主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを
眩いばかりのシャンデリアの光が、大広間の大理石の床に反射してキラキラと輝いている。
四つの国が地図から消え去り、その広大な領地が我が国の直轄領となったことを祝う、盛大な祝勝晩餐会。
会場には優雅な管弦楽の旋律が流れ、色とりどりの華やかなドレスを纏った貴族たちが、今宵の主役である二人の王子を囲んでわちゃわちゃと賑わっていた。
何より、今宵の主役である二人の王子は、揃って恐ろしいほどの美貌の持ち主だ。
領地拡大という大戦果も相まって、会場中の若い令嬢や女貴族たちの視線は、熱を帯びて二人に釘付けになっていた。
「いやはや、アルフレッド殿下! 今回の迅速な事後処理と直轄地化の采配、まさに我が国の至宝たる英知にございます!」
「ありがとうございます。すべては騎士団の奮闘と、皆様の支えがあってこそですよ」
アルフレッドは、数日前のやつれた姿を微塵も感じさせない完璧な微笑みを浮かべ、貴族たちの絶賛の嵐をにこにこと穏やかに受け流していた。
その流れるような金髪と、優しげに細められた美しい瞳に見つめられた若い令嬢たちは、それだけで頬を林檎のように赤く染め、熱烈な視線を送っている。
彼の立ち振る舞いは、まさにすべての女性の憧れを具現化したような、気品に満ちた次期国王そのものだった。
そして、そのすぐ隣。
いつもなら、周囲に人が近づくことすら許さない氷の魔王アルヴィーノの周りにも、今宵は恐れを知らない女貴族たちが、その圧倒的な美貌に惹きつけられるようにして群がっていた。
「アルヴィーノ殿下! 一夜にして敵を殲滅せしめたその圧倒的な魔導の力、戦場での凛々しきお姿、お噂はかねがね……! ぜひ、今宵の一曲を私と踊っていただけませんか?」
「殿下、あちらに素晴らしい銘酒をご用意しておりますの。もしよろしければ、この後少しお時間を……」
香水の香りを漂わせ、扇子の隙間から熱視線を送ってくる女貴族たち。
いつもなら「目障りです、消えなさい」の一言で彼女たちを文字通り凍りつかせ、一瞬で周囲を無人に変えるはずのアルヴィーノだったが、今宵は違った。
「……お誘い、光栄に思います。ですが、まだ病み上がりで体が万全ではなく……踊ることは叶いません。皆様の温かいお言葉だけ、ありがたく頂戴しておきましょう」
引きつりそうになる眉間の青筋を必死に抑え、表面上は一応、綺麗なアルカイックスマイルらしきものを浮かべて、丁寧に誘いを断っているのだ。
(……くっ、なぜ私がこのような有象無象の相手を……。香水の匂いが鼻について反吐が出る……!)
内心では凄まじい嫌悪感にのたうち回っている彼だったが、数日前、ベッドから殴り飛ばされるほどの本気の情をぶつけられ、さらに山のような戦後処理をすべて押し付けたという、兄に対する巨大な「負い目」がある。
今宵ばかりは、兄の顔を潰すわけにはいかないという執念だけで、アルヴィーノは必死にこの地獄のような社交の場に耐え忍んでいた。
◇
そんな大人の社交場の喧騒から少し離れた、壁際の従者用の席。
「……はぁ、アルヴィーノ様、やっぱりすっごくかっこいいなぁ……」
ルミは、公的には「第二王子の従者」という立場のため、主賓席に並んで座ることはできない。
けれど、用意された従者席には、アルヴィーノがあらかじめ手配しておいてくれた、甘くて美味しい果物や見た目も鮮やかなご馳走が山ほど並んでいた。
ちいさなお口で美味しいお肉をもぐもぐと咀嚼しながら、ルミの水色の瞳は、遠くで華やかな女性たちに囲まれているアルヴィーノの姿をずーっと一途に追いかけている。
ちょっと癖のある深い紫の髪、アルフレッドのために必死で我慢して笑っている横顔。
女性たちに囲まれて少し困ったように微笑む姿さえ、ルミにとっては最高に魅力的だった。
(みんなアルヴィーノ様のことが大好きなんだね。……でも、アルヴィーノ様が一番大好きなのは、俺だもんね!)
