主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

王宮の魔王と純白の天使 〜二ヶ月限りの甘やかなバカンス〜②


南方へと向かう長い旅路の果て、馬車がなだらかな丘を越えた瞬間、ルミの視界は圧倒的な「青」に染め上げられた。
見渡す限りの水平線。
太陽の光を浴びて、まるで砕いた宝石を敷き詰めたようにきらきらと輝く海。
波が砂浜を洗う白い泡と、王宮のものとは全く違う、どこか甘く、そして潮の香りを孕んだ暖かい風が、二人の到着を歓迎していた。

あてがわれたのは、海岸線を見下ろす高台に佇む、白亜の壁が美しい広大な屋敷だった。
ルミたちのために用意された最上階の私室の窓を開け放つと、心地よい波の音が部屋いっぱいに響き渡る。

「うわぁ……! すごいよアルヴィーノ、本当に海が目の前にある……!」

ルミは白いロリータ服の裾を翻し、テラスへと飛び出して水色の瞳を輝かせた。
その純粋なはしゃぎっぷりに、室内で演習の報告書に目を倒していたアルヴィーノの唇が、自然と甘く綻ぶ。

「気に入っていただけて何よりです、ルミ。これからは誰の目も気にせず、この景色を独占できますよ。……一応、明日から形だけの軍事演習がありますが、適当に無能どもを動かして午前中には終わらせます。残りの時間はすべて、貴方のために使いましょう」
「えへへ、お仕事も無理しないでね? ……よし、じゃあ俺、さっそくお荷物のお片付けしちゃうね!」

ルミは部屋に運び込まれた大きなトランクの前にしゃがみ込み、無邪気に鼻歌を歌いながら荷解きを始めた。

「海に行ったらね、まずは砂浜を裸足で歩いてみたいんだ。それから、マルタが言ってた『綺麗な貝殻』をたくさん集めて、アルヴィーノと一緒にお部屋に飾りたいな。あ、お魚が泳いでるのも見えるかなぁ?」

あれもしたい、これもしたいと楽しそうに喋るルミの声を、アルヴィーノは至上の音楽を聴くかのように耳に傾けていた。
時折「ええ」「貴方の望む通りに」と、大層な書類をめくりながら極上の敬語で相槌を打つ。
トランクからは、アルヴィーノが「国庫請求」で買い揃えた、ルミ用の可愛い水着が次々と出てきた。
フリルがたくさんついた白いもの、水色の髪によく映える淡いピンクのもの、透け感のあるレースがあしらわれたもの。
どれもルミの可憐さをこれでもかと引き立てる最高級品ばかりだ。

「わ、これ、アルフレッド様のところで見たカタログのやつだ……。アルヴィーノ、本当にたくさん買ってくれたんだね。どれから着ようか迷っちゃうな」

嬉しそうに水着をベッドに並べていたルミだったが、ふと、トランクの底が見えてきたところで手を止めた。
水色の眉を小さくひそめ、トランクの中と、ベッドの上を交互に見つめる。

「……あれ? おかしいな……」
「どうしました、ルミ。足りないもの、あるいは気に入らないものでもありましたか? 必要なら今すぐこの国の商人をすべて集めさせますが」

ルミの微かな変化も見逃さない魔王が、書類から鋭い視線を上げる。
しかし、ルミが振り返って口にしたのは、全く予想外の言葉だった。

「ううん、俺のはいっぱいあるの。……でもね、アルヴィーノの水着が、どこにも入ってないんだよ?」
「私の、ですか?」

アルヴィーノは不思議そうに瞬きをした。
ルミはトランクの隅々まで手を伸ばして探したが、入っているのはアルヴィーノの予備の漆黒の軍服や、仕立ての良い豪奢な部屋着ばかり。海で泳ぐための衣服など、影も形もない。

