主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを
敵の防衛戦力は、アルヴィーノの計算を上回る伏兵を隠し持っていた。
だが、それに気づく前のルミは、確かに“完璧”だった。
作戦開始直後、ルミは軽やかに前線へ飛び込み、闇の魔力を正確に操り、敵兵を次々と無力化していく。
「すごい……あれが殿下の拾われた少年か……!」
「魔力の精度が異常だ……!」
味方の兵たちがざわめくほど、ルミの動きは洗練されていた。
胸の奥の“好き”が、力に変わる。
(王子様……見ててね。俺、ちゃんとできるよ……!)
ルミは杖を構え、深く息を吸った。
影が足元に集まり、黒い風が巻き起こる。
「……闇よ、俺の名に応えろ。沈む夜の底より這い出で、すべてを呑み、絶望を刻め…… ――〈ノクス・アナイア〉!」
地面が黒く染まり、巨大な闇の奔流が前方へと走った。
触れたものは影に引きずり込まれ、悲鳴を上げる暇もなく沈んでいく。
敵兵が数十人単位で消えていく光景に、味方は息を呑んだ。
「ひ、ひとりで……あの数を……!」
ルミは振り返らない。
王子様に褒められたい一心で、ただ前へ、前へと進む。
だが、その“集中”こそが、敵の術式の狙いだった。
拠点の中心へ踏み込んだ瞬間、足元の魔法陣が淡く光り、空気が歪む。
(……え?)
次の瞬間、耳の奥に、聞き覚えのある声が響いた。
『また失敗する』
『役立たず』
『王子様に捨てられる』
『地下室に戻れ』
「や、やめて……っ!」
頭を抱えた瞬間、魔力の流れが一気に乱れた。
視界が赤く染まり、心臓が痛いほど脈打つ。
足元の地面が揺れ、影が勝手に暴れ始める。
視界の端に、“地下室”の光景がちらついた。
暗い石壁。
冷たい床。
鉄の扉。
閉じ込められた日々。
(やだ……戻りたくない……!)
「ルミ様、援護に――」
味方の兵が駆け寄った、その瞬間。
轟音が鳴り響きルミの暴走した闇の魔力が、味方の兵士たちをまとめて吹き飛ばした。
「え……? なんで……なんで……っ!」
血飛沫。
悲鳴。
倒れていく味方。
それを目の当たりにしたルミに精神攻撃の声がさらに強まる。
『ほら見ろ』
『お前は王子様の足を引っ張るだけ』
『また捨てられる』
『また地下室に戻るんだ』
「ちがう……ちがう……っ!!」
否定しようとするほど、魔力はさらに暴走する。
敵も味方も区別がつかない。
視界が真っ赤に染まり、轟音と悲鳴が混ざり合う。
気づいたときには、すでに作戦は完全に崩壊していた。
拠点を奪うどころか、味方の部隊は壊滅状態。
ルミ自身も、自慢の白い服をボロボロに引き裂かれ、泥と返り血で汚れ、命からがら逃げ延びるしかなかった。
(俺が……壊した……? 全部……? なんで……どうして……)
胸の奥が冷たく沈む。
――大失敗だった。
ルミは自身の魔力の暴走という形でアルヴィーノの完璧な計画に最大の泥を塗ってしまった。
身体のあちこちが傷つき、血が滲んでいるのに、その痛みすら感じない。
けれど周囲の惨事に全身がガタガタと震えていた。
寒さではない。
恐怖でもない。
もっと深いところ“心”が震えていた。
(おしまいだ。処分される。叩かれる……)
胸の奥が冷たく沈み、呼吸が浅くなる。
逃げたい。
消えてしまいたい。
どこにも帰りたくない。
でも――
(……でも、王子様に……捨てられたら……もっと……)
その考えが浮かんだ瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
アルヴィーノに捨てられる恐怖は、戦場のどんな恐怖よりも強かった。
(帰らなきゃ……帰らなきゃ……怒られるかもしれない……叩かれるかもしれない……でも……帰らなきゃ……)
足が震えて前に出ない。
喉が乾いて声も出ない。
視界が揺れて、何度も転びそうになる。
それでも、ルミはふらふらと立ち上がった。
王子様に会いたい。
怒られてもいい。
嫌われてもいい。
捨てられるよりは、ずっといい。
(王子様……ごめんなさい……でも……でも、俺……帰るから……)
足を引きずりながら、ルミはひとりで城へ向かって歩き出した。
夕暮れの風が吹き抜けるたび、破れた服がはためき、冷たい空気が傷口に触れる。
それでもルミは止まらなかった。
止まったら、そのまま崩れ落ちてしまいそうだったから。
(王子様……俺……ちゃんと……帰るから……)
その言葉だけを胸の奥で繰り返しながら、ルミはゆっくりと、しかし確実に城へと戻っていった。
だが、それに気づく前のルミは、確かに“完璧”だった。
作戦開始直後、ルミは軽やかに前線へ飛び込み、闇の魔力を正確に操り、敵兵を次々と無力化していく。
「すごい……あれが殿下の拾われた少年か……!」
「魔力の精度が異常だ……!」
味方の兵たちがざわめくほど、ルミの動きは洗練されていた。
胸の奥の“好き”が、力に変わる。
(王子様……見ててね。俺、ちゃんとできるよ……!)
