主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

そして今、ルミは深夜の執務室の前に立っていた。
アルヴィーノがすでに全てを知っていることなど、ルミは露ほども知らない。
ただ、震える手でゆっくりと扉を押し開けた。
部屋の奥、月光が差し込む机の前に、アルヴィーノは静かに座っていた。
その表情は影になっていて読めない。
ただ、いつもの優雅な微笑みが消えていることだけは分かった。

(あ……終わった……)

ルミは部屋に入ると同時に、冷たい床にバサッと膝をつき、深く頭を垂れた。

「ごめんな、さい……っ、王子様、ごめんなさい……!!」

声が惨めに裏返る。

「俺が、弱かったから……作戦、めちゃくちゃになっちゃった……王子様の計画、壊しちゃった……!どんなお仕置きでも、処分でも、受けます。だから……だから……っ」

アルヴィーノが椅子から立ち上がり、ルミの方へと歩み寄ってくる
その足音は、ルミにとって“死神のカウントダウン”のように聞こえた。

コツ、コツ、コツ――

ルミは堅く目を閉じ、ぎゅっと手を握りしめ次にやってくる「破滅」を待った。
静かな部屋に足音だけが響く。
コツ、コツ、と規則正しい音が、ルミの真ん前で止まった。
​ヒッ、と短い悲鳴を上げて身をすくめるルミ。
だが、その頭上に振り下ろされたのは、冷たい暴力ではなかった。

​「……ルミ」

​シルクのように滑らかで、低く、どこまでも優しい声。
信じられないことに、アルヴィーノは泥と血で汚れた床に自ら膝をつき、ボロボロに震えるルミの小さな身体を、その長い両腕でそっと抱きすくめたのだ。

​「え……っ?」

​ルミの思考が真っ白にフリーズする。
アルヴィーノの高級な香水の匂いと、確かな体温が、泥臭い自分を包み込んでいく。

​「おこらないの……? 叩かないの……? 俺、俺のせいでっ……作戦、失敗ちゃって……っ、なんで……っ?」

​狂ったように尋ねるルミの背中を、アルヴィーノは大きな手で、あやすようにゆっくりと、優しく撫でた。そして、ルミの涙に濡れた頬に片手をあてがい、その顔を覗き込む。
そこにあったのは、冷徹な軍師の顔ではない。慈愛に満ちた、完璧な「聖母」のような微笑みだった。

​「何を言っているのですか。怒るわけがないでしょう」

アルヴィーノは、囁くように言った。

「今回の失敗は、敵の戦力を見誤った私の計算ミスです。貴方のせいではない。……むしろ、そんな危険な場所に貴方を送り込んでしまった私を、どうか許してください」
​「王子様……」
​「他のみんなはただの道具ですが、貴方は特別ですから失敗したからといって、貴方の価値が消えるわけではありません。……大丈夫ですよ、あなたはよくやりました」

​それは、アルヴィーノがルミをさらに強く縛り付けるために用意した、計算通りの「甘い毒」だった。失敗した駒を叱責するより、ここで絶対的な全肯定を与えた方が、より強固な忠誠を得られるという、冷徹な戦略。

――しかし、アルヴィーノは知らなかった。

その「嘘の全肯定」が、ルミの胸の奥に眠っていた底知れない【狂信の炎】に、完全に油を注いでしまったことを。

ルミの瞳からは怯えが完全に消滅し、代わりにドロリとした底の知れない熱い光がその瞳に宿る。
捨てられない、自分はなにがあっても特別でいられるんだと知った​ルミはアルヴィーノにぎゅっと抱き着き、もっと頑張るからと泣きじゃくった。
​ルミの首元に顔を埋めながら、アルヴィーノは暗闇の中でニヤリと、計画通りの不敵な笑みを浮かべていた。

(ふふ、これでルミは、もう二度と私から離れられない。私のために命を投げ出す、完璧なお人形の完成です)

​完璧な計算。完璧な掌握。
しかし、アルヴィーノはこの時まだ気づいていなかった。
ルミを縛り付けたつもりのその蜘蛛の糸が、すでに自分の首にもがっちりと巻き付いていることに。
そして、ルミの愛という底なし沼に、自分自身も片足を突っ込んでいるという「最大の計算違い」に――。
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