「うん。アルヴィーノの分が、一枚も入ってないの。……もしかして、別のお荷物に入ってるのかな?」
「いえ。私の水着など、最初から用意していませんが」

涼しい顔で、さも当然のように言い放ったアルヴィーノに、ルミはポカンと口を開けた。

「えっ……? 用意してないって……じゃあ、アルヴィーノは海に入らないの? 一緒に泳いだり、お水パシャパシャして遊んだりしないの?」

捨てられた仔犬のように、潤んだ水色の瞳でまっすぐに見つめられ、アルヴィーノは一瞬だけ息を詰まらせた。
彼はチェス盤の王の如く、自身の完璧な論理を優雅に語り始める。

「ルミ、誤解しないでいただきたい。私は貴方が、その愛らしい水着を身に纏い、太陽の下で無邪気に戯れる姿を『鑑賞し、記録し、愛でる』ためにここへ来たのです。つまり、私の役割は貴方の完全な守護者であり、観客。私が海に入る必要性などどこにもありません」
「そんなのつまんないよ!」

ルミはベッドから立ち上がると、ぷくーっと頬を膨らませてアルヴィーノの元へトトトッと駆け寄った。
そして、書類を持つアルヴィーノの大きな手を、両手でぎゅっと握りしめる。

「俺ね、アルヴィーノに俺の水着姿を見てほしいのはもちろんだけど……それよりも、アルヴィーノと一緒に海に入りたいんだよ。二人で『冷たいね』って笑い合ったり、泳ぎ方教えてもらったりしたいの。……アルヴィーノは、俺と一緒に海に入りたくないの?」

上目遣いで、今にも泣き出しそうな「おねだり」の波状攻撃。
しかも、「激重感情」の塊であるアルヴィーノにとって、「ルミが自分と一緒に遊びたがっている」という事実は、何よりも強力な即死級の呪文だった。

「っ……、貴方という人は、本当にずるい……。そんな顔をされては、拒めるはずがないでしょう」

アルヴィーノは持っていた書類を机に放り出すと、ルミの細い腰を抱き寄せ、その愛らしいおねだり唇に深い口づけを落とした。
ルミが「ん……」と声を漏らし、真っ赤になって腕の中に収まると、アルヴィーノは深くため息をつきながら、自身の完璧だったはずの予定をあっさりと書き換える。

「分かりました。今すぐこの街で最高級の仕立て屋を呼びつけます。……せっかくですから、貴方の水着の色とお揃いのものを、数着作らせましょう」
「本当!? えへへ、やったぁ! アルヴィーノとお揃い、嬉しいな」

腕の中でひまわりが咲いたように笑うルミを見て、アルヴィーノは「やはり私の天使は世界一可愛い」と脳内で確信しながら、そっとその水色の髪を撫でた。
ふと、遠い王宮で今も胃を壊しながら働いているであろう兄の顔が脳裏をよぎったが、魔王の心は一ミリも痛まない。

「ルミ。仕立て屋が来る前に、まずは『よくできました』のご褒美を。……二週間分の不足、この南国の屋敷でもたっぷり支払っていただきますからね?」
「あ、待って、まだお片付けが――んむっ……」

波の音が心地よく響く南国の私室で、二人の甘い甘い「遠征旅行」が、本格的に幕を開けようとしていた。

翌朝、白亜の屋敷を包んだのは、南国特有の気怠くも眩しい朝の陽光だった。

アルヴィーノは鏡の前で、漆黒の軍服に袖を通す。
さすがに王宮にいた冬の厳めしい冬用ではなく、通気性の良い薄手の生地で作られた夏用の軍服だが、それでも首元までしっかりとボタンが留められた、隙のない洗練された佇まいは変わらない。
軍師としての威厳と「魔王」の冷徹さを誇示するかのような完璧な着こなしだった。

対照的に、ベッドから起き出してきたルミの格好は、見る者すべての心を洗うほどに涼やかだった。
風を孕んでふわりと広がる、軽い素材でできた白いノースリーブのワンピース。
腰まである水色の長い髪はゆるく編み込まれ、その頭には、大輪のひまわりがあしらわれた麦わら帽子がちょこんと乗っている。

