかな「海の家」へと向く。

「アルヴィーノ、なんかいい匂いがする……!」
「ふむ、現地の露店ですね。貴方が興味をお持ちなら、行ってみましょう」

香ばしいソースの匂いに誘われて暖簾をくぐったのは、地元の人々で賑わう素朴な海の家だった。
そこで注文したのは、鉄板で豪快に炒められた、ソースたっぷりの焼きそば。
王宮の宮廷料理とは程遠い、庶民的で荒々しい料理だが、それが逆に新鮮だった。

「んんっ……! おいしい! 味が濃くて、なんだか元気になる!」

お箸を上手に使って、口いっぱいに焼きそばを頬張るルミ。
口元に少しだけソースがついてしまっているのを見て、アルヴィーノはすかさず自身の指先でそれを優しく拭い、そのまま自身の唇へと運んだ。

「……確かに、庶民の知恵としては悪くない味わいです。ですが何より、それを美味しそうに食べる貴方が一番愛らしい」
「もう、アルヴィーノ、人が見てるよ……!」

真っ赤になって照れるルミを、アルヴィーノは満足げに見つめながら、自身の分の焼きそばを優しくルミの小皿へと分けていくのだった。

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海の家を出た後は、火照った身体を冷ますために、今度はパラソルの立ち並ぶ屋台へと向かった。
そこでは、南国の果実をふんだんに使った、色鮮やかなアイスキャンディが売られていた。
ルミは楽しそうに悩みながら、
自分の髪の色と同じ、綺麗な水色のソーダ味のアイスキャンディを選んだ。

「見て、アルヴィーノ! 俺の髪の毛とお揃いの色だよ」

そう言って、砂浜に敷いた大きなタオルの上に座り、アイスキャンディをしゃり、と音を立てて齧る。
冷たい甘さが口いっぱいに広がり、ルミは幸せそうに水色の瞳を細めた。

「アルヴィーノも一口食べる? すっごく冷たくて美味しいよ?」
「おや、お裾分けですか? では、遠慮なく」

アルヴィーノはルミが差し出したアイスキャンディを……ではなく、ルミの唇の端に残った冷たい雫を、掬い上げるようにして口づけで奪い去った。

「んむっ……、んん……っ」

不意打ちの深い重吻に、ルミの持っていたアイスキャンディが小さく揺れる。
周囲の観光客の目からはパラソルの影に隠れているとはいえ、あまりにもオープンな愛情表現に、解放されたルミの顔は夕日のように真っ赤に染まっていた。

「……はぁ、アルヴィーノのバカ。アイスを食べてって言ったのに……」
「私にとっては、貴方のすべてが至上の美味ですから。……ああ、早く屋敷に戻って、その冷たい身体を私の熱でじっくりと溶かしてしまいたい」

無邪気に笑う夏の終わりのようなルミを、狂おしいほどの独占欲で見つめるアルヴィーノ。
きらめく青い海と、どこまでも高い夏の空の下。
二人の旅行は、誰にも邪魔できない、甘く濃密な思い出を砂浜にしっかりと刻み込んでいくのだった。

太陽が天頂へと昇り詰め、南国の海はいっそう鮮やかな輝きを放っていた。

波打ち際では、ルミが白いフリルの水着の裾を濡らしながら、寄せては返す透明な波と戯れている。
光を浴びてきらきらと光る水色の長い髪、無邪気に跳ねる華奢な身体。
その一挙手一投足から目を離すことなく、アルヴィーノは少し離れたパラソルの日陰から静かに見守っていた。

(本当に……私の天使はどこまで愛らしいのか)

漆黒の軍服を脱ぎ捨て、白いリネンシャツを緩く纏った彼の姿は、周囲の喧騒の中でも際立って洗練されていた。
その端正な横顔に見惚れ、先ほどから現地の若い女性たちが遠巻きに視線を送っていたのだが、ついに意を決した数人の美女たちが、艶やかな笑みを浮かべてアルヴィーノの元へと歩み寄ってきた。

「ねえ、お兄さん。一人? よかったら、私たちと一緒にあっちのパラソルで冷たいお酒でも飲まない?」
「見慣れない顔だけど、王都から来たの? 良かったら街を案内してあげる」

物怖じしない南国気質の誘い文句。
しかし、アルヴィーノの切れ長の紫の瞳は、彼女たちが近づいてきた瞬間に、氷のように冷たく細められた。
彼の視界に入って良い人間は、世界中でただ一人、波打ち際で笑う少年だけなのだ。