ルミは杖を構え、深く息を吸った。
影が足元に集まり、黒い風が巻き起こる。
「……闇よ、俺の名に応えろ。沈む夜の底より這い出で、すべてを呑み、絶望を刻め…… ――〈ノクス・アナイア〉!」
地面が黒く染まり、巨大な闇の奔流が前方へと走った。
触れたものは影に引きずり込まれ、悲鳴を上げる暇もなく沈んでいく。
敵兵が数十人単位で消えていく光景に、味方は息を呑んだ。
「ひ、ひとりで……あの数を……!」
ルミは振り返らない。
王子様に褒められたい一心で、ただ前へ、前へと進む。
だが、その“集中”こそが、敵の術式の狙いだった。
拠点の中心へ踏み込んだ瞬間、足元の魔法陣が淡く光り、空気が歪む。
(……え?)
次の瞬間、耳の奥に、聞き覚えのある声が響いた。
『また失敗する』
『役立たず』
『王子様に捨てられる』
『地下室に戻れ』
「や、やめて……っ!」
頭を抱えた瞬間、魔力の流れが一気に乱れた。
視界が赤く染まり、心臓が痛いほど脈打つ。
足元の地面が揺れ、影が勝手に暴れ始める。
視界の端に、“地下室”の光景がちらついた。
暗い石壁。
冷たい床。
鉄の扉。
閉じ込められた日々。
(やだ……戻りたくない……!)
「ルミ様、援護に――」
味方の兵が駆け寄った、その瞬間。
轟音が鳴り響きルミの暴走した闇の魔力が、味方の兵士たちをまとめて吹き飛ばした。
「え……? なんで……なんで……っ!」
血飛沫。
悲鳴。
倒れていく味方。
それを目の当たりにしたルミに精神攻撃の声がさらに強まる。
『ほら見ろ』
『お前は王子様の足を引っ張るだけ』
『また捨てられる』
『また地下室に戻るんだ』
「ちがう……ちがう……っ!!」
否定しようとするほど、魔力はさらに暴走する。
敵も味方も区別がつかない。
視界が真っ赤に染まり、轟音と悲鳴が混ざり合う。
気づいたときには、すでに作戦は完全に崩壊していた。
拠点を奪うどころか、味方の部隊は壊滅状態。
ルミ自身も、自慢の白い服をボロボロに引き裂かれ、泥と返り血で汚れ、命からがら逃げ延びるしかなかった。
(俺が……壊した……? 全部……? なんで……どうして……)
胸の奥が冷たく沈む。
――大失敗だった。
ルミは自身の魔力の暴走という形でアルヴィーノの完璧な計画に最大の泥を塗ってしまった。
身体のあちこちが傷つき、血が滲んでいるのに、その痛みすら感じない。
けれど周囲の惨事に全身がガタガタと震えていた。
寒さではない。
恐怖でもない。
もっと深いところ“心”が震えていた。
(おしまいだ。処分される。叩かれる……)
胸の奥が冷たく沈み、呼吸が浅くなる。
逃げたい。
消えてしまいたい。
どこにも帰りたくない。
でも――
(……でも、王子様に……捨てられたら……もっと……)
その考えが浮かんだ瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
アルヴィーノに捨てられる恐怖は、戦場のどんな恐怖よりも強かった。
(帰らなきゃ……帰らなきゃ……怒られるかもしれない……叩かれるかもしれない……でも……帰らなきゃ……)
足が震えて前に出ない。
喉が乾いて声も出ない。
視界が揺れて、何度も転びそうになる。
それでも、ルミはふらふらと立ち上がった。
王子様に会いたい。
怒られてもいい。
嫌われてもいい。
捨てられるよりは、ずっといい。
(王子様……ごめんなさい……でも……でも、俺……帰るから……)
足を引きずりながら、ルミはひとりで城へ向かって歩き出した。
夕暮れの風が吹き抜けるたび、破れた服がはためき、冷たい空気が傷口に触れる。
それでもルミは止まらなかった。
止まったら、そのまま崩れ落ちてしまいそうだったから。
(王子様……俺……ちゃんと……帰るから……)
その言葉だけを胸の奥で繰り返しながら、ルミはゆっくりと、しかし確実に城へと戻っていった。
