主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

「……くっ、あ、……ぅ、あ……ッ」

二日目、そして三日目。
朝を迎え、意識を取り戻したルミは、まだ鉛のように重い身体を引きずるようにして制御装置の前に立った。
装置が起動し、擬似回路が胸の奥に繋がれるたび、初日と変わらぬ――いや、蓄積された疲労のせいでそれ以上の激痛がルミの小さな身体を苛む。
大人ですら発狂しかねない高負荷。
ルミの額からは大粒の汗が流れ、その華奢な横顔は日を追うごとに白さを増していく。

「ルミ殿、出力を一定に! アルヴィーノ殿下の負の魔力に引っ張られてはなりません!」

老魔道士の厳しい声が飛ぶ中、ルミは黄金の杖にすがりつき、ごしごしと乱暴に涙を拭いながら魔力をコントロールし続けた。
きつい。
苦しい。
気を失って倒れそうになるたび、夢の中で触れた、あの孤独に震えるアルヴィーノの記憶の断片がルミを支えていた。

(王子様は、もっと痛かったんだ。俺のために、血を吐きながらがんばってくれたんだ。……だから、俺だって絶対に諦めない……!)

ルミのその折れない魂が、昏い回路の最深部へ、絶え間なく水色の灯火を送り、注ぎ込み続ける。



その灯火を受け取るアルヴィーノの精神世界では、静かな、けれど凄まじい反撃が始まっていた。
初日にルミの魔力と声を掴み取って以来、アルヴィーノの意識はもう沈むことはなかった。
ルミが激痛に耐えて送ってくれる純度の高い闇の魔力は、干からびていた彼の魔術回路に少しずつ、確実に潤いを与えていく。

(ルミ……、貴方の痛みが私の中に流れてくる。そんな顔をして、どれほどの無理をしているのですか)

装置を通じて、ルミの肉体がかかえている苦痛の拍動が、アルヴィーノの魂にも微かに響いていた。
あの子が自分を救うために、その身を削って泣いている。
それが、傲慢な彼の何よりも強い特効薬だった。
アルヴィーノはルミがくれた灯火を、凍りついた魔術核の呼び水とし、自らの意志で狂おしいほどの執念を燃やす。
動かない身体の、動かない魔術回路を、内側から強引に抉り広げるようにして、彼は目覚めの光へと一歩、また一歩と這い上がり続けていた。

外側の肉体でも、その変化は顕著だった。
完全に停止していた魔力の自生機能が、ルミの魔力を芯にして、僅かずつだが自律的に回り始めていた。



そして、二人の命がけの愛の因果の裏で、第一王子アルフレッドは別の意味で「死の淵」に立たされていた。

「ガルディニア周辺の直轄地化に伴う、騎士団の配置転換はどうなっている!?」
「殿下、本国貴族院からの査問状、これで十通目です! どう切り抜けますか!」
「……順番に持ってきなさい。まずは貴族院の口封じが先だ」

アルフレッドの執務室は、数日間にわたり一睡もしていない文官たちの焦燥感と、山積みの書類で埋め尽くされていた。
徹夜の連続で、アルフレッドの美しい顔には目に見えて生気がなくなり、濃い隈が刻まれている。
時折、物理的に悲鳴を上げる胃を片手で押さえながら、彼は最高級の胃薬を水なしで煽っていた。
弟が最愛の者を傷つけられてブチ切れた結果、一夜にして四つの国が地図から消え去ったのだ。
その戦後処理、周辺国への情報統制、本国の混乱の収拾、そして「敵の禁忌魔術の暴走による自滅」という完璧な大嘘の公式発表の裏付け作業。
そのすべてを、アルフレッドの超人的な政治手腕だけで無理やり回していた。

「まったく……。あの馬鹿弟は、眠っていても起きていても、私に最大の心労しか与えないな……」

書類にサインを走らせながら、アルフレッドは冷酷な統治者の目を崩さないまま、ふと、二人の眠る私室の方向を睨みつけた。
どれほどの地獄だろうとも、ルミくんがあの魔王を繋ぎ止めてくれているからこそ、今、自分はこうして国の形を保つための書類仕事ができる。

「いいだろう、アルヴィーノ。こちらの地獄は、兄として完璧に片付けておく。だから……君は一刻も早く、その少年の手によって引き戻されてくるがいい」



過酷な五日間が過ぎた。
ルミの身体はもう限界を超え、今にも擦り切れそうなほどにボロボロだった。
それでも、彼の水色の瞳だけは、ベッドの上のアルヴィーノを真っ直ぐに見据えて離さない。
そして五日目の夕暮れ。
ルミの魔力が、アルヴィーノの魔術核の最後の防壁を優しく溶かし、完全に融合した、その瞬間だった。
老魔道士が、手にした魔導具を落とさんばかりに目を見開く。

「……ま、魔術回路が……、完全に、再起動いたしました……!!」

部屋の中に、かつてないほどに穏やかで、しかし圧倒的な質量を持った「深い紫の魔力」が、さあっと満ちていく。
その魔力の波に包まれるようにして――。
ピクリ、と、ベッドの上のアルヴィーノの指先が、確かに力強く、動いた。
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