主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

翌朝。
遮光のカーテンの隙間から、眩いばかりの朝陽が寝室へと差し込んでいた。

「……ん……っ……」

ルミがゆっくりと目を覚ました時、最初に肌に触れたのは、いつも通りの、けれど昨日までの病的な熱さを一切感じさせない、ひんやりとして心地よいシーツの感触だった。
隣を見れば、すでに主の姿はない。

「あ……アルヴィーノ様……っ!?」

まだ熱があるのに無理をして仕事に行ってしまったのでは、とルミは跳ね起きるようにしてベッドを飛び出した。
慌てて寝室の扉を開け、居間へと飛び込む。
そこには、姿見の前に立ち、漆黒の軍服の袖口のボタンを留めているアルヴィーノの姿があった。
その肌には健康的な血色が戻り、紫の瞳にはいつもの冷徹で、かつ圧倒的な王族の覇気が完全に漲っている。
どこからどう見ても、一分の隙もない「完璧な軍師殿下」の復活だった。

「アルヴィーノ様! もう起きて大丈夫なの……!?」

ルミはパタパタと駆け寄ると、アルヴィーノの腰にすがりつくようにして見上げた。

「おはようございます、ルミ。……ご覧の通り、貴方の献身的な看病のおかげで、私の肉体は完全に元通り……いえ、以前よりも遥かに満ち足りた状態です。もうどこも悪くはありませんよ」

アルヴィーノはふっと表情を和らげると、屈んでルミの頬を優しく包み込んだ。
その手のひらは、昨夜の恐ろしい熱が嘘のように、いつも通りの心地よい体温を保っている。

「本当……? 本当に無理してない? どこも痛くない? 今日はまだ、少しでも変だなって思ったら、すぐ帰ってきてね。お留守番中も、俺ずっと心配してるんだから……!」

ルミはアルヴィーノの胸元に顔を押し当てて、これでもかと心配の言葉を並べ立てる。
アルヴィーノは、自分のために眉を下げて必死に訴えかけてくるルミが愛おしすぎて、思わずその細い腰を抱き上げて、胸の中にぎゅっと閉じ込めたくなった。
だが、これから宮廷へ上がるための軍服を汚すわけにはいかないと、超人的な自制心でそれを堪える。

「ええ、約束します。少しでも息が切れれば、アルフレッドを置いてでもすぐにこの部屋へ戻りましょう。……貴方に怒られるのは、私にとって何よりの罰ですから」
「おれ、怒ってないもん……心配なだけだもん……」

ルミはふにゃりと眉を下げてアルヴィーノの胸に額を預けた。
だが、そこでふと、ルミの脳裏に昨日の「大事件」の記憶が鮮明に蘇ってきた。

「……あ」
「どうしました?」

ルミは急に顔を真っ赤に染めると、アルヴィーノの軍服の襟元を掴んだまま、ブルブルと小さく震え始めた。

「お、俺……思い出しちゃった……。昨日、アルフレッド様からの電話……俺、ひったくって、すごい大声で怒って、ガチャッて、切っちゃった……」
「ええ。実に見事なガチャ切りでしたね。アルフレッドもさぞかし驚いたことでしょう」
「笑い事じゃないよぉ……! あの人国王様なのに……! 俺、勢いでやっちゃったけど、不敬罪とかでギロチンにかけられたりしないかな……っ、今更怖くなってきた……!」

涙目になって取り乱すルミを見て、アルヴィーノはついに堪えきれず、低く、愉しげに笑声を漏らした。

「くく……安心しなさい、ルミ。あの上品な兄の事だ、おそらく生まれて初めて他人に言葉を遮られて通信を切られた衝撃で、今頃はまだ自尊心を粉々にされている最中でしょう。不敬罪などとんでもない。むしろ、私が使い潰される前に止めてくれた貴方に、国から勲章を授与したいくらいです」

アルヴィーノはそっとルミの額に口づけを落とし、その不安を優しく融かしていく。

「それに、兄上が貴方に手を出そうものなら、今度こそ私がこの国を裏から叩き潰します。だから、貴方は何も恐れる必要はありません。昨日貴方がしてくれたことは、私のすべてを救ってくれたのですから」
「アルヴィーノ様……」

ルミはまだ少し耳を赤くしながらも、アルヴィーノの言葉にホッとしたように胸を撫で下ろした。
時計の針が、宮廷の朝告げの鐘を鳴らす時間を指し示す。
アルヴィーノは最後に、卓上に置かれていた白銀の軍帽を手に取り、それを完璧な角度で頭へと戴いた。
その瞬間、彼は「ルミだけの恋人」から、再び国を背負う「冷徹な軍師殿下」へとそのかたちを変える。
部屋の大きな扉の前に立ち、アルヴィーノは振り返った。

「では、ルミ。……行ってまいります。私の愛しい人」

その紫の瞳には、冷徹な仮面の奥に、ルミだけに捧げられた絶対の愛が揺らめいている。
ルミは背筋をピンと伸ばし、あの日からずっと、自分の心の中で温めていた一番大切な言葉を、満面の笑顔と共に口にした。

「はい! ……いってらっしゃい、アルヴィーノ様! 今日もお部屋を綺麗にして、世界で一番美味しいお茶を淹れて、待ってるね!」
「ええ。その言葉だけで、私は今日の戦場をすべて無傷で蹂躙できるでしょう」

アルヴィーノは極上の笑みを残し、静かに扉を開けて回廊へと歩み出ていった。
カツ、カツ、と響く足音は、昨日までの重さは微塵もなく、不敵で、揺るぎない力強さに満ちあふれている。
扉が閉まった静かな室内で、ルミは自分の胸に手を当て、トクトクと跳ねる鼓動を感じていた。
守られるだけだった雛鳥は、今や、魔王を戦場へと送り出し、その帰りを待つための「揺るぎない港」となっていた。
二人の絆が、また一段と深く、誰にも引き裂けないものへと変わった、最高の朝だった。
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