「アルヴィーノ、おはよ。……えへへ、どうかな? こっちのお洋服も、マルタが用意してくれたんだ」

麦わら帽子の庇(ひさし)の下から、透き通るような水色の瞳が嬉しそうに見上げてくる。
その姿は、南国の強い陽射しの中に咲いた一輪の清らかな花のようだった。
その瞬間、アルヴィーノの手元で、軍帽を整えていた動きが完全に凍りついた。
切れ長の紫の瞳が大きく見開かれ、内側から激しい葛藤の熱がせり上がってくる。

(……職務など、知ったことか。今すぐこの場ですべての予定を白紙に戻し、この可憐な天使をベッドに囲い込んで、夜が明けるまで愛で尽くすべきではないのか……?)

本気で「演習の中止」と「軍の解散」を脳内で決定しかけたアルヴィーノだったが、袖をルミの小さな手にぎゅっと引かれて、辛うじて理性の糸を繋ぎ止めた。

「アルヴィーノ? お顔が怖いよ。やっぱりお仕事、行きたくない?」
「……行きたくありません。冗談抜きで、今すぐこの王宮の『刃』としての役目を叩き割ってしまいたいほどに、今の貴方は破壊的に愛らしい。……ですが、一応は国家間の体裁というものがあります。ここで私が暴れてルセリアの軍を消滅させては、兄上の胃が本当に破裂してしまいますからね」
「あはは、アルフレッド様をいじめちゃダメだよ? 俺、お部屋で大人しくお留守番してるから、頑張ってきてね」

ルミが背伸びをして、アルヴィーノの端正な頬に「行ってらっしゃい」のキスを贈る。
魔王はさらにその唇を深く塞ぎ、ひとしきり「お仕事前の補給」を済ませると、極上の笑みを浮かべてマントを翻した。

「午前中……いえ、一時間で片付けて戻ります。待っていてください、私のルミ」

そう言い残して演習へ向かった軍師が、現地でどれほど冷酷非情な効率主義でルセリアの将兵たちを恐怖のどん底に叩き落とし、凄まじい速度で軍務を終わらせたかは、言うまでもなかった。

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そして約束通り、太陽が南の空へ昇りきった午後。
二人は待ちに待った海へと足を運んでいた。

午前中の厳格な軍服姿から一転して、今のアルヴィーノは驚くほどラフな軽装に身を包んでいる。
仕立て屋に急ぎで用意させた白の上質なリネンシャツは、胸元のボタンがいくつか寛げられており、大人の男の色気が肌の白さを引き立てていた。漆黒の髪を潮風に遊ばせながら歩く姿は、まるで異国の若き貴公子のようだ。
その隣を、白いワンピースにひまわりの麦わら帽子をかぶったルミが、一歩一歩、確かめるように歩いていく。

「わぁ……! すごい、アルヴィーノ、見て! 足の裏が、あったかくて、すっごくサラサラする……!」

波が届かない乾いた砂浜に足を踏み入れたルミは、嬉しそうに声をあげた。
砂を踏み締めるたびに、白いワンピースの裾が風に揺れ、水色の長い髪が光を浴びてキラキラと輝く。
王宮の暗い影も、研究所の忌まわしい過去も、ここには一切存在しない。
ただ、どこまでも続く青い世界と、二人の足跡だけが砂浜に残されていく。

「お気に召しましたか、ルミ」
「うん! すっごく楽しい! 空も海も、全部が青くて広くて……俺、なんだか夢を見てるみたい」

ルミは振り返り、アルヴィーノを見上げて無邪気に笑った。
その幸福に満ちた笑顔を見た瞬間、アルヴィーノの胸の奥に、言葉にできないほどの愛おしさが込み上げる。
彼は一歩歩み寄り、ルミの華奢な手をそっと、しかし離さないように強く握り締めた。

