主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを
それから数か月後。
アルフレッドとエレオノーラの婚礼を数日後に控え、城下町から王宮に至るまで、国中が沸き立つような熱狂に包まれていた。
他国との戦に完全なる大勝利を収め、名実ともに大陸の覇者となった我が国。その大いなる繁栄の象徴たる王太子の婚礼に、自国民たちは誰もが酔いしれ、至る所を極彩色の旗と絢爛な花々で飾り立てていた。
その熱気は、お城の重厚な石壁の奥にまで侵入している。
廊下を行き交う使用人たちの足音はどこか浮き足立ち、大広間からは本番に向けて繰り返される管弦楽の重厚な旋律が、一日中地響きのように響き渡る。
城門の前には、この偉大なる勝利と婚礼を祝おうと、国内の有力貴族や大商人たちから届けられた山のような献上品を積んだ馬車が、途切れることなく長蛇の列を作っていた。
「我が国の繁栄は永遠だな」「アルフレッド殿下とヴァレンティ家の御令嬢の婚姻こそ、この国の頂点にふさわしい」と、誇らしげな声が廊下のあちこちから聞こえてくる。
特に、主役の一人として自国民から熱狂的な賛辞を浴びているエレオノーラとその生家、ヴァレンティ家の増長ぶりは、王宮内の空気を変えるほどだった。
彼女の通り道には常に、新時代のおこぼれに預かろうとする貴族たちが群がり、耳を覆いたくなるほどの賛辞を浴びせ続けている。
エレオノーラ自身も、純白のシルクに無数のダイヤモンドを散りばめた豪華絢爛なウェディングドレスを纏い、まるで既にこの国の支配者になったかのような、冷酷で傲慢な微笑みを全方位に振りまいていた。
だが、そんな国を挙げた祝祭の熱狂から完全に切り離されたかのように、アルヴィーノの執務室だけは、いつも通りの静寂と冷徹な空気が満ちていた。
「……アルヴィーノ様、これ、アルフレッド様のお祝いに使うお花の一覧だって。あっちの廊下、すっごくお花の匂いとお祝いの箱でいっぱいで、歩くの大変だったよ」
部屋の扉をそっと閉めながら、ルミがたくさんの書類を小さな両手で抱えて歩いてくる。
外の騒がしい喧騒に少し圧倒されているその姿を見て、机に向かっていたアルヴィーノはペンを置くと、ふっと張り詰めていた眉間を緩めた。
「そこへ置いておきなさい、ルミ。……それにしても、次期王妃の生家は、挙式前からずいぶんと周囲をあわただしく動かしているようですね。あれは祝祭ではなく、ただの醜い権力の誇示です」
アルヴィーノの声音には、隠しきれない不快感と、そして深い「呆れ」が混じっていた。
婚礼が近づくにつれ、エレオノーラの傲慢さは日に日に増し、自国民の熱狂を味方につけて完全に王宮の主気取りでいる。
だが、アルヴィーノを最も苛立たせているのは、その雌狐の浅薄な動きよりも、それを平然と、それどころか嬉しそうに受け入れている身内の態度だった。
(あの兄上は、一体何をしているのか……)
アルフレッドは、誰かを利用するような冷徹な打算や、腹黒い政治的策略などこれっぽっちも知らない、善性100%の、絵に描いたような気高い王子様だった。
だからこそ、エレオノーラがどれほど歪んだ特権意識を振りまこうとも、ヴァレンティ家がどれほど強欲に権力を誇示しようとも、その恐ろしい正体に全く気づいていない。
ただ「皆がこの婚礼を喜んでくれている」と、一点の曇りもない美しい微笑みで全てを包み込んでしまっているのだ。
あの純粋すぎる兄上のことだ。
国益のためとはいえ、あんな悪辣な雌狐の手をとって、本気でこの国を幸せにしようと神に誓うつもりなのだろう。
そのあまりの疑うことを知らないピュアさに、アルヴィーノは日々、人知れず頭を抱えていた。
兄上の善性は尊いが、その手綱の緩みのせいで、こうして自分の執務室のすぐ外まで醜悪な熱気が満ちている現状は、アルヴィーノにとっては不愉快極まりなかった。
何より懸念すべきは、先日の舞踏会の一件だ。
大広間の中心で、アルヴィーノが周囲の令嬢をすべて無視し、特注の水色のドレスを纏ったルミだけを手を取って連れ出したあの夜。
エレオノーラが浮かべていた、怒りと嫉妬で引きつったあの醜い表情を、アルヴィーノは忘れていない。
兄上がのん気に微笑んでいる間に、あの狂気を孕んだ視線が、今どこへ向かおうとしているか。
「ルミ、私の話をよく聞きなさい」
アルヴィーノは椅子から立ち上がると、書類を置き終えたルミの前に立ち、その細い肩にそっと手を置いた。
「婚礼が近づき、王宮内はひどく雑多で、誰もが正気を失っています。私の目の届かないところへ、一人で出歩いてはなりませんよ。特に、ヴァレンティ家の息がかかった者たちからの呼び出しには、絶対に、私を通さずに応じてはならない。わかりましたね?」
いつになく真剣で、硬いアルヴィーノの紫の瞳を見上げ、ルミは水色の瞳を瞬かせた。
「うん、わかった。俺今度こそちゃんと、アルヴィーノ様の言いつけ守るよ!」
その素直な返さに安堵しながらも、アルヴィーノの胸の奥には、周囲の浮かれた空気とは真逆の、拭いきれない不穏な予感が冷たく燻り続けていた。