嫉妬するどころか、ちょっと誇らしげに胸を張るルミ。
その視線に気づいたのか、アルヴィーノが女貴族たちの隙間からルミのほうへ、自分にしか分からない極上の甘い視線をそっと送ってくれる。
それに気づいたルミの心は、嬉しそうにパタパタと弾んだ。
平和だ。
あの地獄のような5日間を乗り越えて、本当に良かった。
ルミがそうやって、あたたかいお茶を一口飲んでホッと息を吐いた、その時だった。
大広間の視線が一気に、入り口の方へと集まった。
「お待たせいたしましたわ、アルフレッド様」
燃えるような赤髪のウェーブを揺らし、燃焼する炎を思わせる派手で豪華なドレスを身に纏った美女エレオノーラが、優雅に、そして確かな自信に満ちた笑みを浮かべて歩いてきた。
公の場である今宵の彼女は、誰の目から見ても完璧な、気高く美しい「次期王妃」そのものの顔をしている。
「エレオノーラ。来てくれたんだね。今日のドレスもよく似合っているよ」
アルフレッドがいつも通りの穏やかな笑みで彼女を迎え、その細い手を取る。
エレオノーラは「当然ですわ」とばかりに自信過剰に胸を張り、周りの女貴族たちを牽制するようにアルフレッドの腕にしなだれかかった。
自分を一番に愛するべき存在として、アルフレッドを手懐けているつもりでいる、自己愛の塊。
しかし、アルフレッドの隣に立つアルヴィーノの姿が視界に入った瞬間、エレオノーラの黄緑色の瞳が、本能的な恐怖でピクリと微かに揺れた。
(……何よ、あの冷たい目。気味が悪いわ……。魔力枯渇で死にかけたという噂は、本当なのかしら……)
アルヴィーノは一瞬だけ、一瞥すら価値がないとばかりに冷淡な視線をエレオノーラへ向け、すぐに逸らした。
その徹底的な拒絶の目に背筋を凍らせながらも、エレオノーラはプライドを保つようにふんっと鼻を鳴らし、何気なく会場全体を見渡した。
「それにしても、ずいぶんと賑やかな晩餐会ですこと。……あら?」
そして、エレオノーラの視線が、遠くの従者席で一人、ちょこんと座っているルミの姿を捉えた。
その瞬間。
公の場の完璧な微笑みの裏側から、エレオノーラの内面にある強烈な嫉妬心と歪んだ二面性が、ドロリと漏れ出した。
(またあのガキがいるわ……。どうしてアルヴィーノ様は、あの小汚い子供をあんなに近くに置いているの……? 目障りだわ、本当に許せない……!)