「夢ではありませんよ。これが貴方の望んだ世界です。……これからは、貴方が見たいと言った景色を、私がすべてこの手で用意して差し上げます」
「ありがとう、アルヴィーノ。……ねぇ、あそこ! 波がパシャパシャしてるところまで行ってみよう?」

手を引かれたアルヴィーノは、ただ従順に、愛しい伴侶の導くままに歩みを進める。
外の世界では「魔王」と恐れられる男が、南国の柔らかな光の中で、ただ一人、水色の天使のためだけに優しく微笑んでいた。

南国の眩しい太陽が照りつける、またある日の朝。
アルヴィーノは鏡の前で、夏用の漆黒の軍服の襟元を厳かに整えていた。
これからルセリア共和国の将兵たちを交えた、大規模な合同軍事演習へと向かうためだ。
その傍らで、ルミは今日のために選んだ新しい服に身を包んでいた。
裾に鮮やかなひまわりが描かれた、清涼感のある白いワンピース。
水色の長い髪をふわりと揺らしながら、ルミは軍帽を手にしたアルヴィーノの端正な横顔をじっと見つめていた。

「ねぇ、アルヴィーノ」
「なんですか、ルミ。そんなに愛しげに見つめられては、また職務を放り出したくなってしまいますが」

アルヴィーノが切れ長の紫の瞳を和らげ、極上の敬語で囁く。
しかし、ルミの口から飛び出したのは、予想外の「おねだり」だった。

「あのね、俺も今日の演習、ついていきたい!」
「……演習場に、ですか?」

アルヴィーノの眉が、微かにひそめられる。
ルミは彼の大きな手を両手でぎゅっと握りしめ、水色の瞳をきらきらと輝かせた。

「うん。アルヴィーノが遠征先でどんなふうにお仕事してるのか、気になっちゃって。それに……戦場を統治する軍師なアルヴィーノ、すっごく格好いいって聞いたから、俺、近くで見てみたいんだ」

最愛の伴侶からの「格好いい姿が見たい」という至高の懇願。
普通なら即座に理性が消し飛ぶところだが、アルヴィーノの表情は一転して、珍しく渋いものへと変わった。

「ルミ、お気持ちは大変嬉しいのですが……演習場は軍の公的な場です。貴方を連れていくとなれば、表向きは私の『従者』として扱わねばならなくなります」
「うん、それはわかってるよ?」
「私が嫌なのです」

アルヴィーノはルミの手首をそっと引き寄せ、その指先に深い口づけを落としながら、独占欲の塊のような本音を吐露した。

「公の場に出れば、私は貴方を『私の伴侶』として抱きしめることも、名前を呼び捨てることもできない。有象無象の兵士たちの前で、貴方に『アルヴィーノ様』などと、あの冷たい従者の仮面を被らせるなど……私の心が耐えきれそうにありません」

しかし、ルミの決意は固かった。
麦わら帽子の下から、確固たる光を宿した水色の瞳でアルヴィーノを見上げる。

「大丈夫だよ! 俺、ちゃんとお留守番のときみたいに、完璧に従者さん、やってみせるから。ね? お願い、アルヴィーノ。一緒に行かせて?」

潤んだ瞳で真っ直ぐに見つめられ、さらに「かっこいいアルヴィーノが見たい」と重ねてねだられては、魔王とて抗えるはずがなかった。
アルヴィーノは深くため息をつき、降伏を認めるようにルミの額に額を宛てがった。

「……貴方には、本当に勝てない。分かりました、ただし私の側から一歩も離れないと約束してください」
「うん! 約束する!」

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ルセリア共和国の広大な臨海演習場。
ぎらぎらと照りつける太陽の下、大勢の兵士たちが整列し、張り詰めた空気が漂っていた。

そこへ、漆黒の軍服を纏ったアルヴィーノが姿を現した瞬間、演習場の温度が数度下がったかのような錯覚を周囲に抱かせた。
一切の妥協を許さない、冷徹極まる軍師の眼光。
戦場を統治する者としての圧倒的な威圧感が、その場にいる全員の背筋を正させる。

