主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

【​黎明の聖域】

『星涙石』の青い光だけが、静まり返った寝室を微かに照らしていた。
​アルヴィーノの大きな胸に抱かれ、ただ互いの心臓の音を重ね合わせるだけの、穏やかで優しい夜。
それだけで十分だった。
アルヴィーノにとっては、ルミの髪一筋、肌の一片すら傷つけずに守り抜くことこそが、至上の愛の証明だったからだ。
​だが、その腕の中で、ルミが小さく身悶えするように顔を上げた。
水色の瞳が、暗闇の中で潤んでいる。

​「……王子様」
​「どうしました、ルミ。寒いのなら、もっと毛布を――」
​「ちがうの」

​ルミは、アルヴィーノの白いシャツの胸元を、細い指先でぎゅっと掴んだ。
その手が、微かに震えている。

​「俺……怖くないよ。アルヴィーノ様が、俺を壊さないようにって、すごく……すごく我慢してくれてるの、わかってる。俺のために、アルフレッド様にまで頭を下げてくれたことも」

​アルヴィーノは息を呑んだ。
まさか、あの深夜の迷走まで気づかれていたとは思わなかった。
​ルミは真っ赤に染まった顔を隠そうともせず、まっすぐに、その透明な瞳をアルヴィーノの深い紫の双眸へと向けた。
地獄の研究所で心を閉ざしていた「壊れた人形」は、もうどこにもいない。
ここにいるのは、一人の男を命がけで愛した、気高い伴侶だった。

​「俺、アルヴィーノ様のぜんぶが欲しい。……俺のぜんぶも、アルヴィーノ様に受け止めてほしいの。お勉強したこと……ちゃんと、俺と、して?」

​それは、アルヴィーノの鉄壁の自制心を一瞬で消し飛ばす、あまりにも純粋で、あまりにも残酷な「お誘い」だった。
​アルヴィーノにとって、ルミの願いは世界の絶対正義だ。
ルミが望むなら、それがどれほど己の理性を狂わせるものであっても、全力で応えるのが彼の生き方だった。
​アルヴィーノの瞳の奥に、いつもは押し殺している、飢えた獣のような昏(くら)い情熱が揺らめく。
彼はゆっくりとルミの手首を掴み、ベッドの上へと押し留めた。25センチの体格差が、今度は圧倒的な支配の質量となってルミを覆う。

​「……後悔しても、もう離してあげませんよ」

​低く、掠れた声。
それは軍師の仮面を完全に脱ぎ捨てた、一人の男の告白だった。

​「貴方がその扉を開けたのです。……ルミ、私の愛しい、たった一人の神様。貴方のすべてを、私に預けなさい」

​優しく、けれど二度と逃れられないほど深く、アルヴィーノの唇がルミの唇を塞いだ。
星涙石の青い光が、二人の重なる影を大きく壁に映し出し、そして静かに、夜の深淵へと沈んでいった。

​◆
​窓の隙間から、うっすらと白んだ朝の光が差し込み、部屋の輪郭を淡く浮き上がらせていた。
​室内に満ちているのは、驚くほどの静寂。
そして、どこか甘く、熱を孕んだ空気の残り香だけだ。
​大きなベッドの中央で、ルミはアルヴィーノの逞しい腕に完全に包み込まれるようにして、深い眠りについていた。
その寝顔は、地獄の悪夢から完全に解き放たれたように穏やかだ。
水色の長い髪がシーツの上に乱れ、白い肌には、彼を限界まで労(いたわ)り、慈しみながら紡がれた、目に見えない愛の痕跡が刻まれている。
​アルヴィーノはすでに目を覚ましていた。
彼は、腕の中で小さな寝息を立てるルミを起こさないよう、細心の注意を払いながら、その頬にそっと指先を滑らせる。

​(……ああ、本当に、なんと愛おしい生き物だ)

​胸の奥を満たしているのは、かつて戦場で味わったどんな勝利よりも深く、圧倒的な幸福感だった。
あれほど「壊してしまう」と怖れていたことが嘘のように、彼らの夜は美しく、そして奇跡的なほどに優しかった。
書物にあるどんな知識よりも、ルミが時折あげる切ない声や、必死に自分に縋り付いてくる指先の温もりこそが、正しい道を教えてくれた。
​身体を重ねたことで、何かが変わったわけではない。
ただ、互いの境界線が曖昧になるほど深く触れ合ったことで、二人の「心の繋がり」が、もう誰にも、世界のどんな不条理にも引き裂けない絶対の領域に達したのだという確信だけがあった。

​「ん……んぅ……」

​微かな光に刺激されたのか、ルミが長い睫毛を震わせ、ゆっくりと水色の瞳を開いた。
視線の先に、いつもと変わらない、けれどどこか酷く艶やかな微笑みを浮かべたアルヴィーノの顔があることに気づき、ルミの頬が一瞬でぽっと赤くなる。

​「……おはようございます、私の可愛いお姫様。身体は、痛みませんか?」

​アルヴィーノが耳元で優しく囁くと、ルミは恥ずかしそうに彼の胸に額を押し付け、小さな声で答えた。

​「……おはよ、アルヴィーノ様。いたくない……すごく、あったかかった……」

​その健気な言葉に、アルヴィーノの胸が強く締め付けられる。
彼はルミの額に、そしてまだ少し熱を持った唇に、そっと朝の口づけを落とした。

​「貴方が望むなら、私は何度でも、貴方のすべてを受け止めましょう。ですが……今はまず、このままもう少し、私に抱かれていてください」
​「うん……ずっと、こうしてて……」

​朝の光の中で、二人は再びぎゅっと身体を寄せ合う。
肉体の繋がりを経て、さらに強固に結ばれた魂の聖域。そこにはもう、一片の迷いも、恐怖も存在しなかった。
二人はただ、新しく始まった世界の眩しさを、静かに分かち合っていた。
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