エレオノーラは、アルフレッドに見えない角度で、ルミに向けて底冷えするような、激しい嫌悪と見下しの眼差しをチクリと突き刺したのだった。
ルミに向けて、アルフレッドからは見えない角度で冷徹な蔑みの眼差を突き刺したエレオノーラは、ふっとわざとらしい溜め息を吐いてみせた。
「それにしても、アルフレッド様。我が国の栄えある祝勝の席だというのに、あのように身分の卑しい、素性の知れぬ子供が紛れ込んでいるのは、少々場に不釣り合いではなくて? 完璧な次期王妃としての品格、ひいては我が王室の格式が疑われてしまいそうですわ」
扇子で口元を隠しながら、エレオノーラは隣のアルヴィーノに聞こえるように、明確な悪意を持ってルミを罵倒した。
その言葉が鼓膜に届いた瞬間。
アルヴィーノの周囲の空気が、一瞬にして絶対零度まで凍りついた。
内心のアルヴィーノを支配したのは、今すぐに彼女を冥府の底へと叩き落とし、その生意気な口を二度と利けないように引き裂いてやりたいほどの、静かな殺意だった。
しかし、今宵は国のお祝い事であり、何より数日前、自分を生かすために全てを投げ打って戦後処理を担ってくれた兄の、公的な婚約者だ。
周囲の貴族たちの視線も常に注がれている。
アルヴィーノは、その美しい顔に貼り付けた貴族としての完璧な笑顔を微塵も崩さなかった。
むしろ、その紫の瞳をいつも以上に優雅に細め、極上の、しかし底冷えするような敬語でエレオノーラへと微笑みかけた。
「おや、エレオノーラ様。お言葉ですが、あれは私の大切な、唯一無二の従者です。ご覧なさい、あのようにただ静かに私を見つめているだけで、まるで天から舞い降りた天使のように愛らしく、見ているだけでこちらの心が洗われるほどの美しさではありませんか。あまりの眩しさに、世の俗物的な……そう、例えば、派手に飾り立てるだけで内面の歪んだ人間など、決してその引き立て役にすらなれないほどに、ね」
流れるような美しい敬語。
だがその意味するところは、冷酷なまでの拒絶だった。
『私のルミは天使。派手なドレスで飾り立てただけの醜いお前など、ルミの引き立て役にすらなれないし、私の眼中にも入っていない』と、完璧な社交辞令の裏側で、徹底的に相手のプライドを切り刻む。
「な、んですって……っ!?」
完璧な次期王妃として振る舞おうとしていたエレオノーラの顔が、強烈な嫉妬心と怒りでピキピキと強張った。
プライドの塊である彼女には、アルヴィーノの「遠回しな極上の侮辱」が、正確すぎるほどに伝わってしまったのだ。
「チッ……!」
アルフレッドに見えない角度で、エレオノーラは小さく舌打ちをし、激しい嫌悪を孕んだ目でアルヴィーノを睨みつけた。
しかし、本能的に彼を怖がっているため、それ以上直接言い返す言葉を持たない。
エレオノーラはヒステリックになりそうな感情を必死に抑え、今度はアルフレッドの腕をきつく抱きしめ、おねだりをするような、しかし酷く冷淡な声音で訴えかけた。
「ねえ、アルフレッド様……。私は、あのような格式を汚すような、不釣り合いなお子様がこの素晴らしい大広間にいるのは、王家の威厳に関わると思うのですわ。次期国王であられる貴方の広い御心で、今すぐあの子供をこの場から退出させて、どこか相応しい場所へ追いやってくださらない?」
それは、アルフレッドの婚約者という立場を利用した、ルミの強制排除の要求だった。
二人の水面下の凄まじい殴り合いを、最初からすべて把握していたアルフレッドは、いつもの穏やかな笑顔を維持したまま、内心で酷く張り詰めた緊張感を抱いていた。
目の前では、自分の顔を立てるために必死に暴言を我慢しているが、言葉のナイフで相手を滅多刺しにしている弟。
隣では、自己愛の塊で「自分より愛される存在」を絶対に許せず、執拗にルミの排除を求めてくる婚約者。
どちらの言い分に肩入れしても、この華やかな祝勝の席に致命的な亀裂が入る。
「……エレオノーラ、落ち着きなさい。彼はアルヴィーノの大切な従者であり、今回の直轄地化の件でも、間接的に大いなる貢献をしてくれた功労者でもある。退出させるなど、そんな不条理な真似は僕にはできないよ」
アルフレッドは完璧な王子の微笑みを崩さないまま、静かに、けれど明確な拒絶を込めてエレオノーラを宥めた。