「――結構です。私は連れを待っていますので、速やかに立ち去りなさい」

一切の感情を排した、低く冷徹な声音。
並の人間であればその威圧感に気圧されるところだが、彼女たちはただの冷やかしと受け取ったのか、「そんなに固くならずにさ」と、さらに距離を詰めようとする。
アルヴィーノの胸中に、明確な「煩わしさ」と、不敬な羽虫を盤上から排除しようとする冷酷な思考が兆し始めていた。

一方、波打ち際で貝殻を拾っていたルミは、ふと背後に気配を感じて振り返った。

(あ、アルヴィーノが女の子たちに囲まれてる……)

ラフな格好をしていても、やはりアルヴィーノの持つ高貴さと美貌は隠しきれない。
現地の美女たちと並ぶ姿は、悔しいけれど一枚の絵画のように美しい。

(やっぱり、アルヴィーノは格好いいなぁ……。でも――)

ふつふつと、胸の奥から小さな独占欲が湧き上がってくる。
いくら表向きは主従の仮面を被っていようとも、あの人は自分だけの「伴侶」なのだ。
他の誰かにあの綺麗な紫の瞳を向けられるのは、たとえ社交の場であっても面白くない。

(アルヴィーノは、俺のだもん)

ルミはむう、と小さく唇を尖らせると、砂を蹴ってアルヴィーノの元へとトトトッと駆け寄った。
近づくにつれ、アルヴィーノの周囲の大気がピリピリと張り詰めていくのが分かる。
彼の指先が微かに動き、無詠唱の魔法で彼女たちをまとめて吹き飛ばそうとしているのは明白だった。
このままでは、せっかくの穏やかな休日がまたしても凄惨な修羅場に変わってしまう。

「――アルヴィーノ様!」

ルミは美女たちの間に割り込むようにして、アルヴィーノの逞しい腕に正面からぎゅっと抱きついた。

「ルミ……っ?」

その瞬間、アルヴィーノの全身から放たれかけていた凶悪な殺気が、嘘のように霧散する。
見下ろしてくる紫の瞳に、一瞬でいつものとろけるような甘い熱が戻った。
ルミはアルヴィーノの腕に身体を預けたまま、美女たちに向けて、普段の従者としてのそれよりも少しだけ強い口調で告げる。

「すみません、この方は俺の『ご主人様』なので。もうお部屋に戻る時間なんです。失礼します!」

そう言い切ると、ルミは驚いて呆然とする女性たちを置き去りに、アルヴィーノの手を引いて力強く歩き出した。
「こっちいこ!」とぐいぐい引っ張るルミの歩調に、アルヴィーノはただ従順に、心地よさそうに身を委ねる。

そのまま砂浜を抜け、生い茂る熱帯の木々の影に隠れた、人目のない岩陰までたどり着いたところで、ようやくルミは足を止めた。
振り返ったルミの頬は、走ったせいだけではなく、嫉妬の混じった気恥ずかしさでほんのり赤く染まっている。

「……もう。アルヴィーノ、すぐに魔法を使おうとするんだから。お仕事じゃないときは、めっ、だよ?」
「おやおや……。私はてっきり、貴方が私を他の有象無象から奪い去ってくれたのだと思っていましたが」

アルヴィーノは楽しげに目を細めると、ルミの華奢な身体を背後の岩肌へと優しく追い詰め、逃げられないように両腕で囲い込んだ。
木漏れ日が、二人の白い水着を斑に照らす。

「ルミ。先ほどの『俺のだもん』と言いたげな強い視線……堪りませんでしたよ。貴方にそこまで独占欲を剥き出しにされては、私の理性など、この夏の暑さよりも早く溶けてしまいそうだ」
「う……、だって、アルヴィーノが他の人と楽しそうにしてるの、嫌だったんだもん……」

上目遣いに本音を漏らす最愛の伴侶。
その愛らしさに、軍師の胸中の独占欲もまた、静かに、しかし深く燃え上がる。
人目のない岩陰は、潮騒の音だけが遠くに響く、驚くほど静かな空間だった。
生い茂る熱帯の木々が天日を遮り、心地よい木漏れ日が、ルミの白いフリルの水着と、アルヴィーノの白いリネンシャツに柔らかな光の粒を落としている。

アルヴィーノは岩肌に背を預けたルミの身体を、自身の大きな身体で隠すようにして、じり、と距離を詰めた。
逃げ場をなくしたルミが、水色の長い髪を揺しながら、恥ずかしそうに上目遣いで見上げてくる。
その潤んだ水色の瞳には、先ほどの小さな嫉妬の余韻がまだ微かに残っていた。

