主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

数日間の鍛錬は、ルミにとって初めて“自分の意思で動く”時間だった。
アルヴィーノに教わった魔力の練り方を思い出しながら、ルミは訓練場の片隅でひとり、影を生み出す練習を繰り返していた。
杖を握る手はまだぎこちない。
魔力の流れも安定しない。
それでも、「王子様に褒められたい」その一心で、何度も何度も影を呼び出す。
影はすぐに崩れたり、形が歪んだり、時にはまったく出てこなかったりする。
けれど数を重ねれば重ねるほどその影は濃く、そして大きくなっていき、成功する頃にはそこにあった草木が消滅するほどの力まで成長していた。
それでもルミは鍛錬をやめなかった。
そんな夕方。
訓練場に冷たい風が吹き抜けた頃、執務室付きの従者が静かに近づいてきた。

「ルミ様。アルヴィーノ殿下がお呼びです」

その言葉を聞いた瞬間、ルミの胸がドクンと跳ねた。
王子様が、自分を呼んでいる。
自分を必要としてくれている。
見てくれる。
触れてくれる。
褒めてくれるかもしれない。
胸の奥がじわりと熱くなり、呼吸が少しだけ速くなる。

(王子様が……俺を?)

その思いが頭の中で何度も反響しルミは白いフリルの服の裾をぎゅっと握りしめた。
指先が震えているのに、足は自然と執務室へ向かって動き出す。
廊下を歩くたびに、胸の奥の熱が強くなる。
期待と緊張が入り混じり、喉がきゅっと締めつけられるようだった。
けれど、その感覚が嫌ではなかった。
むしろ王子様に呼ばれたという事実が、ルミの心を満たしていた。
執務室の扉が近づくにつれ、胸の鼓動はさらに速くなる。
扉の向こうに、自分を呼んだ人がいる。
自分を見てくれる人がいる。
自分を“選んでくれた”人がいる。
ルミは小さく息を呑み、震える手で扉を叩いた。

震える指で扉を叩くと、中から落ち着いた声が返ってきた。

「入りなさい、ルミ」

その声を聞いただけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。
扉を開けると、アルヴィーノは机の前に立ち、窓から差し込む光を背にしてルミを見つめていた。
机の上には、途中まで進められたチェス盤。
そしてその横には、降伏を拒み続ける小国の軍隊の配置図が広げられている。
駒と地図が並ぶその光景は、アルヴィーノの頭の中で“戦場”と“盤上”が同じ意味を持っていることを示していた。

「来てくれて嬉しいですよ。ルミ」

その微笑みは、ルミの心臓を一瞬で掴んで離さなかった。

「王子様……呼んでくれたの……?」
「ええ。貴方に任せたいことがあるのです」

アルヴィーノはゆっくりと歩み寄り、ルミの肩にそっと手を置いた。
その手の温度だけで、ルミの胸は破裂しそうになる。
アルヴィーノは視線を地図へと向ける。
そこには、頑なに降伏を拒む小国の軍勢の位置が記されていた。
王子の計画にとって、わずかに邪魔な“石ころ”のような存在。

「ルミ。貴方に、この作戦のすべてを預けます。私の期待に応えてくれますね?」

その声は甘く、けれど底に冷たい刃を忍ばせていた。

「……! うん、王子様! 任せて、完璧にやってくるから!」

ルミは満面の笑みで、まるで褒められた子どものように嬉しそうに飛び出していった。
その背中は軽く、期待と幸福でいっぱいに見えた。

(王子様が……俺に任せてくれた……! ちゃんと役に立てる……! もっと見てもらえる……!)

胸の奥の“好き”が弾けるように膨らみ、ルミは勢いよく廊下を駆けていく。

――その姿を、アルヴィーノは静かに見送っていた。

微笑んではいる。
だが、その目には一切の温度がなかった。

「……ふふ。あれほど素直に喜ぶとは」

窓から差し込む光を背に、アルヴィーノの横顔は彫像のように冷たい。
ルミの足音が遠ざかるにつれ、その微笑みはゆっくりと形を変えていく。

「やはり、手をかけて育てた駒は扱いやすいですね」

その声には、慈しみも、期待も、愛情もない。
あるのはただ、計算と支配の悦び。
アルヴィーノは机の上の作戦図へと視線を落とす。
降伏を拒む小国の軍隊の印を、指先で軽く押しつぶすようになぞりながら。

「さて……どこまでやれるか、見せてもらいましょうか。私の“可愛いルミ”が」
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