主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

大聖堂を埋め尽くしていた怒号と絶望の悲鳴が遠ざかり、重厚な扉が閉じられると、聖堂内には酷く冷ややかな静寂だけが残された。
近衛兵によって連行されていくヴァレンティ一族の足音が完全に消え去るのを見届け、アルフレッドはゆっくりと息を吐き出した。
白銀の式典服の右袖からは、未だに僅かな焦げ臭さが漂っている。
応急処置の包帯の奥で、焼き潰された王族の紋章がズキズキと激しい拍動を立てて肉を焼いていたが、アルフレッドの端正な横顔に、もはや苦痛に歪むような弱さはなかった。

「……これで満足か、アルヴィーノ」

アルフレッドは祭壇の上に佇んだまま、視線だけをアルヴィーノへと向けた。
その声は、かつての優しさを完全に削ぎ落とした、冷徹な王そのものの響きを帯びている。

「ええ。国内外の全貴族の前での公開処刑。言い訳の余地を一切与えない、完璧な初手でしたよ、兄上」

アルヴィーノは漆黒の軍服の襟元を僅かに整え、冷淡に言葉を返した。
その紫の瞳からは、昨晩世界を滅ぼしかねなかったあの狂気的な魔力圧は消え失せ、代わりに、実の兄を「次期国王」として値踏みするような、軍師としての冷徹な光が宿っている。

「ヴァレンティ家の全財産は没収、領地は我が軍の直轄地として即座に接収します。あの雌狐を含め、一族の首謀者たちは国家反逆罪として、法に基づき速やかに処刑台へ送る。これで、ルミを脅かす害悪は文字通りこの大陸から完全に根絶されました」
「……そうか」

アルフレッドは、包帯に包まれた右腕を静かに見つめた。

「私は、この右腕の痛みと共に、一生をこの国の王として生きる。二度と、あのような無垢な甘さで誰かを傷つけ、君の聖域を侵させるような真似はしない。……それが、ルミの涙に対する、僕の終生の贖罪だ」
「結構です。貴方がその誓いを違えない限り、私も『魔王』としてではなく、貴方の冷徹な刃として、この国を支え続けましょう」

アルヴィーノは静かに一礼すると、一度も後ろを振り返ることなく、大聖堂の私室へと続く回廊へ歩き出した。
その足取りは、ただ一人、自らの帰りを待っている愛おしい存在の元へと急ぐように、僅かに速度を上げていた。

同じ頃、主を失ったアルヴィーノの私室。
静まり返った部屋の片隅で、ルミは膝を抱え、床に座り込んだまま微動だにしていなかった。
その小さな両腕の中には、今もなお、ズタズタに切り刻まれた淡い水色のシルクの残骸が、痛々しいほど大切に抱きしめられている。

「う……ぅ……っ、ぁ……」

掠れた声が、喉の奥から虚しく漏れる。
昨晩から、どれだけの涙を流し続けたか分からない。
すでに瞳は乾き果て、涙の一滴すらも出ないのに、胸の奥を引き裂くような絶望感と悲痛さだけが、ルミの心を支配し続けていた。
アルヴィーノが怪我を治してくれたから、身体はもうどこも痛くなかった。
けれど、腕の中にあるボロボロの布切れを見るたびに、あの夜、世界で一番優しく自分を包んでくれたアルヴィーノの体温や、大広間の中心で「綺麗だよ」と言ってくれた時の眩しい記憶が、ハサミの刃で一緒に切り刻まれていくような感覚に陥る。

守れなかった。
アルヴィーノ様が、俺だけのためにくれた、世界で一番大切な宝物だったのに。
俺がもっと強ければ。俺がもっとちゃんとしていれば――。

自責の念だけで頭がいっぱいになり、現実に心を閉ざしかけていた、その時だった。
パタン、と。
聞き慣れた重厚な扉の開く音が、静かな室内に響いた。
入ってきたのは、漆黒の軍服を纏ったアルヴィーノだった。
彼は部屋の惨状や床に散らばるスパンコールには目もくれず、真っ直ぐにルミの元へと歩み寄ると、その場に静かに膝を突いた。

「ルミ」

低く、けれど世界で一番優しい声が、ルミの耳に届く。
ルミはゆっくりと顔を上げた。
焦点の合わない水色の瞳に、アルヴィーノの深い紫の瞳が映り込む。

「アル、ヴィーノ……さま……っ。ごめんなさい、おれ……やっぱり、これ、直せなくて……っ」

ルミは掠れた声で、腕の中の残骸を差し出しながら、再び出ない涙を絞り出すようにして小さく身体を震わせた。

「分かっています、ルミ。もう、その残骸を抱きしめなくていいのです」

アルヴィーノは、ルミの強張った小さな手を、自らの大きな手で優しく包み込み、ドレスの残骸からそっと引き離した。
そして、拒絶を恐れるように怯えるルミの身体を、壊れ物を扱うように、ゆっくりと自らの胸の中へと抱き寄せた。

「昨日の今日ですから、新しいドレスは、まだ仕立て終わっていません。形にするには、どうしても少し時間がかかる」

アルヴィーノは、ルミの細い背中を、安心させるように何度も、何度も優しく愛おしそうに撫でる。

「ですが、約束します。あの雌狐が切り裂いたものなど比べものにならないほど、最高級のシルクと、世界中のどんな宝石よりも輝くレースを集めて、もっと、ずっと貴方に似合う、美しい水色のドレスを仕立てさせます」

アルヴィーノの胸の鼓動が、ルミの耳に心地よく響く。
そこには、ルミを脅かす全てを排除した、絶対的な安寧の温もりがあった。

「私は何度だって貴方に贈ります。貴方の心が癒えるまで、その綺麗な水色の瞳が、再び喜びで満たされるその日まで、何度でも、何度でも。……だから、もう自分を責めないでください、私の大切なルミ」
「アルヴィーノ、様……っ」

その言葉に、ルミの閉ざされていた心が、ゆっくりと、けれど確かに融かされていく。
腕の中からドレスの残骸が零れ落ちても、今度は恐怖はなかった。
目の前にいるこの人が、自分に新しい未来を、もっと美しい光を、何度でも与えてくれると確信できたから。
ルミは、アルヴィーノの軍服の胸元を小さな手でぎゅっと掴むと、その温もりに身を委ねるように、深く、深く顔を埋めた。
窓から差し込む朝の陽光が、壊れた部屋の床に散らばる水色の残骸を虚しく照らしていたが、二人が紡ぐ未来の約束までは、決して切り裂くことはできなかった。
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