「ルミ、もう一度言ってごらんなさい。私が他の女たちと話しているのが、そんなに気に入らなかったのですか?」
「……うん。だって、アルヴィーノは俺のだもん。外では『アルヴィーノ様』って呼ばなきゃいけないから我慢してるけど……他の誰かがアルヴィーノに触ろうとするのは、やっぱり、すごく嫌だ……」

消え入りそうな声で、しかしはっきりと紡がれた独占欲。
その言葉は、アルヴィーノの胸の奥底にある感情を激しく揺さぶった。
彼は細い腰を大きな手で強く引き寄せ、ルミの華奢な身体をそっと抱きすくめる。

「――ああ、本当に貴方という人は……。その可愛い唇から、どれだけ私を狂わせる言葉を紡げば気が済むのですか」
「あ……、アルヴィーノ……っ」

囁くような低い声が鼓膜を震わせた直後、待って、と言う暇もなく、アルヴィーノの端正な顔が重なった。

最初は、嫉妬してくれた愛しい伴侶を宥めるような、優しく、触れるだけの口づけ。
しかし、ルミが「ん……」と小さく吐息を漏らし、アルヴィーノの白いリネンシャツを小さな手でぎゅっと掴むと、それだけで軍師の理性の糸は容易く千切れた。
二度、三度と角度を変え、深く、吸い上げるように唇を塞いでいく。
南国の熱を孕んだ潮風が二人の間を吹き抜けるが、それ以上に、重なり合う互いの体温がじりじりと熱を帯びていくのが分かった。
ルミの水着越しの肌がほんのりと桜色に染まり、長い水色の髪が、アルヴィーノの逞しい腕に絡みつく。

「んむ……、ん……ふぁ……ぁ」

何度も呼吸を奪われ、ルミの頭が甘い熱で白く染まっていく。アルヴィーノはルミの顎を細い指先でそっと掬い上げ、容赦なくその甘い蜜を貪り続けた。
外では完璧な主従を演じているからこそ、この誰の目も届かない二人だけの閉ざされた空間が、狂おしいほどに愛おしい。

「アルヴィーノ、苦し……、も、う……っ」

ルミが胸を小さく上下させ、涙目で訴えると、アルヴィーノは名残惜しそうに唇を離した。
銀の糸が引く唇を指先で優しく拭ってやりながら、アルヴィーノはその濡れた水色の瞳を、とろけるような熱で見つめる。

「よく辛抱しましたね、ルミ。……ですが、まだ足りない。貴方が私を独占したいと言うのなら、私も貴方のすべてを、心も身体も、指先の一本に至るまで私の愛で満たさねばなりません」
「あ……っ、ん……」

今度はルミの柔らかな首筋へと、アルヴィーノの唇が下りていく。
白いフリルの隙間、鎖骨のくぼみに深く唇を押し当てられ、ルミは身を震わせながら彼の肩に顔を埋めた。
人目が届かないとはいえ、すぐ近くからは波の音が聞こえる屋外。
そのスリリングな状況が、二人の感覚をさらに鋭敏にさせていた。
ひとしきり、人気のない岩陰で甘く濃密な時間を貪り合い、お互いの愛を深く確かめ合っているうちに、気がつけば周囲の景色はその色を変え始めていた。

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ぎらぎらと照りつけていた白い太陽は、ゆっくりと西の水平線へと傾き、南国の空を鮮やかな黄金色と茜色、そして深い紫のグラデーションへと染め上げていく。

見渡す限りの海が、まるで燃えるような夕日に照らされてキラキラと赤く輝いていた。

「……綺麗。アルヴィーノ、空が真っ赤だよ」

アルヴィーノの腕の中にすっぽりと収まったまま、ルミがうっとりとその景色を眺める。
髪を少し乱し、唇をほんのり赤く腫らしたルミの横顔を、アルヴィーノは愛おしそうに見つめ、そのひまわりの麦わら帽子を優しく被せ直してやった。

「ええ、美しいですね。……ですが、私の目には、夕日に照らされる貴方の姿の方が、数千倍も美しく映っていますよ」
「もう、すぐそういうこと言う……。……でも、今日はいっぱい遊べて、すごく楽しかったな」
「私もです、ルミ。……さあ、陽が沈みきる前に、私たちの屋敷へ帰りましょう」

アルヴィーノはルミの手をしっかりと握り締め、夕暮れの静かな砂浜へと歩き出した。
二人の白い水着が、燃えるような夕日を浴びて、オレンジ色に深く色づいていく。

屋敷へ帰れば、鍵の閉まった広い私室で、今日の「続き」が待っている。
誰の目もない、二人だけの本当の夜が、静かに南国の海へと訪れようとしていた。
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