社交界の笑顔の裏で、彼は二人の感情とプライドの板挟みになりながら、この場をこれ以上荒れさせないための綱渡りのような調整に、全神経を注ぎ込んでいた。
一方、そんな大人たちのバチバチの攻防戦など露知らず、遠くの席のルミは、アルヴィーノが自分の方を見て優雅に微笑んでくれたことに、嬉しそうに胸を弾ませ、静かにお茶を口に運ぶのだった。
四つの国が地図から消え去り、その広大な領地が我が国の直轄領となったことを祝う、盛大な祝勝晩餐会。
会場には優雅な管弦楽の旋律が流れ、色とりどりの華やかなドレスを纏った貴族たちが、今宵の主役である二人の王子を囲んでわちゃわちゃと賑わっていた。
何より、今宵の主役である二人の王子は、揃って恐ろしいほどの美貌の持ち主だ。
領地拡大という大戦果も相まって、会場中の若い令嬢や女貴族たちの視線は、熱を帯びて二人に釘付けになっていた。
「いやはや、アルフレッド殿下! 今回の迅速な事後処理と直轄地化の采配、まさに我が国の至宝たる英知にございます!」
「ありがとうございます。すべては騎士団の奮闘と、皆様の支えがあってこそですよ」
アルフレッドは、数日前のやつれた姿を微塵も感じさせない完璧な微笑みを浮かべ、貴族たちの絶賛の嵐をにこにこと穏やかに受け流していた。
その流れるような金髪と、優しげに細められた美しい瞳に見つめられた若い令嬢たちは、それだけで頬を林檎のように赤く染め、熱烈な視線を送っている。
彼の立ち振る舞いは、まさにすべての女性の憧れを具現化したような、気品に満ちた次期国王そのものだった。
そして、そのすぐ隣。
いつもなら、周囲に人が近づくことすら許さない氷の魔王アルヴィーノの周りにも、今宵は恐れを知らない女貴族たちが、その圧倒的な美貌に惹きつけられるようにして群がっていた。
「アルヴィーノ殿下! 一夜にして敵を殲滅せしめたその圧倒的な魔導の力、戦場での凛々しきお姿、お噂はかねがね……! ぜひ、今宵の一曲を私と踊っていただけませんか?」
「殿下、あちらに素晴らしい銘酒をご用意しておりますの。もしよろしければ、この後少しお時間を……」
香水の香りを漂わせ、扇子の隙間から熱視線を送ってくる女貴族たち。
いつもなら「目障りです、消えなさい」の一言で彼女たちを文字通り凍りつかせ、一瞬で周囲を無人に変えるはずのアルヴィーノだったが、今宵は違った。
「……お誘い、光栄に思います。ですが、まだ病み上がりで体が万全ではなく……踊ることは叶いません。皆様の温かいお言葉だけ、ありがたく頂戴しておきましょう」
引きつりそうになる眉間の青筋を必死に抑え、表面上は一応、綺麗なアルカイックスマイルらしきものを浮かべて、丁寧に誘いを断っているのだ。
(……くっ、なぜ私がこのような有象無象の相手を……。香水の匂いが鼻について反吐が出る……!)
内心では凄まじい嫌悪感にのたうち回っている彼だったが、数日前、ベッドから殴り飛ばされるほどの本気の情をぶつけられ、さらに山のような戦後処理をすべて押し付けたという、兄に対する巨大な「負い目」がある。
今宵ばかりは、兄の顔を潰すわけにはいかないという執念だけで、アルヴィーノは必死にこの地獄のような社交の場に耐え忍んでいた。
◇
そんな大人の社交場の喧騒から少し離れた、壁際の従者用の席。
「……はぁ、アルヴィーノ様、やっぱりすっごくかっこいいなぁ……」
ルミは、公的には「第二王子の従者」という立場のため、主賓席に並んで座ることはできない。
けれど、用意された従者席には、アルヴィーノがあらかじめ手配しておいてくれた、甘くて美味しい果物や見た目も鮮やかなご馳走が山ほど並んでいた。
ちいさなお口で美味しいお肉をもぐもぐと咀嚼しながら、ルミの水色の瞳は、遠くで華やかな女性たちに囲まれているアルヴィーノの姿をずーっと一途に追いかけている。
ちょっと癖のある深い紫の髪、アルフレッドのために必死で我慢して笑っている横顔。
女性たちに囲まれて少し困ったように微笑む姿さえ、ルミにとっては最高に魅力的だった。
(みんなアルヴィーノ様のことが大好きなんだね。……でも、アルヴィーノ様が一番大好きなのは、俺だもんね!)