「これより演習を開始する。――全軍、配置へ」

アルヴィーノが低く、しかしよく通る声で告げると、凄まじい密度の魔力が演習場全体を支配した。
彼は自身の手を一切汚すことなく、卓上のチェスを動かすかのように、冷酷なまでの効率主義で兵たちに指示を出していく。
無駄のない的確な采配、戦況を完璧に掌握する鋭い頭脳。
まさに「慈悲なき軍師」の名に相応しい、圧倒的に冷徹で、そしてひたすらに美しい姿がそこにあった。
ルミはその斜め後ろに控え、一歩引いた位置からその姿を見つめていた。

(すごい……。やっぱり、お部屋にいるときとは全然違う。本当に、格好いいな……)

胸を高鳴らせながら、ルミは手元に控えた資料をアルヴィーノに差し出す。

「――アルヴィーノ様、次なる部隊の展開図です」
「……あぁ、苦労を」

冷たい声を装いながら資料を受け取るアルヴィーノ。
だが、その瞬間だけ、ルミにしか見えない角度で、紫の瞳に一瞬だけとろけるような甘い光が宿る。
そんな「二人だけの秘密」に、ルミは内心で小さく微笑んだ。
しかし、この殺伐とした演習場において、ルミの存在はあまりにも異質で、不釣り合いなほどに可憐だった。
裾にひまわりが揺れる白いワンピースに、華奢な身体。
腰まである美しい水色の髪が潮風にふわりと舞うたび、周囲にいるルセリアの兵士たちの視線が、どうしても釘付けになってしまう。
過酷な訓練に明け暮れる荒々しい男たちにとって、目の前で従順に魔王に仕える美少年は、まさに砂漠に咲いた奇跡のオアシスのようだった。

「おい、見ろよ……あの魔王の連れてる従者……」
「なんだあの可愛い生き物は……。男、なのか……?」
「めちゃくちゃに可憐だ。あの白い肌、触ったら折れちまいそうだぜ……」

じっとりと熱を帯びた、下俗な視線。何人かの兵士が、無意識に生唾を飲み込む音が静かな演習場に微かに響いた。
その瞬間、ピキ、と大気が完全に凍りついた。

「ひっ……!?」

先ほどまで完璧な行軍指揮を執っていたアルヴィーノの周囲から、突如として、先ほどの演習とは比較にならないほどの【凶悪な魔力】が膨れ上がったのだ。
その紫の瞳からは完全に光が消え、底なしの暗黒が広がっている。
全属性の極大魔法がいつでも無詠唱で発動できるほどの、密度の高い殺気が演習場全体を圧殺した。

「……私のルミに、その汚らわしい視線を向けたのは、どこの無能どもですか?」

文字通り「世界を滅ぼす魔王」の声音。
兵士たちは恐怖のあまりその場にへたり込み、ガタガタと震え出した。

「アルヴィーノ様……っ、ダメだよ、お仕事中!」

後ろからルミが焦って服の裾を引くと、アルヴィーノは一瞬で殺気を霧散させ、何事もなかったかのように完璧な笑みを浮かべて振り返った。

「おっと、失礼。少々、害虫が気になったもので。……これにて午前の演習は終了とします。全軍、私の視界に入らない場所へ即座に退散しなさい。さもなければ、次の瞬間には消塵と化しますよ」

「は、はいぃっ!」と悲鳴を上げて逃げ惑う兵士たち。
呆れるルミを他所に、アルヴィーノはすぐにルミの腰を引き寄せ、耳元で激重な独占欲を囁くのだった。

「やはり、連れてくるべきではなかった。……ルミ、屋敷に戻ったら、今の無能どもに見せつけた貴方の可愛い姿を、私の視線だけで上書きさせていただきすからね?」
「もう……アルヴィーノのバカ。でも、すっごく格好よかったよ?」

