主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

大聖堂でのヴァレンティ家粛清以降、国内外の貴族から「冷徹なる鉄血の王子」と恐れられ始めていたアルフレッドは、大聖堂の謁見室で受話器を握りしめたまま、完全に静止していた。
彼の前には、何とかして有利な条件を引き出そうと、朝から尊大な態度で揺さぶりをかけてきていた隣国の特使たちが並んでいる。

「……アルフレッド陛下? 我が国の要請に対し、軍師殿下は何と?」

特使の代表が、アルフレッドの様子を伺うように声をかける。
彼らは、外交の席に必ずあの「魔王」アルヴィーノが同席することに、凄まじいプレッシャーを感じていた。
だからこそ、今朝の緊急要請でアルヴィーノが不在の隙を突き、一気に交渉を有利に進めようと企んでいたのだ。
アルフレッドがアルヴィーノに連絡を入れた時、彼らは「これで魔王が来れば仕切り直し、来なければこちらの勝ちだ」と踏んでいた。
しかし、アルフレッドの耳の奥で、まだツーツーと虚しい発信音が響いている。

(『今日はお仕事禁止!!』……ガチャン、か……)

アルフレッドの脳裏に、受話器越しに響いたルミの、怒髪天を突くような、けれど一点の曇りもない真っ直ぐな怒声がリフレインドしていた。
あの大聖堂でヴァレンティ家をすり潰した時ですら、眉一つ動かさなかったアルフレッドの青い瞳が、今、かつてないほどの激しい動揺で泳いでいる。

「陛下……?」
「……いや。すまない」

アルフレッドは、カチャリとゆっくり受話器を置くと、拳を口元に当ててコホンと一つ咳払いをした。
そして、包帯が巻かれた右腕をそっと机の下に隠し、特使たちに向けて、冷徹極まりない「偽りの笑み」を向けた。

「我が国の軍師だが……急遽、国家の最高機密に属する『特級の防衛任務』が入ったため、本日の謁見には同席できない」
「ほぅ、最高機密の防衛任務、ですか」

隣国の特使たちは、互いに目配せをして、心の中でほくそ笑んだ。
あの魔王が来ないのであればこんな若王など丸め込むのは容易いと。
特使の代表は、これ見よがしに尊大な笑みを浮かべ、机の上に新しい要求書を突きつけた。

「ならば、話は早い。我が国としては、やはり鉱山採掘権の譲渡を強くお求めいたします。色よいお返事をいただけない場合、今後の両国の友好関係に、少なからぬ『亀裂』が入ることも懸念せねばなりませんが……?」

明らかな脅し。
以前のアルフレッドなら、友好のために顔を曇らせ、妥協案を探っていただろう。
しかし。
今のアルフレッドの背後には、ルミの純粋な怒りという、ある意味で世界一恐ろしい「絶対防壁」がそびえ立っていた。

「友好関係に、亀裂、か」

アルフレッドは突きつけられた書類を、一瞥すら見もせずに左手で弾いた。
その青い瞳に、底冷えのするような冷酷な光が宿る。

「……私の大事な弟を、過労で倒れるまで酷使させたのは、どこのどいつの、どの書類だったかね?」
「え……?」
「言葉で対話をしてやっているうちに、引くべき線を見誤るなと言ったはずだ。我が国の軍師は今、ある特別な命によって、絶対に動けない。……だが、彼が明日目覚めた時、この書類を見せたら、隣国の国境線がどうなるか……、君たちには想像がつくだろう?」

アルフレッドの纏う、圧倒的な覇王の威圧感。
右腕を犠牲にして手に入れた「鉄の正義」が、隣国の特使たちを大聖堂の冷気さながらに圧殺する。
アルヴィーノが物理的にそこにいなくとも、ルミにガチャ切りされたアルフレッドの「八つ当たりに近い冷徹さ」だけで、特使たちを震え上がらせるには十分すぎた。

「ひ、ひえっ……! 申し訳ありません! 補正案は、当初の通りで……っ!」

特使たちは、青ざめて書類をひったくるように回収し、逃げるように謁見室を退室していった。
静まり返った謁見室で、アルフレッドは一人、どっと深い椅子に背を預けた。

「……まさか、ルミくんに怒られるとはな。まいったなぁ……。でもまぁ、アルヴィーノを倒れるまで働かせたのは僕だ。今日くらいは、大人しく看病されていればいいさ」

アルフレッドは、包帯の巻かれた右腕を見つめ、少しだけ、かつてのような優しい兄の顔でフッと笑うのだった。
71/152ページ