嫉妬するどころか、ちょっと誇らしげに胸を張るルミ。
その視線に気づいたのか、アルヴィーノが女貴族たちの隙間からルミのほうへ、自分にしか分からない極上の甘い視線をそっと送ってくれる。
それに気づいたルミの心は、嬉しそうにパタパタと弾んだ。
平和だ。
あの地獄のような5日間を乗り越えて、本当に良かった。
ルミがそうやって、あたたかいお茶を一口飲んでホッと息を吐いた、その時だった。
大広間の視線が一気に、入り口の方へと集まった。
「お待たせいたしましたわ、アルフレッド様」
燃えるような赤髪のウェーブを揺らし、燃焼する炎を思わせる派手で豪華なドレスを身に纏った美女エレオノーラが、優雅に、そして確かな自信に満ちた笑みを浮かべて歩いてきた。
公の場である今宵の彼女は、誰の目から見ても完璧な、気高く美しい「次期王妃」そのものの顔をしている。
「エレオノーラ。来てくれたんだね。今日のドレスもよく似合っているよ」
アルフレッドがいつも通りの穏やかな笑みで彼女を迎え、その細い手を取る。
エレオノーラは「当然ですわ」とばかりに自信過剰に胸を張り、周りの女貴族たちを牽制するようにアルフレッドの腕にしなだれかかった。
自分を一番に愛するべき存在として、アルフレッドを手懐けているつもりでいる、自己愛の塊。
しかし、アルフレッドの隣に立つアルヴィーノの姿が視界に入った瞬間、エレオノーラの黄緑色の瞳が、本能的な恐怖でピクリと微かに揺れた。
(……何よ、あの冷たい目。気味が悪いわ……。魔力枯渇で死にかけたという噂は、本当なのかしら……)
アルヴィーノは一瞬だけ、一瞥すら価値がないとばかりに冷淡な視線をエレオノーラへ向け、すぐに逸らした。
その徹底的な拒絶の目に背筋を凍らせながらも、エレオノーラはプライドを保つようにふんっと鼻を鳴らし、何気なく会場全体を見渡した。
「それにしても、ずいぶんと賑やかな晩餐会ですこと。……あら?」
そして、エレオノーラの視線が、遠くの従者席で一人、ちょこんと座っているルミの姿を捉えた。
その瞬間。
公の場の完璧な微笑みの裏側から、エレオノーラの内面にある強烈な嫉妬心と歪んだ二面性が、ドロリと漏れ出した。
(またあのガキがいるわ……。どうしてアルヴィーノ様は、あの小汚い子供をあんなに近くに置いているの……? 目障りだわ、本当に許せない……!)