その予感は婚礼前夜、アルヴィーノがどうしても外せない、軍の最高幹部会議へ出席したその僅かな隙に、最悪の形で的中することとなる。
アルフレッドとエレオノーラの婚礼を数日後に控え、城下町から王宮に至るまで、国中が沸き立つような熱狂に包まれていた。
他国との戦に完全なる大勝利を収め、名実ともに大陸の覇者となった我が国。その大いなる繁栄の象徴たる王太子の婚礼に、自国民たちは誰もが酔いしれ、至る所を極彩色の旗と絢爛な花々で飾り立てていた。
その熱気は、お城の重厚な石壁の奥にまで侵入している。
廊下を行き交う使用人たちの足音はどこか浮き足立ち、大広間からは本番に向けて繰り返される管弦楽の重厚な旋律が、一日中地響きのように響き渡る。
城門の前には、この偉大なる勝利と婚礼を祝おうと、国内の有力貴族や大商人たちから届けられた山のような献上品を積んだ馬車が、途切れることなく長蛇の列を作っていた。
「我が国の繁栄は永遠だな」「アルフレッド殿下とヴァレンティ家の御令嬢の婚姻こそ、この国の頂点にふさわしい」と、誇らしげな声が廊下のあちこちから聞こえてくる。
特に、主役の一人として自国民から熱狂的な賛辞を浴びているエレオノーラとその生家、ヴァレンティ家の増長ぶりは、王宮内の空気を変えるほどだった。
彼女の通り道には常に、新時代のおこぼれに預かろうとする貴族たちが群がり、耳を覆いたくなるほどの賛辞を浴びせ続けている。
エレオノーラ自身も、純白のシルクに無数のダイヤモンドを散りばめた豪華絢爛なウェディングドレスを纏い、まるで既にこの国の支配者になったかのような、冷酷で傲慢な微笑みを全方位に振りまいていた。
だが、そんな国を挙げた祝祭の熱狂から完全に切り離されたかのように、アルヴィーノの執務室だけは、いつも通りの静寂と冷徹な空気が満ちていた。
「……アルヴィーノ様、これ、アルフレッド様のお祝いに使うお花の一覧だって。あっちの廊下、すっごくお花の匂いとお祝いの箱でいっぱいで、歩くの大変だったよ」
部屋の扉をそっと閉めながら、ルミがたくさんの書類を小さな両手で抱えて歩いてくる。
外の騒がしい喧騒に少し圧倒されているその姿を見て、机に向かっていたアルヴィーノはペンを置くと、ふっと張り詰めていた眉間を緩めた。
「そこへ置いておきなさい、ルミ。……それにしても、次期王妃の生家は、挙式前からずいぶんと周囲をあわただしく動かしているようですね。あれは祝祭ではなく、ただの醜い権力の誇示です」
アルヴィーノの声音には、隠しきれない不快感と、そして深い「呆れ」が混じっていた。
婚礼が近づくにつれ、エレオノーラの傲慢さは日に日に増し、自国民の熱狂を味方につけて完全に王宮の主気取りでいる。
だが、アルヴィーノを最も苛立たせているのは、その雌狐の浅薄な動きよりも、それを平然と、それどころか嬉しそうに受け入れている身内の態度だった。
(あの兄上は、一体何をしているのか……)
アルフレッドは、誰かを利用するような冷徹な打算や、腹黒い政治的策略などこれっぽっちも知らない、善性100%の、絵に描いたような気高い王子様だった。
だからこそ、エレオノーラがどれほど歪んだ特権意識を振りまこうとも、ヴァレンティ家がどれほど強欲に権力を誇示しようとも、その恐ろしい正体に全く気づいていない。
ただ「皆がこの婚礼を喜んでくれている」と、一点の曇りもない美しい微笑みで全てを包み込んでしまっているのだ。
あの純粋すぎる兄上のことだ。
国益のためとはいえ、あんな悪辣な雌狐の手をとって、本気でこの国を幸せにしようと神に誓うつもりなのだろう。
そのあまりの疑うことを知らないピュアさに、アルヴィーノは日々、人知れず頭を抱えていた。
兄上の善性は尊いが、その手綱の緩みのせいで、こうして自分の執務室のすぐ外まで醜悪な熱気が満ちている現状は、アルヴィーノにとっては不愉快極まりなかった。
何より懸念すべきは、先日の舞踏会の一件だ。
大広間の中心で、アルヴィーノが周囲の令嬢をすべて無視し、特注の水色のドレスを纏ったルミだけを手を取って連れ出したあの夜。
エレオノーラが浮かべていた、怒りと嫉妬で引きつったあの醜い表情を、アルヴィーノは忘れていない。
兄上がのん気に微笑んでいる間に、あの狂気を孕んだ視線が、今どこへ向かおうとしているか。
「ルミ、私の話をよく聞きなさい」
アルヴィーノは椅子から立ち上がると、書類を置き終えたルミの前に立ち、その細い肩にそっと手を置いた。
「婚礼が近づき、王宮内はひどく雑多で、誰もが正気を失っています。私の目の届かないところへ、一人で出歩いてはなりませんよ。特に、ヴァレンティ家の息がかかった者たちからの呼び出しには、絶対に、私を通さずに応じてはならない。わかりましたね?」
いつになく真剣で、硬いアルヴィーノの紫の瞳を見上げ、ルミは水色の瞳を瞬かせた。
「うん、わかった。俺今度こそちゃんと、アルヴィーノ様の言いつけ守るよ!」
その素直な返さに安堵しながらも、アルヴィーノの胸の奥には、周囲の浮かれた空気とは真逆の、拭いきれない不穏な予感が冷たく燻り続けていた。
その予感は婚礼前夜、アルヴィーノがどうしても外せない、軍の最高幹部会議へ出席したその僅かな隙に、最悪の形で的中することとなる。