そう言ってはにかむ最愛の伴侶を前に、軍師の理性は早くも限界を迎えていた。

演習場に立ち込めていた殺伐とした空気はどこへやら、白亜の屋敷の私室へと戻った二人の間には、再び甘やかな時間が流れていた。
午後になり、南国の太陽がいよいよその輝きを増す頃、ルミは楽しみにしていた海へ向かうべく、トランクから一着の水着を選び出して着替えを始めた。
アルヴィーノが「国庫請求」という名の特権をフル活用して買い揃えた最高級品の中からルミが選んだのは、胸元と腰回りにふんだんな白いフリルがあしらわれた、この上なく可憐な水着だった。
腰まである水色の長い髪をふわりと揺らし、ルミは少し照れくさそうに、しかし嬉しそうにアルヴィーノを振り返る。

「……アルヴィーノ、どうかな? ちゃんと似合ってる?」

その瞬間、部屋の隅のチェアーに腰掛けていたアルヴィーノは、息をすることすら忘れてその姿に釘付けになった。
まだ軍服のジャケットこそ脱いだものの、かっちりとしたスラックス姿のままだった彼は、紫の瞳にどろりとした濃密な熱を湛え、ゆっくりと立ち上がる。

「……神に感謝を。これほど純白のフリルが似合う天使が、私の伴侶として存在してくれている奇跡に。ルミ、貴方は自分がどれほど罪深い可愛らしさを誇っているか、自覚がないでしょう。今すぐその薄い布地をすべて剥ぎ取って、私の印で満たしてしまいたい……」
「わわ、アルヴィーノの目がまた本気になってる! ダメだよ、今は海に行くんだから!」

オブラート皆無の激重な言葉をぶつけられ、ルミは真っ赤になって一歩後ろに下がった。
そして、部屋着のままのアルヴィーノの腕を、小さな手でぎゅっと引っ張る。

「ほら、アルヴィーノも早く水着に着替えて! 昨日、お揃いのやつ作ってもらったでしょ? 一緒に行こ!」

潤んだ水色の瞳で真っ直ぐにおねだりされれば、魔王に拒否権などあるはずもない。
アルヴィーノは愛おしそうに小さくため息をつくと、「貴方の仰る通りに」と、仕立て屋に緊急で作らせた水着へと着替えを済ませた。
彼のために用意されたのは、ルミの純白のフリルに合わせ、リゾート感漂う上質な白いハーフパンツの水着だった。
普段の漆黒の軍服姿からは想像もつかないほどにラフで、しかし引き締まったしなやかな筋肉と、男らしい広い肩幅が露わになっており、今度はルミの方がその完璧なプロポーションにぽっと頬を染める番だった。

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太陽の光を浴びてキラキラと輝く砂浜に到着すると、そこには地元の人々や旅人など、たくさんの海水浴客で賑わっていた。

「うわぁ……! 冷たくて気持ちいい!」

波打ち際に駆け寄ったルミは、足元を洗う透明な海水に声を弾ませた。
きらめく青い海を背景に、白いフリルの水着を揺らしてはしゃぐルミの姿は、まるで波間から現れた水の妖精のようだ。

「ルミ、あまり遠くへ行ってはいけませんよ」
「大丈夫だよ! アルヴィーノ、ほら、それ――っ!」

ルミは悪戯っぽく笑うと、小さな手のひらで海水をすくい、アルヴィーノに向けてパシャリと撥ね掛けた。
冷たい水滴がアルヴィーノの白いシャツや胸元に当たって弾ける。
普段の王宮であれば、軍師に不敬を働いた者はその場で更地送りにされるような大罪だが、仕掛けたのが最愛のルミとなれば話は完全に別だった。