エレオノーラは、アルフレッドに見えない角度で、ルミに向けて底冷えするような、激しい嫌悪と見下しの眼差しをチクリと突き刺したのだった。
ルミに向けて、アルフレッドからは見えない角度で冷徹な蔑みの眼差を突き刺したエレオノーラは、ふっとわざとらしい溜め息を吐いてみせた。
「それにしても、アルフレッド様。我が国の栄えある祝勝の席だというのに、あのように身分の卑しい、素性の知れぬ子供が紛れ込んでいるのは、少々場に不釣り合いではなくて? 完璧な次期王妃としての品格、ひいては我が王室の格式が疑われてしまいそうですわ」
扇子で口元を隠しながら、エレオノーラは隣のアルヴィーノに聞こえるように、明確な悪意を持ってルミを罵倒した。
その言葉が鼓膜に届いた瞬間。
アルヴィーノの周囲の空気が、一瞬にして絶対零度まで凍りついた。
内心のアルヴィーノを支配したのは、今すぐに彼女を冥府の底へと叩き落とし、その生意気な口を二度と利けないように引き裂いてやりたいほどの、静かな殺意だった。
しかし、今宵は国のお祝い事であり、何より数日前、自分を生かすために全てを投げ打って戦後処理を担ってくれた兄の、公的な婚約者だ。
周囲の貴族たちの視線も常に注がれている。
アルヴィーノは、その美しい顔に貼り付けた貴族としての完璧な笑顔を微塵も崩さなかった。
むしろ、その紫の瞳をいつも以上に優雅に細め、極上の、しかし底冷えするような敬語でエレオノーラへと微笑みかけた。
「おや、エレオノーラ様。お言葉ですが、あれは私の大切な、唯一無二の従者です。ご覧なさい、あのようにただ静かに私を見つめているだけで、まるで天から舞い降りた天使のように愛らしく、見ているだけでこちらの心が洗われるほどの美しさではありませんか。あまりの眩しさに、世の俗物的な……そう、例えば、派手に飾り立てるだけで内面の歪んだ人間など、決してその引き立て役にすらなれないほどに、ね」
流れるような美しい敬語。
だがその意味するところは、冷酷なまでの拒絶だった。
『私のルミは天使。派手なドレスで飾り立てただけの醜いお前など、ルミの引き立て役にすらなれないし、私の眼中にも入っていない』と、完璧な社交辞令の裏側で、徹底的に相手のプライドを切り刻む。
「な、んですって……っ!?」
完璧な次期王妃として振る舞おうとしていたエレオノーラの顔が、強烈な嫉妬心と怒りでピキピキと強張った。
プライドの塊である彼女には、アルヴィーノの「遠回しな極上の侮辱」が、正確すぎるほどに伝わってしまったのだ。
「チッ……!」
アルフレッドに見えない角度で、エレオノーラは小さく舌打ちをし、激しい嫌悪を孕んだ目でアルヴィーノを睨みつけた。
しかし、本能的に彼を怖がっているため、それ以上直接言い返す言葉を持たない。
エレオノーラはヒステリックになりそうな感情を必死に抑え、今度はアルフレッドの腕をきつく抱きしめ、おねだりをするような、しかし酷く冷淡な声音で訴えかけた。
「ねえ、アルフレッド様……。私は、あのような格式を汚すような、不釣り合いなお子様がこの素晴らしい大広間にいるのは、王家の威厳に関わると思うのですわ。次期国王であられる貴方の広い御心で、今すぐあの子供をこの場から退出させて、どこか相応しい場所へ追いやってくださらない?」
それは、アルフレッドの婚約者という立場を利用した、ルミの強制排除の要求だった。
二人の水面下の凄まじい殴り合いを、最初からすべて把握していたアルフレッドは、いつもの穏やかな笑顔を維持したまま、内心で酷く張り詰めた緊張感を抱いていた。
目の前では、自分の顔を立てるために必死に暴言を我慢しているが、言葉のナイフで相手を滅多刺しにしている弟。
隣では、自己愛の塊で「自分より愛される存在」を絶対に許せず、執拗にルミの排除を求めてくる婚約者。
どちらの言い分に肩入れしても、この華やかな祝勝の席に致命的な亀裂が入る。
「……エレオノーラ、落ち着きなさい。彼はアルヴィーノの大切な従者であり、今回の直轄地化の件でも、間接的に大いなる貢献をしてくれた功労者でもある。退出させるなど、そんな不条理な真似は僕にはできないよ」
アルフレッドは完璧な王子の微笑みを崩さないまま、静かに、けれど明確な拒絶を込めてエレオノーラを宥めた。
社交界の笑顔の裏で、彼は二人の感情とプライドの板挟みになりながら、この場をこれ以上荒れさせないための綱渡りのような調整に、全神経を注ぎ込んでいた。
一方、そんな大人たちのバチバチの攻防戦など露知らず、遠くの席のルミは、アルヴィーノが自分の方を見て優雅に微笑んでくれたことに、嬉しそうに胸を弾ませ、静かにお茶を口に運ぶのだった。
