主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

​「……っ、あ、」

​銀色の制御装置がルミの小さな胸元に固定され、擬似回路が接続された瞬間。
アルフレッドが警告していた通りの、いや、それを遥かに凌駕するほどの「焼けるような激痛」がルミの身体を貫いた。
​心臓を直接、冷たい刃で抉られたかのような衝撃。あまりの苦しさに視界がぐにゃりと歪み、膝の力が抜けかける。
頭の奥で、かつて監禁されていたあの冷たい地下牢の暗闇や、自分を蹂躙した偽物の手の感触が、恐怖のフラッシュバックとなって蘇りそうになる。

​「ルミくん……!」

​アルフレッドが思わず手を伸ばしかけたが、ルミは歯を食いしばり、黄金の杖を床に強く突き立ててその身体を支えた。

​(だめ、だめ。ここで負けちゃ、だめだ……!)

​涙で滲む視線の先、ベッドの上で微動だにしない大好きな人の姿を見つめる。
ごしごしと、乱暴に袖で目元を拭ったルミは、恐怖を撥ね退けるようにして、自身の内に眠る「闇の魔力」を優しく、丁寧に引き出した。
アルヴィーノが「綺麗だね」と肯定してくれた、大切な力。

​「……ん、……ぅ、くっ……!」

​ルミの細い身体から紡がれた昏い魔力が、装置を介して、アルヴィーノの干からびた魔術回路へと流れ込み始める。
​その瞬間にルミが触れたのは、想像を絶するほどに広大で、そして凍てつくように冷たい「黒い深淵」だった。
四つの国家を滅ぼした、もはや魔王とも呼べるの力の器。
今は空っぽになっているはずなのに、その回路の底からは、ルミのちいさな意識を根こそぎ呑み込もうとするほどの、圧倒的な負の引力が働いている。

​(冷たい……、暗いよ、王子様……っ)

​コントロールを誤れば、この濁流に心が染め上げられて精神が崩壊してしまう。
老魔道士が横で固唾を呑んで見守るなか、ルミは全神経を集中させ、自分の魔力を同じ強さで、一滴ずつ、一滴ずつ、慎重にアルヴィーノの深淵へと注ぎ込み続けた。
大人ですら発狂しかねない苦痛と高負荷がルミの神経を蝕んでいく。
​どれほどの時間が経っただろうか。
数時間が経過した頃、ルミの意識は徐々に、アルヴィーノの魔術回路のさらに奥深く――彼の魂の記憶が澱のように沈む、暗い底へと沈み込んでいった。
​冷たい闇の向こうから、不意に、ルミの知らないアルヴィーノの「記憶の断片」が、光の粒となって浮かび上がってくる。

​――それは、数カ月前の、あの作戦の日の記憶。
​血の匂いと硝煙が立ち込める戦場。
まだ幼さの残るルミの身体が、息も絶え絶えに、アルヴィーノの目の前で崩れ落ちていく。
​記憶の中のアルヴィーノの声は、完全に理性を失って取り乱していた。
いつも冷静で、どんな戦況でも不敵に笑う軍師が、血に染まったルミを抱きかかえ、見たこともないほどに蒼白な顔で叫んでいる。
攻撃のための重力も、雷霆も、業火も、目の前で消えかけているちいさな命を繋ぎ止めるためには、何の役にも立たない。
その時のアルヴィーノの胸を焼き尽くしていた、気が狂いそうなほどの無力感、激しい自己嫌悪、そしてルミを失うことへの底なしの恐怖。
​その凄まじい感情の奔流が、回路を通じてルミの心に直接流れ込んできた。

​『一人で使えないのなら、使えるだけの魔力値へ、己の回路を強制的に拡張すれば済む話です』

​次に脳裏を過ったのは、血の滲むような特訓の記憶。
誰もいない暗い禁書庫で、自身の魔術回路をあえて暴走させ、全身の毛穴から血を噴き出しながら嘔吐を繰り返すアルヴィーノ。
魂が汚染される激痛に襲われながらも、その紫の瞳だけは「二度とルミを失わない」という狂気的な執念でギラギラと輝いていた。
​ルミの目から、またポロポロと涙が溢れ出した。
痛くて泣いているのではない。
アルヴィーノが自分に注いでくれた愛の重さが、その血反吐を吐くような努力の軌跡が、あまりにも愛おしくて、胸が張り裂けそうだった。

​「これ以上は危険です! 殿下、もうルミ殿の魔力出力が……!」

横で魔道士が悲鳴のような声を上げる。
​数時間に及ぶ魔力の強制供給により、ルミの顔からは完全に血の気が引き、小さな身体は限界を迎えてガタガタと震えていた。
呼吸は浅く、今にも意識が途切れそうになる。

​「ルミくん、もういい! 初日の接続としては十分だ、一度術を止めなさい!」

アルフレッドが厳しい声で制止をかけるが、ルミは、アルヴィーノの昏い深淵を見つめたまま、首を横に振った。

​「……ううん、まだ、……まだ、たりないの……。王子様が、俺のために耐えた痛みに比べたら……これくらい、なんでもない、もん……っ」

​ルミは弱々しく、けれど絶対に折れない笑みを浮かべ、再び涙をごしごしと拭うと、最後の力を振り絞って魔力を注ぎ込んだ。
その瞬間、アルヴィーノの空っぽだった魔術回路の最深部に、ほんの小さな、水色の光の灯火がぽつんと灯る。

​「……っは、」

​そこで限界を迎えたルミの意識はふっと途切れ、身体の力が完全に抜けた。

​「ルミくん!」

​アルフレッドが素早く駆け寄り、倒れ込むルミの身体をしっかりと両腕で受け止める。
装置の接続が自動で遮断され、部屋には再び、静かで重い静寂が戻ってきた。
​ルミは気を失ったものの、その小さな手は、しっかりとアルヴィーノのブローチを握りしめたままだった。
そして、ベッドの上のアルヴィーノの肌には、先ほどまでのみすぼらしい青白さが消え、微かな生気が戻り始めている。
​何日にも及ぶ、命をかけた救出劇。
その過酷な初日の夜が、静かに更けていくのだった。
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