「ほう……私に戦を挑むとは、良い度胸ですね、私の天使?」
「あはは! アルヴィーノ、お顔が笑ってて怖い!」

アルヴィーノは端正な顔に極上の笑みを浮かべ、長い腕で優雅に水をすくい、倍にして返し始める。
「冷たーい!」「容赦しませんよ」と声を掛け合いながら、二人はお互いに水を掛け合って、周囲の喧騒すら忘れて子供のように無邪気に遊び回った。
ルミが波に足をすくわれそうになれば、アルヴィーノがすかさずその細い腰を抱き寄せ、耳元で「捕まえました」と甘く囁く。
誰の目も、王宮の義務も気にしない、待ち望んでいた二人の甘い時間がそこにはあった。
しかし、そんな幸福な空間に、場違いな影が忍び寄る。

「……おい、あれ。やっぱり午前の演習に出てた、あの可愛い従者だろ……?」

砂浜の少し離れた場所から、じっとりと熱を帯びたいかがわしい視線がルミに注がれた。
そこにいたのは、私服に着替えて非番の海を楽しんでいた、午前中のルセリア共和国の兵士たちだった。
彼らは軍服を脱ぎ、白いフリルの水着姿になったルミの、あまりにも無防備で圧倒的な可憐さに、再び生唾を飲み込んでいた。

「私服だと一段とヤバいな……あの白い肌、マジでそそるぜ」
「魔王も一緒だけど、今は公務じゃないし、ちょっと声かけてみるか……?」

下俗な欲望に駆られた兵士たちが、ニヤニヤと笑いながらルミの方へ一歩を踏み出そうとした。

――その、刹那。

南国の抜けるような青空の下だというのに、突如として、太陽の光さえ遮るかのような【底なしの暗黒のプレッシャー】が砂浜全体を圧殺した。
海で遊んでいた他の観光客たちが「な、何だこの寒気は……!?」と一斉にガタガタと震え出し、ざわめきがピタリと止む。

原因は、他でもない。
さっきまでルミと笑顔で水を掛け合っていたはずの、アルヴィーノだった。

「……。午前中、あれほど『私の視界に入るな』と言ったはずですが。ルセリアの兵というのは、そこまで無能なんですか?」

ゆっくりと振り返ったアルヴィーノの紫の瞳には、一切の光が灯っていない。完全に「魔王」のそれだった。
彼が軽く指先を弾いた瞬間、周囲の大気がバチバチと音を立てて歪み、砂浜の海水が彼の背後で巨大な壁のように巻き上がった。
無詠唱で発動しかけている、文字通り天変地異級の極大魔法の予兆。

「ひっ、ひいいぃっ……!? 」
「失礼しましたぁぁぁっ!!」

自分たちがどれほど恐ろしい存在の逆鱗に触れたかを理解した兵士たちは、腰を抜かし、私服のまま砂浜を転がるようにして猛スピードで逃げ去っていった。

「まったく、不愉快な害虫どもだ。やはりあの部隊ごと、一度塵に還しておくべきでしたね」

冷酷に言い放ち、本当に魔法を放とうとするアルヴィーノの腕を、ルミは慌てて後ろからぎゅっと抱きしめた。

「アルヴィーノ、もうダメだってば! せっかくの海なんだから、怒らないで?」

背中に伝わるルミの水着越しの体温と、必死な可愛い声。
その瞬間、アルヴィーノの周囲に渦巻いていた凶悪な魔力は、嘘のように霧散した。
アルヴィーノはくるりと振り返ると、呆れ顔のルミを今度は独占欲を剥き出しにして、腕の中にすっぽりと閉じ込める。

「……ルミ。貴方が可愛すぎるのが悪いのです。これ以上、あの無能どもに貴方の水着姿を見せるわけにはいきません。……海遊びはここまでです。屋敷に帰りますよ」
「えぇー? まだ遊んだばかりなのに……」
「お部屋で、私『だけ』が貴方をたっぷりと可愛がる時間にするのです。異論は認めませんよ、私の天使」

「もう……」と零しながらも、ルミは嬉しそうに彼の胸に顔を埋めるのだった。
こうして、南国の午後は、再び二人だけの閉ざされた甘いお仕置きの時間へと戻っていくのだった。
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